米良美一の歌声の変遷|「もののけ姫」の高音から「無言歌」へ、声の選び方はどう変わったか

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「もののけ姫」で知られた米良美一が、2017年の新録「無言歌」では、低い音域で人生を振り返る歌を歌った。
ところが同じ年、TeddyLoidとの制作では、地声と裏声の難しい切り替えに挑み、自分の声を細かく編集することまで受け入れている。
静かに語りかける歌と、声を大胆に作り替える音楽。
米良はなぜ、再出発の年にその両方を選べたのだろう。

1996年の日本歌曲集『母の唄』から、映画主題歌、「ヨイトマケの唄」、そして2017年の新録と共演へ。
その歩みでは、自分の人生を歌に重ねる姿勢と、共演者へ声を任せる信頼が育っていった。

2017年公開の再録版「もののけ姫 2018」。

映画より前から、日本語の歌を歌っていた

米良は洗足学園音楽大学で声楽を学び、1995年の奏楽堂日本歌曲コンクールで入賞した。
翌年にはアムステルダム音楽院へ留学し、日本歌曲集『母の唄』を発表している。
クラシックの技術で日本語を歌う経験は、「もののけ姫」以前から積み重ねていた。
映画のために突然生まれた高音ではなかったのだ。

1997年の「もののけ姫」では、その声が幅広い聴衆に届くことになる。
ただ、作曲した久石譲には当初、気がかりもあった。
当時の取材で久石は、カウンターテナーのアルト寄りの響きに暗い印象を持っており、主題歌に合うか心配したと話している。
実際の米良の歌唱に接すると、その不安は消えたという。

1997年の録音。
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映画を通じて米良を知った音楽家の一人が、当時小学生だったTeddyLoidだ。
カウンターテナーという声種を知り、その歌を格好いいと感じた。
さらに1999年の映画『死国』の主題歌「ぼくは雨となり星となる」には、落ち着いた調子と強いメッセージを感じたと後に振り返っている。
後年の共演者が覚えていたのも、高さだけでなく、曲によって違う世界を伝える声だった。

ベスト盤『無言歌』(2017年)再収録の音源。

『もののけ姫』主題歌の作品画像
『もののけ姫』主題歌。
画像:公式掲載元。

「ヨイトマケの唄」が、自分の人生を歌う支えになる

「もののけ姫」の成功は、米良にとって喜びだけではなかった。
2022年に制作された密着番組の紹介では、注目が増すにつれ、うまく歌えるだろうかという不安が強まった時期が伝えられている。
幼い頃からの病気や故郷でのつらい経験を隠したい気持ちもあり、自分自身を受け止められずにいたという。

その米良を支えた歌が、美輪明宏の「ヨイトマケの唄」だった。
子を思って働く親への感謝を歌った曲を通して、自分を見つめ、周囲への感謝を思い出した。
番組紹介には、この時を人生の第二幕が上がった時だったと振り返る本人の言葉がある。
米良にとってこの歌は、聴き手に物語を伝えると同時に、自分が何のために歌うのかを問い直す作品になった。

2005年の『ノスタルジア~ヨイトマケの歌~』には、その「ヨイトマケの唄」とともに「死んだ男の残したものは」「スラバヤ・ジョニー」などを収めた。
映画主題歌だけで米良を知った人にも、人物の生き方や境遇を描く歌へと関心を広げてもらえる選曲だ。
特定の声への期待を背負って歌う不安と、一人の人間として届けたい歌を持つこと。
この二つの間にあった転機を知ると、選曲が広がった理由も見えてくる。

「ヨイトマケの唄」――2005年『ノスタルジア~ヨイトマケの歌~』収録版

米良美一『ノスタルジア~ヨイトマケの歌~』ジャケット
2005年の『ノスタルジア』。
画像:公式掲載元。

「ヨイトマケの唄」は、2012年の『名曲集 Vol.1』でも改めて録音した。
発売元も、時間をかけてライブで歌い続けてきた曲として紹介している。
2005年のアルバムに一度収録して終わった歌ではなく、公演を重ねる中で磨いてきた持ち歌だった。

2017年の「無言歌」は、聴く人を思い浮かべて歌えた

2014年末に病に倒れた米良は、療養とリハビリを経て公演に戻った。
2017年の取材では、意識が戻った頃は、また歌えるようになるか分からなかったと明かしている。
そこで古巣のキングレコードから、一緒にCDを作ろうと声がかかった。
歌手として先へ進む区切りにしたいと、米良自身が過去の録音を選んだのが、二枚組の『無言歌』だ。

