WurtSの歌声はどう変わった?2021年の始動から武道館・第二章まで

WurtSの2021年の始動から武道館と第二章までの歌唱変遷をたどる記事のアイキャッチ WurtS

WurtSの歌声は、2021年の本格始動から別人のように変わったわけではありません。
気だるく投げやりな声の核は、初期から現在まで残っています。

大きく変わったのは、その声を置く場所です。
自宅で一人、スマートフォンの向こうへ届けるために作った声が、共同制作を経験し、ライブで観客が歌い返せる声になりました。
加工が増えた、歌唱力が上がったという一本の線より、「自分の作品を見せる声」から「人と音楽を共有する声」へ進んだことが、WurtSの変遷をよく表します。

2026年の「INSIDE」は、原点の部屋と大きくなったライブを一曲の中で結ぶ作品です。
この記事では、そこへ至るまでの5年間を、本人が語った転機と公式の活動記録から追います。

2021年、「分かってないよ」は部屋から画面へ送る声だった

WurtSの本格的な活動は2021年に始まりました。
海外でマーケティングやエンターテインメントを学ぶ計画がコロナ禍で止まり、自分自身を題材に音楽の広がり方を試したことが出発点です。

当時の制作場所は自宅で、DTMも基本的に独学でした。
「分かってないよ」のサビをTikTokへ出す際には、短い反復が耳に残りやすいという仮説を立てています。
偶然バズった新人というより、自分の声、曲、映像、見せる順番まで一つの実験として組んでいました。

初期の声が面白いのは、デジタルから生まれた活動なのに、歌を機械のように整え切らなかった点です。
本人は自分の声に投げやりでダウナーな感触を見つけ、それをWurtSのブランドにできると考えました。
整った歌唱を見せるより、知らない人物が画面の奥からつぶやいている距離感を残したのです。

1stアルバム『ワンス・アポン・ア・リバイバル』も、一人で構想するWurtSという物語を固めました。
この時期の声は、観客へ直接届ける舞台の声というより、映像と一緒に初めて完成する登場人物の声でした。

2022年、初ライブで作品の完成形が崩れた

2022年にライブを始めると、部屋で完成させたWurtSと舞台上のWurtSの間に差が現れます。
本人は初期のフェスで、後方の観客へ表現を届け切れない感覚を持ち、他のアーティストとのライブ力の違いを意識するようになりました。

同じ年には、制作も完全な一人作業から変わり始めています。
自分にできない演奏や編曲を補う人と組み、デモのイメージを他者へ伝える必要が生まれました。
声も、完成済みのトラックへ置く素材だけではなく、別の演奏者が受け取りやすい中心線になっていきます。

「MOONRAKER」は、その変化を象徴する一曲です。
ブラスを含む構想を一人では形にできず、一年ほどかけて協力者と完成へ進みました。
WurtSが頭の中で鳴らした声と音を、他者との会話によって作品へ翻訳する時代が始まったのです。

2022年前後のステージに立つWurtS

2023〜2024年、マーケティングからコミュニケーションへ移った

ライブハウスツアーとフェスを重ねる中で、バンドの顔ぶれが固まり、舞台上の動きも作られていきました。
制作現場でもコラボレーションが増え、最初のデモをそのまま完成品へ運ぶ方法だけではなく、演奏者の意見で曲が変わる面白さを知ります。

本人はこの変化を、一人よがりな制作から視野が広がったと表現しています。
初期はデジタルを使い、どうすれば多くの人に知ってもらえるかというマーケティングの比重が大きかった。
そこへ観客や制作相手とのコミュニケーションが加わり、音楽を誰かと作る感覚が強くなりました。

2024年の「エヴォリューション」では、ボーカルの見せ方にも新しい選択が入ります。
それまで声の素材感を残す方向が中心だったのに対し、オートチューンをはっきりした表現として前へ出しました。
これは生の歌から加工へ乗り換えたというより、変わること自体をWurtSの一部にした出来事です。

現在の声がなぜ加工だけでは説明できないのかは、WurtSの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。

