曲の中の音を一つずつ組み立て、身の回りの物音からも音楽を作ってしまう。
チャーリー・プースには、そんな細部まで気にする音楽家というイメージがあります。
ところが、本人が2022年に語ったヒット曲の歌声には、意外な共通点がありました。
曲を作る途中で録った仮歌を、そのまま採用してきたというのです。
仮歌とは、完成前の曲で、旋律や言葉を確かめるために歌う声です。
本番用に歌い直したほうが、きれいに仕上がりそうに思えます。
しかしチャーリーは、録り直しても満足できず、エアコンの音が入っている歌さえ残していました。
彼の歌い方を考えるとき、この選び方は大切な手がかりになります。
音の精密さを求める人が、歌では何を残そうとしているのか。
2017年の「Attention」を思い浮かべながら、そのこだわりを見ていきましょう。
エアコンの音が入っても、残したい歌がある
チャーリーは、自宅で録った仮歌を、あとから歌い直しても気に入らなかったと話しています。
録音に空調の音が混じっていれば、その雑音を処理する。
声の音程や音色も、必要に応じて調整する。
それでも、歌そのものは、曲作りの途中で録ったものを選んでいました。
雑音を残したいのではありません。
雑音を消す手間をかけてでも、そのときの歌を残したいのです。
きれいな部屋で、条件を整え、同じ旋律をもう一度歌えば、必ず良い歌になるとは限らない。
チャーリーは、その難しさを自分の声で経験していました。
曲を作っているときには、言葉を思いついた気持ちや、旋律が見つかった驚きもあります。
もう一度同じ音を歌えても、その瞬間の気分まで同じになるわけではないでしょう。
仮歌を採用するという本人の話からは、音のきれいさとは別に、歌い方の良し悪しを選んでいることが分かります。
しかも、彼は声を無加工で残していたわけではありません。
音程補正も使うと明かしています。
歌を別のテイクに替えなくても、その声を聴きやすく仕上げる工夫は続けていたのです。

絶対音感があっても、歌を全部そろえたいわけではない
チャーリーは、耳にした音の高さを言い当てる絶対音感の持ち主としても知られています。
そう聞くと、自分の歌が少しでも音から外れれば、すべて直したくなりそうです。
しかし本人は2022年、狙った音にぴったり当たらなくても、以前ほど気にならなくなったと話していました。
彼が例に挙げたのが、キャロル・キングの『Tapestry』です。
本人の見方では、その歌はいつも完全に正確な音程というわけではない。
それでも、演奏する人たちと混じり合う声のわずかな揺れが、特別で、記憶に残るものになっていました。
ここで大切なのは、音程がずれたほうが良い歌になる、という話ではないことです。
何でも同じように直してしまうと、その歌ならではの表情まで消える場合がある。
チャーリーは、どこを整え、どこを残すかという判断を、以前より柔軟に考えるようになっていたのです。
歌には、言葉を強く出したり、柔らかく終えたりする表情もあります。
一つの音の正確さを気にするあまり、その前後でどんな気持ちが伝わるかを聞き逃したくはありません。
「Attention」で、自分の声を忘れて聴けた
そもそもチャーリーは、自分の歌声を無条件に好きな人ではありませんでした。
2018年にも、自分の声が好きではないと明かしています。
そんな彼にとって、「Attention」は、自分が歌っていることを忘れそうになるほど、繰り返し聴きたい曲になりました。
「Attention」が歌うのは、相手が欲しがっているのは愛情ではなく、こちらの関心なのではないか、という疑いです。
甘い声で愛を求めるだけの歌ではありません。
相手の振る舞いを見抜いたように言いながら、まだ気にせずにはいられない。
声の軽やかさの中に、そんな厄介な気持ちがあります。
歌手自身が、自分の声の良さをずっと確信していたわけではない。
それでも、その声が曲調や言葉にしっくり合うと、本人も聴きたくなる。
「Attention」の話は、良い声を持っていることと、その声で納得できる歌を作ることの違いを教えてくれます。
制作中に録った仮歌を選んだことも、この話とつながります。
歌手の能力を測るための声なら、あとからもっと正確に歌えたテイクを選べばよいかもしれません。
けれど、一曲として何度も聴きたくなるかどうかは、それだけでは決まりません。

「See You Again」には、本人の別れがあった
曲と声の関係を考えると、2015年の「See You Again」にも、大切な前提があります。
この曲は、亡くなった俳優ポール・ウォーカーをしのぶ映画『ワイルド・スピード SKY MISSION』の楽曲です。
ウィズ・カリファのラップに対して、チャーリーが歌うのは、いつか再会したら話をしようと、友人に呼びかける部分です。
チャーリーは、ポール本人とは面識がありませんでした。
ただ、自分にも、事故で親しい友人を失った経験がありました。
曲作りで耳にしたコードが、その友人の葬儀を思い出させたと振り返っています。
映画のための依頼に、本人の記憶が重なったのです。
この背景があると、やわらかな高音を、単に悲しい場面を美しくする声としては受け取りにくくなります。
そばにいない人へ、言いたかったことを話そうとする声でもあるからです。
歌声の伸びの良さに加えて、誰に何を伝えているのかが、この曲の切実さを作っています。
「Attention」で相手を疑う声も、「See You Again」で友人を思う声も、同じ歌手の声です。
その違いを生むのは、音の高さだけではありません。
歌う言葉と、その言葉に向かう気持ちまで含めて、一曲の声になっています。
仕上げても、仮歌の表情を失わない
チャーリーの歌声が整って聞こえるからといって、何度でも同じ歌を作り直せるわけではありません。
本人にとっても、あとから再現しきれない良さが、制作中の歌にはあったのです。
だから、雑音を消し、必要な音を調整しても、歌そのものは残す。
音を正確に扱える人が、歌ではわずかな揺れも受け入れる。
その選び方を知ると、彼のなめらかな声は、機械のような正確さを目指した結果とは違って見えます。
曲を作りながら歌った声を、完成したレコードの中でも失わないようにしていたのでしょう。
自分の声が気になっていた時代から、歌で自分を励ます2026年の作品へ。
何を歌うときに、その声を好きになれたのかという変化は、チャーリー・プースの歌声の変遷でもたどれます。
こちらの記事もおすすめ






コメント