花村想太さんの歌声は、デビュー初期より高い音が出るようになった、という一方向の成長ではありません。
久保田利伸さんへの憧れからR&Bをまねた少年が、自分の歌は本場へ届かないという挫折を経験し、「自分はJ-POPの歌手だ」と受け入れたところから大きく変わりました。
その後はツインボーカルとダンスの中で声を磨き、「CITRUS」で高音が広く知られ、ミュージカルでは得意だったはずの高音を別の発声で一から作り直しています。
2026年にはソロ名義へ進み、Da-iCEの一面を担う声から、自分一人の世界を背負う声へ役割を広げました。
歴史の転機になった「CITRUS」の公式映像から、まだ客席に十人ほどしかいなかった時代へさかのぼります。
17歳のグランプリは、すぐにデビューできる切符ではなかった
花村さんは物心がついた頃から歌が好きで、17歳の時、7,321人が参加したオーディションで頂点に立ちました。
久保田利伸さんへ憧れ、本人が影響を受けたであろう海外の歌手まで想像しながら聴き、R&Bの歌い方をまねていました。
華々しい数字だけを見ると、そのままデビューへ進んだように思えます。
実際にはDa-iCE結成まで二、三年、結成からメジャーデビューまでも約三年かかりました。
2011年の結成後は朝から晩までレッスンを続け、深夜に量販店で働き、活動費を確保するため会社へ直談判した時期もあります。
最初の客は十人ほどで、歌の技術以前に、活動を続けられるかどうかが毎日の課題でした。
この時期に作られたのが、花村さんと大野雄大さんが別々の声を持ったまま、一曲を二人で成立させる基礎です。
同じ歌い方へ寄せるのではなく、共通のボイストレーニングを受けながら、それぞれに合う形を育てました。
2014年、鋭い高音より先に「歌って踊る声」を見せた
2014年1月、Da-iCEは「SHOUT IT OUT」でメジャーデビューします。
初期の花村さんには現在につながる明るい高音がありますが、まだ「4オクターブの人」だけで世間に知られていたわけではありません。
グループが前面に出したのは、ボーカルもパフォーマーと同じ熱量で踊り、二人の声が交代しながら曲を進めるスタイルでした。
立ったまま最高音を披露する歌手とは異なり、動きの中でリズムと音程を保つことが声の土台になります。
2017年には日本武道館公演、2019年には初のベストアルバムへ到達しました。
急に社会現象を起こしたのではなく、ライブの規模を一段ずつ広げた時期です。
Official髭男dismの藤原聡さんが提供した「FAKE ME FAKE ME OUT」など、R&B、ファンク、ロックを横断する曲が増えます。
花村さんの声も、ただ明るく高いだけでなく、細かいリズムへ言葉を差し込む役割を強めていきました。

海外への憧れが壊れ、「J-POPの歌手」だと認めた
技術が上がり、ライブの規模が広がっても、本人の中では自信が一直線に育ったわけではありません。
海外で武者修行をする中、ロサンゼルスの生バンドが演奏する店で、歌う機会があったのに一歩を踏み出せませんでした。
周囲の歌を前にして、自分の歌唱力は本場へ届かないという劣等感が大きくなったと後に明かしています。
久保田利伸さんからたどったR&Bへの憧れが、目標であると同時に、自分を測って傷つける物差しにもなったのです。
転機は、海外の歌手になれない自分を隠すことではありませんでした。
「自分はJ-POPのアーティストにしかなれない」と受け入れたことで、かえって楽になり、日本語の音楽が持つ良さへ気づきます。
ここから花村さんの声は、海外の正解へ近づくための模倣ではなくなりました。
R&Bで覚えた細かなリズムや声色を残しながら、日本語の言葉と歌謡曲的な強さを前面へ出せるようになります。
2020年、仕事が消えた時に「CITRUS」が声の看板になった
2020年、Da-iCEはレーベルを移籍し、「DREAMIN' ON」を発表しました。
花村さんが作詞したこの曲では、高い声だけでなく、言葉の頭を強く立て、踊りながら速度を保つ初期からの蓄積が表れます。
同じ年、コロナ禍でライブを中心にしていた仕事が一気になくなりました。
長く右肩上がりを続けてきたグループにとって、努力だけでは次の会場へ進めない初めての危機です。
その最中に「CITRUS」がSNSから広がりました。
日本人男性ダンス&ボーカルグループとして初めてストリーミング一億回を超え、2021年には日本レコード大賞を受賞します。
花村さんは工藤大輝さんと歌詞を担当しました。
鋭い高音がドラマの感情と結びつき、長くライブを見てきた人以外にも「この声は誰だ」と届いたことで、4オクターブという紹介文と本人の歌が初めて大きく結びつきます。
本人は後に、この曲がなければ活動を続けられないほど仕事がなかったかもしれないと振り返りました。
高音が評価された作品であると同時に、声を届ける場所そのものを守った一曲です。
2021~2022年、「CITRUS」を超える怖さと舞台の発声が重なった
大賞受賞後、花村さんは喜びだけでなく、「CITRUS」以上のものを出さなければ落ちたと思われる怖さを語っています。
長く一段ずつ上ったグループが、突然数段を飛び越え、代表曲が新しい基準になりました。
この時期に、声そのものを大きく変えたのがミュージカルです。
『JERSEY BOYS』のフランキー・ヴァリ役では、普段の高音をそのまま使うだけでは足りませんでした。
花村さんは数年前から独学で役の声を探し、正式に決まってから一年をかけて、地声、裏声、ミックス、ヘッド、トワングなどを使い分ける訓練を重ねます。
本人の目標は、ファンに良い意味で「花村ではなかった」と思ってもらえる歌でした。
その結果、Da-iCEの曲が楽に歌えるようになり、ライブで声が嗄れにくくなり、音程も以前より安定したと説明しています。
2022年の舞台は文化庁芸術祭賞新人賞に選ばれ、高音と歌唱法の体得も受賞理由になりました。
生まれ持った高音を守ったのではなく、別人の声を演じるために分解し、組み直した時期です。
花村さんの変遷で最も大きいのは最高音の更新より、声の出し方を選べる数が増えたことでした。
2022~2024年、歌う人から「曲全体を動かす人」へ
2022年の「スターマイン」は、「CITRUS」とは違う祭りの熱と軽快さで広がりました。
ツインボーカルの高音を深刻なクライマックスだけに使わず、短い言葉とリズムの面白さへ変えた曲です。
2023年頃の花村さんは、身体が動き、歌って踊れる全盛期にグループへ全力を注ぎたいと語っています。
舞台、Natural Lag、作詞作曲で得たものを、個人の実績として切り離さずDa-iCEへ戻す意識が強くなりました。
2024年の「I wonder」では作詞と作曲に加え、振付にも参加します。
歌唱パートだけを完成させるのではなく、言葉、メロディ、身体の動きを同じ人がつなぐ段階へ進みました。
曲は大きく広がり、同年、Da-iCEは初めてNHK紅白歌合戦へ出場します。
デビュー時から続けた「歌とダンスのどちらも添え物にしない」という形が、十年を経て代表曲そのものになりました。
2025年、最高音より「五人で任せ合う声」を歌った
2025年の「ノンフィクションズ」は、工藤大輝さんと花村さんが作詞・作曲を共同で担当しました。
題材にあるのは、一人で全部を背負うことではなく、得意と不得意を認め、任せることで前へ進む姿です。
初期の花村さんは、自分の歌唱力が世界へ届くかを一人で測り、歌えなかった経験に傷つきました。
「CITRUS」後は、代表曲を超えなければならない重圧も背負います。
そこから舞台や個人活動を経て、声は「自分がどこまで出せるか」を示すものから、五人の役割を結ぶものへ移りました。
高音を独占せず、大野さんへ渡し、工藤さんの言葉を受け、ダンスと一緒に曲の熱を上げる現在の形です。

2026年、ソロで「Da-iCEでは見せない声」を引き受けた
2026年、花村さんはSOTA HANAMURA名義で初のソロ楽曲「Me.exe」を発表し、プレデビューアルバム『ASCEEENSION』とソロツアーへ進みました。
Natural Lagとも違う名義を作り、グループ、バンド、ソロという三つの場所を持つことになります。
一人で活動すると、自分が表現したいものを前面へ出せる一方、Da-iCEの五人が持つ力を改めて感じると本人は話しています。
ソロはグループから離れる準備ではなく、五人の中では分担していた責任を一人で引き受け、再び戻るための場所です。
同年の時点でDa-iCEは、翌2027年の初単独ドーム公演を控えています。
花村さんは十五年かけて薄くても右肩上がりを続けたと振り返り、ドームが決まった今は、大勢へ届くことだけが音楽の正解ではないとも考えるようになりました。
十人の客へ届かせることから始まり、一億回再生と紅白を経験した先で、再び「好きな音楽を、好きな人が聴きに来る場所」へ価値を見つけています。
声の規模を大きくする物語が一周し、誰へ何を歌うかを選び直す段階へ入りました。
変わったのは高さではなく、声を測る物差しだった
花村想太さんの歌声は、R&Bの憧れへ近づこうとした少年の声から始まりました。
オーディションで勝ってもすぐにはデビューできず、少ない客の前で歌い、踊りながら二人の声を成立させる基礎を作ります。
海外で歌えなかった挫折は、歌唱力への自信を一度壊しました。
しかし、自分はJ-POPの歌手だと受け入れたことで、海外の模倣ではなく、日本語、歌謡曲、R&B、ダンスを一つにできるようになります。
「CITRUS」で高音が看板になった後、ミュージカルはその得意な高音を別の発声へ作り直しました。
「I wonder」では歌だけでなく曲と振付を動かし、ソロでは一人で作品世界を背負っています。
現在の鋭い高音、大野雄大さんとの対比、ミュージカルで増えた発声の使い分けは、花村想太さんの歌い方・発声分析で初心者向けに整理しました。
竹中雄大さんの路上ライブからの歌唱変遷や幾田りらさんの弾き語りからの歌唱変遷と比べると、同じ若い時期から歌ってきた人でも、グループ、舞台、ソロが声へ与える役割の違いが見えてきます。
花村さんの成長は、4オクターブが5オクターブへ近づくような記録更新ではありません。
憧れ、劣等感、二人の声、舞台の役、五人のグループ、ソロの責任へと、自分の声を評価する物差しを何度も取り替えてきた歴史です。
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