そらるの歌い方・発声|低くやわらかな声の「角」を消さない理由

そらるの歌い方と発声を解説する記事のアイキャッチ そらる

そらるさんの歌声は、低くやわらかい、落ち着いている、少し息が混じると説明されることが多くあります。
けれども、本人が長く守ってきたのは、誰にでも好かれる丸い声ではありません。

歌い方への批判を受けた時期にも、指摘された癖をすべて直せば面白さまで消えてしまうと考えていました。
曲に合わせて声を変えながらも、自分にしかない「角」は削り切らないという判断が、そらるさんの個性を支えています。

そらるの歌い方は、上手に整えるほど完成するわけではない

長く活動していれば、「もっと明るく」「滑舌をはっきり」「鼻にかかった感じを減らして」といった反応も届きます。
そらるさん自身も、歌い方を否定する声があったことを振り返っています。

そこで全部を直す方向へは進みませんでした。
気になる部分を一つずつ丸め続けると、最後には誰が歌っても同じような無難な声しか残らないからです。

この考え方は、癖を放置することとは違います。
音程や録音の精度を上げる一方で、声の暗さ、言葉の少し曖昧な輪郭、感情を押しつけすぎない距離感は、自分の音楽に必要なものとして選び残しています。

複数の歌唱解説を見ても、評価は一つに揃いません。
低音の安定を強みとする見方もあれば、息の混ざる声、鼻へ集まる響き、中性的な質感を特徴に挙げる見方もあります。

説明が割れるのは、分析がすべて間違っているからではありません。
そらるさんの声が、きれいな一語へ収まらない「角」を持っているからです。

2015年、作曲者の真似をやめた時に自分の声が見えた

個性の扱い方を考えるうえで象徴的なのが、『ユラユラ』の録音です。
最初は作曲者が入れたロック色の強い仮歌に引かれ、その雰囲気をなぞって歌いました。

ところが録り終えた声を聴き、これでは作曲者本人が歌った方がよいと気づきます。
そこで一度録音をやり直し、自分が歌う意味のある表現を探しました。

歌唱力が足りなかったから取り直したのではありません。
上手に似せられても、借り物の格好よさでは作品の中心に立てないと判断したのです。

現在の作品で声の個性を選び直すそらる

この出来事は、「自分らしく歌う」という曖昧な言葉を具体的にしてくれます。
毎回同じ声色を出すことではなく、他人の正解から離れたあとに、その曲で自分だけが選べる声を見つけることです。

低い声は高音を避けるためではなく、曲の重心になる

そらるさんは、まふまふさんとのAfter the Rainでも声の対照を生かしています。
高く鋭い声が前へ飛ぶ場面に、低く滑らかな声が加わることで、二人の音域と人物像に奥行きが生まれます。

周囲からは、勢いで押す曲だけでなく、中くらいの速さで旋律を歌い上げる曲に強いとも評されてきました。
これは「低い声しか出ない」という意味ではありません。

高音を出す時にも、最初から明るく大きな声へ変えず、低い声にあった落ち着きをある程度残せます。
そのため、音が上がっても別人のように急変しにくく、物語を静かに進める声として聞こえます。

一方で、個人の歌唱解説には「ハスキー」「ウィスパー」「ミックスボイス」「鼻にかかった声」など、さまざまな呼び方があります。
声区の境目や息の量は曲によって変わるため、どれか一つだけを正解にする必要はありません。

ミックスボイスと裏声の違いを考える時も、名称を当てるより、音が上がった瞬間に声の重さや音量がどれほど変わるかを見る方が理解しやすいでしょう。

ミキシングをする歌い手だから、声だけで完成を考えない

そらるさんは歌うだけでなく、長くミキシングやマスタリングにも携わってきました。
ミキシングとは、録音した声と楽器の大きさや響きを整え、一曲として聴こえる形にまとめる作業です。

この立場では、歌声が単独で最も派手に聞こえることが正解とは限りません。
楽器、効果音、他の歌声と重なった時に、どの言葉が残り、どの装飾が邪魔になるかまで考える必要があります。

『ユーリカ』では、電子的な加工や8ビット風の音が目立つよう、普段とは違う歌い方を選びました。
ビブラートを減らし、音をまっすぐ置くことで、声にかかる効果そのものを作品の表情にしています。

ここが、癖を消さない方針の面白いところです。
自分の特徴を守ることと、毎曲同じ歌い方をすることは、まったく同じではありません。

残すべき個性を分かったうえで、曲が求めるならビブラートを引き、語尾を短くし、音の輪郭を変えます。
声の「角」を守るからこそ、どこを変えたのかもはっきり見えるのです。

『ワンダー』から『ユメトキ』へ、声は物語の案内役になった

『ワンダー』では全曲の作詞を担い、得意不得意へ閉じこもらず、作品の幅を広げる方向へ進みました。
自分の声に合う曲だけを待つのではなく、歌詞と音の世界を先に作り、そこへ声を置く発想が強くなっています。

『ユメトキ』では、アルバム全体が一つの物語として設計されました。
歌う時の役割は、感情を一曲ごとに爆発させる主人公だけではなく、夢と現実を行き来する物語の案内役にもなります。

低く落ち着いた音色は、ここで単なる声質を超えます。
派手な場面の前で少し距離を取り、次の曲へ感情を渡すための語り口として働くからです。

この変化を年代順に追うと、現在の声が初期のままでも、突然別物になったのでもないことが分かります。
そらるの歌声の変遷では、2008年の投稿開始から2026年までの転機を整理しています。

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真似するなら声の暗さではなく、変えない部分を決める

そらるさんらしさを再現しようとして、無理に低くこもらせたり、言葉を曖昧にしたりすると、単に届きにくい声になりがちです。
本人の声質や長年の録音経験まで、短い練習で同じにはできません。

参考にしやすいのは、自分の声の欠点を全部消そうとしない考え方です。
録音を聴いて気になる癖があった時、それが音程や言葉を壊しているのか、それとも自分らしい印象を作っているのかを分けて考えます。

『ユラユラ』と『ユーリカ』を並べると、さらに見方が変わります。
前者では他人の仮歌から離れて自分の表現を探し、後者では作品の効果を生かすために普段の歌い方をあえて引きました。

どちらにも共通するのは、「いつもの声を守る」ことではなく、「この曲で自分が何を残すか」を選ぶ姿勢です。
表面の低さを真似するより、この選択の順番を知る方が、そらるさんの歌を深く楽しめます。

日本武道館で歌うそらる

そらるの声は、消さなかった癖と変えてきた表現の両方でできている

そらるさんの歌い方は、低音、息声、鼻へ集まる響きといった部品だけでは説明し切れません。
批判された癖をすべて丸めず、自分の声に必要な角として残してきました。

同時に、作曲者の仮歌をなぞった録音はやり直し、電子的な作品ではビブラートを減らし、物語性の強いアルバムでは案内役のように歌っています。
変えない個性と、曲ごとに変える表現は矛盾していません。

むしろ、自分の中心が分かっているから、周囲を大胆に変えられます。
そらるさんの声が長く本人のものとして聞こえる理由は、癖が少ないからではなく、どの癖を残すかを選び続けているからでしょう。

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