2024年の武道館で、一人の歌が大合唱になった

2024年10月31日、WurtSは初の日本武道館単独公演を行いました。
本人は武道館を記念碑や活動の頂点ではなく、より大きな会場で何ができるかを試す通過点として捉えていました。

ここで初期の「分かってないよ」は、もう画面の中だけの曲ではありませんでした。
アンコール前に観客が曲を歌ったという記録が残り、一人の部屋から出た短いフレーズが、本人のいない瞬間にも会場を動かす声になりました。

この変化は、歌唱の上達を音程や声量だけで測れないことを示します。
初期の投げやりな質感を消さず、それでも大きな空間で誰かが続きを歌える形へ変えた。
WurtSの声は、匿名の人物を隠す道具から、人々を集める合図へ役割を広げています。

日本武道館のステージで観客と向き合うWurtS
今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

2025年、打ち込みと生の感情を混ぜる段階へ進んだ

2025年には、デジタルとフィジカルのどちらかを選ぶのではなく、両方を成立させることが次の課題になりました。
打ち込みで作る精密な音へ、バンドやギターが持つ身体的な勢いを重ねる。
歌声も、その二つをつなぐ位置へ置かれます。

「BEAT」の時期に本人が語ったのは、打ち込み的な要素と感情に訴えるサウンドを組み合わせたいという方向でした。
初期衝動だけで作っていた頃から知識と技術が増え、改めて自分らしさを問い直した結果、普段は口にできない小さな感情を大きな音で鳴らすことが核だと気づきます。

変わったのは、感情を声へ大量に足したことではありません。
言えない気持ちを作品に封じ込めて終わるのではなく、ライブで共有できる大きさへする。
初期の余白を残す歌い方が、ここでは観客との距離を縮めるために働いています。

Eveさんの歌唱変遷と並べると、ネット発の匿名性を持つ音楽家が、ライブを通して存在の見せ方を変える過程の違いも分かります。

2026年、休養で第一章を閉じ、原点の部屋から戻った

2026年1月、WurtSは継続的な体調不良と医師の判断を受け、休養を発表しました。
予定されていたアリーナ公演などは中止となり、本人はこの時点でWurtSの第一章が完結すると伝えています。

この出来事を、歌声や喉の問題と結びつける公表はありません。
映像の声から原因を推測したり、休養前後を単純な衰えと比較したりするべきではないでしょう。
確認できるのは、回復を優先して活動を止め、同年6月にファンクラブ限定ライブで復帰したことです。

7月には共催イベント「UPDATE 2.0」で第二章の開始を告げ、新曲「INSIDE」を発表しました。
この曲は、大きなスタジオではなく、昔のように実家の自室でアコースティックギターを抱えて作ったと本人が明かしています。
環境も背負うものも増えた現在に、あえて最初の部屋へ戻ったのです。

冒頭に置いた公式映像は、復帰ライブと「UPDATE 2.0」の舞台裏で構成されています。
原点の個人的な声と、ライブで共有される声が一つの映像に同居するため、第二章は初期の否定ではなく、5年間を持ち帰った再出発と見ることができます。

変わらないダウナーな声が、役割だけを広げてきた

WurtSの歌声は、2021年から2026年までに、気だるさを捨てて力強い歌へ置き換わったわけではありません。
投げやりな声の温度は残り、オートチューンを前へ出す曲でも、バンドと鳴らす曲でも、人物の輪郭をつないでいます。

変化したのは、その声が誰を必要とするかです。
最初は一人で作品を完成させ、画面越しの反応を確かめる声でした。
共同制作とライブを経て、演奏者が受け取り、観客が歌い返し、本人がいない瞬間にも会場をつなぐ声になりました。

2026年の「INSIDE」が原点の部屋で生まれ、復帰ライブの映像と結びついたことは、この変遷を端的に示します。
WurtSはデジタルから生へ移ったのではありません。
一人で見つけた声を失わず、その中へ他者が入れる場所を増やしてきたのです。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました