植村花菜の歌い方|「トイレの神様」を泣かずに歌うために何を大切にしたのか

2010年の取材でギターを持つ植村花菜 シンガー
2010年の植村花菜。写真:CDJournalの本人取材。

「トイレの神様」を初めて聴いた人が驚くのは、9分52秒という長さかもしれません。
ところが植村花菜本人が難しいと感じたのは、最後まで声を出し続けること以上に、祖母の話をしながら感情を保つことでした。
曲を作ったときのデモでは、途中で泣いて歌えなくなったといいます。
人前で歌い始めてからも、泣かずに届けられたことに安堵していました。

この一曲の歌い方を考えるとき、涙を誘う表現という見方だけでは足りません。
自分の記憶に引き込まれながら、聴く人が物語を最後まで受け取れるように歌う。
その両立に、植村はどう向き合っていたのでしょうか。

歌詞を先に書いたら、デモで歌えなくなった

「トイレの神様」は、幼いころ一緒に暮らした祖母との日々から、成長して距離ができたこと、再会と別れまでをたどる歌です。
プロデューサーの寺岡呼人との雑談でその話をしたとき、寺岡から歌にすることを勧められました。
植村はそれまでの作り方と違い、先に詞を書いてから曲をつけます。

自分の経験をそのまま言葉にした結果、デモの二番のサビで泣いて歌えなかった。
2010年の取材で本人は、こんなに感情を制御できない曲は初めてだったと話しています。
歌う本人にとっても、簡単に距離を置けない題材だったのです。

一方、植村は「聴き手を泣かせるため」の仕掛けとしてこの曲を語っていません。
森山直太朗との対談では、祖母との思い出や後悔、感謝をそのまま歌ったのだと説明しました。
歌唱の中心には、悲しい場面だけを強調することより、幼いころから続く関係を順に話すことがありました。

植村花菜『トイレの神様』のジャケット
約10分の物語を収めた「トイレの神様」。
画像:植村花菜公式ディスコグラフィー。

9分52秒を短くせず、話の道筋を残した

普通のポップソングよりずっと長い曲をどう聴いてもらうか。
植村は制作時に詞の長さをさほど気にしなかったと話しています。
その一方、レコード会社内ではラジオ用に短くする案も出ました。
担当者がそれに反対し、作品は約10分のまま放送されます。
長さを守ったのは植村一人の判断ではなく、制作と発売に関わった人たちの選択でもありました。

聴く人は、祖母の言葉を知る前に二人の暮らしをたどり、離れていく時期を経て、後悔と感謝に行き着きます。
途中を急いで結末だけにすれば、同じ言葉でも重みは変わるでしょう。
2010年のラジオ放送には、自分の家族の思い出を長い文章で寄せる人もいました。
植村は、聴き手それぞれの記憶と歌がつながったことを喜んでいます。

ここでいう「物語を届ける」は、語尾や息継ぎを特定の型に当てはめることではありません。
曲の長さと順序を保ち、歌い手自身が途中で止まってしまいそうな内容を、聴き手に渡し切ることです。

泣きそうでも、舞台では最後まで届ける

完成後も、感情との距離はすぐに解決したわけではありません。
ラジオで約10分歌った後、植村は公式ブログで、泣かずに歌えたことにほっとしたと書いています。
少し気を抜けば泣いてしまうほど、気持ちを保つのが難しかったそうです。
2010年4月の公演前にも、実話だから泣きそうになるが、こらえて感情を込めて歌うと話していました。

「泣かずに歌う」と「感情を入れない」は同じではありません。
涙をこらえるのは、最後まで聴き手へ話を渡すため。
一方、祖母への思いを切り離してしまえば、この曲を歌う理由も失われます。
植村の言葉から見えるのは、抑え込むか泣くかの二択ではなく、気持ちを持ったまま歌を続ける難しさです。

森山直太朗は、押尾コータローとの二人での演奏を見て、分かりやすく盛り上げたり、ただ泣いたりするのとは違う手応えを語っています。
森山が心を動かされたのは、派手に感情を見せることとは違う、舞台での植村のあり方でした。
泣かずに歌えたという本人の安堵と、盛り上げすぎない演奏を評価した共演者の言葉が、ここで重なります。

2010年の取材でギターを抱える植村花菜
2010年の植村花菜。
写真:CDJournalの本人取材。

音程とリズムも、物語を渡すためにある

植村は同年の対談で、録音中に楽器を使ってメロディーの正しい音を確かめると話しました。
感情が高ぶると音がずれることもある一方、音程やリズムは確実に捉えたい、とも語っています。
感情さえあれば技術は要らない、とは考えていなかったのです。

自作曲だからメロディーを知らないのではなく、知っている旋律を楽器の音と照らし合わせる。
胸の中にある感覚だけで歌い切ろうとせず、実際に鳴る音に戻って確認する作業です。
言葉の気持ちを優先した結果、旋律の形まで崩してしまわないための支えとして捉えられます。

リズムについては、大好きなジョン・メイヤーの言葉を引きながら、その大切さを語っています。
ゆっくりした物語の歌でも、音の高さだけ整えればよいわけではありません。
言葉をいつ置くか、次の言葉へどれだけ間を空けるかによって、話の進み方も変わります。
植村が音程とリズムの両方を大切にしていたと知ると、泣くのをこらえるという話が、精神力だけの話ではなくなります。

大きな注目の中でも、いつもの自分で歌う

2010年12月放送の朝日放送テレビ『LIFE〜夢のカタチ〜』は、ヒット後の植村に密着しています。
曲作りや取材、学園祭のライブが続く中で、疲労だけでなく、予想もしなかった重圧があったと番組は紹介しました。
その中で心がけていたのが、いつもどおりの自分で歌うことでした。

よく知られた歌になると、歌い手は自分の思い出だけでなく、客席の期待も引き受けることになります。
感動的な歌を聴きたいという期待に応えようとして、毎回さらに大きく感情を示す方法もあるでしょう。
それでも植村が選んだのは、普段の自分に戻ることでした。
涙を誘う場面を足すより、元からある言葉を信じて歌う。
その姿勢が、この曲を一度きりの告白で終わらせず、繰り返し届けるための支えだったと考えられます。

声を届ける距離は、伴奏と会場からも選べる

翌2011年のアコースティックツアーでは、本人、ギター、パーカッションの三人による編成を選びました。
月刊『Charge』の取材で植村は、歌声と楽器の音色を聴き取りやすいライブにしたいと説明しています。
会場も、観客を近くに感じられる小さな場所を選んだそうです。

歌を届ける工夫は、声量や語尾だけにあるわけではありません。
周りで鳴る音をどれだけ重ねるか、聴き手とどれくらい離れて立つかも、歌声の受け取られ方に関わります。
「トイレの神様」で多くの人に知られたあと、植村は親しみのある空間で生の声を渡そうとしました。
大きな物語を語る歌だからこそ、遠くから圧倒するより、そばで話を聞くような場を作る選択にも意味があります。

「トイレの神様」以後、植村が昔の曲を歌い直し、海外で日本語と英語をどう使うか考えるまでの変化は、植村花菜の歌唱変遷でたどれます。
この曲では、自分の記憶をしまい込まず、感情に飲み込まれもしないことが、歌い方の大きな課題でした。
長い物語を歌い切るとは、10分間声を出すだけではなく、その間ずっと聴き手に話を手渡し続けることだったのです。

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