一枚目には歌謡曲やポップス、二枚目には日本歌曲を中心とするクラシックの録音を集めている。
米良が改めて聴いてほしいと挙げたのは、松本俊明らが曲を提供した1999年の『I’ll be there』からの選曲だった。
新しい曲を歌えるようになったことだけで再出発を示すのではなく、以前から歌っていた多様な作品も、今の聴き手へ届け直そうとしていた。

その過去の録音に加えた唯一の新録が、表題曲の「無言歌」である。
ヴァージャ・アザラシヴィリの曲に、許瑛子が日本語詞を書いた。
取材者の東端哲也は、この録音を低い音域でしっとり歌ったものと評している。
米良本人が大切にしたのは、過ちや恐れも含めて人生を振り返り、それでも再び歩き出せるという歌の内容だった。

別の取材では、録音に優しい気持ちで臨め、柔らかな気持ちで歌えたとも話している。
今は、歌を待つ人や聴く人の気持ちを想像できるようになったという。
注目されるほど自分がうまく歌えるか不安だった時期から、目の前にいない聴き手を思い浮かべる録音へ。
声の高さとともに、歌うときの意識がどこへ向くかも、この新録を理解する手掛かりになる。

米良美一『無言歌』ジャケット
2017年のベスト盤『無言歌』。
画像:公式掲載元。

同じ年、TeddyLoidには声の編集まで任せた

穏やかな新録で再出発した米良は、2017年、高いファルセットも無理なく歌い続けたいと語っていた。
その可能性を新しい音楽で引き出したのが、テレビアニメ『18if』でのTeddyLoidとの仕事だ。
「もののけ姫」の頃から声にひかれていたTeddyLoidが、米良へオファーした。
米良も、松田聖子の歌などを聴いて育ち、ジャンルを問わず音楽を楽しんできたため、電子音楽を歌うことを不可能とは思わなかったという。

オープニング曲「Red Doors」で、TeddyLoidが特に生かしたかったのは地声と裏声の切り替えだった。
米良が以前歌ったヘンデルの「今、トランペットが勝利の歌を」にも、その行き来の面白さを感じていたそうだ。
米良は新曲の切り替えを難しかったと認めながら、二つの声で夢と現実の境目を表したと説明している。
米良によれば、TeddyLoidは無理を強いず、今できることで効果が出る表現を一緒に探してくれた。
昔の歌唱にひかれた作り手が、今の米良に合わせて、持っていた技術の使い道を新しくしたのである。

もう一つ米良が受け入れたのは、録った声を切り分け、組み直す制作だった。
「白鳥は眠る」では、間奏で米良が即興で歌った声をTeddyLoidが編集している。
人が自然に歌っているような流れを目指した結果、米良自身も、自分はこんなにうまく歌っただろうかと驚いたという。
相手の才能への信頼があってこそ受け入れた共同作業だった。

米良はこの仕事を通じ、20年活動しても、まだ新鮮な気持ちで音楽に向き合えることがうれしかったと話した。
さらに同年12月には、TeddyLoidと「もののけ姫 2018」を発表する。
『18if』での制作をきっかけに、TeddyLoidが代表曲のリメイクを提案し、米良が応じた作品だ。
2017年の米良の声を届けたいという考えから、歌も新たに録音している。
過去の歌を大切にしながら、その声を違う音楽の中で働かせる試みは続いた。

2023年、十八番の二曲を選ぶ意味

2023年、藤木大地、村松稔之と共演する公演で、米良は「もののけ姫」と「ヨイトマケの唄」を選んだ。
若い共演者に任せられるところは任せ、自分のよいところで客席に満足してもらいたい。
本人はそう選曲の理由を話している。
高い声を広く知らしめた歌も、自分の人生を見つめ直した歌も、客が待っている十八番になっていた。

同じ取材で米良は、若い頃は自信を持てずに苦しんだが、この声で歌うときが最も自分らしいとも語った。
「ヨイトマケの唄」で自分の人生を見つめ、「無言歌」で聴き手を思い、TeddyLoidとの制作では声の新しい使われ方を楽しんだ。
高い声を出せることに加え、自分が納得して人へ届けられる歌を増やしてきた歩みだった。

一曲の中で高い声と低い声をどう使い分けるか、制作相手と必要な声をどう共有するかは、米良美一の歌い方で詳しく見ていく。

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