2025年、ヘイリー・ウィリアムスはソロ曲「Ice in My OJ」の終わりで、自分がバンドにいることを叫びました。その強さは、Paramoreで知られる彼女を思い出させます。けれども本人は、若いころの舞台では、男性ばかりの出演者の中で自分の価値を示さなければと感じ、誰よりも激しく演奏したと振り返っています。では、いま強い声に戻ったのも、同じ理由からでしょうか。
答えを急ぐ前に、彼女がその間に作品へ残した声を見てみましょう。歌い直さなかった仮歌、ソファで録って楽器のように使った声、自宅の部屋で近く聴かせた歌。大きな声を出せる歌手が、いつ、なぜ、それ以外の声を選んだのか。そこから2025年の叫び方も違って見えてきます。
2005~07年、初めから大声一辺倒ではなかった
Paramoreができる前、ヘイリーはポップスやR&Bにも親しんでいました。友人とバンドの曲を作り始めたころ、ドラムのザック・ファロが叩き出したリズムに、彼女はマイクの前で静かに自分の言葉を歌ったといいます。これがデビュー作『All We Know Is Falling』に入る「Conspiracy」の始まりでした。
同じ2005年の作品には「Pressure」も入っています。曲作りの入り口では声を抑えて言葉を探し、ステージではバンドの前に立つ。初期からヘイリーは、一つの声の出し方だけで活動していたわけではありません。
2007年の『RIOT!』から生まれた「Misery Business」は、激しいParamoreの象徴になります。ヘイリーは後年、当時は出演バンドの男性ボーカルたちに見劣りしないよう、どんな公演でも彼ら以上に激しくやろうとしていたと話しました。力を出し切るステージは確かに彼女のものですが、そこで「証明しなくてはならない」と感じていたことも、本人の言葉として残っています。

バンドはその後、2013年の「Ain’t It Fun」で一人の声に合唱を重ねるような作品も作りました。ヘイリーの歌を一種類の「叫ぶ声」に固定しない試みが、ソロより前から進んでいたのです。ただ、2017年の『After Laughter』では、声の選択そのものが彼女にとってもっと切実な問題になりました。
2017年、「Forgiveness」を歌い直さず、最初の声を残した
『After Laughter』の制作前、ヘイリーは一時、Paramoreを離れていました。ギタリストで作曲仲間のテイラー・ヨークが曲の断片を送り続け、彼女がそれに旋律と言葉をつけた最初の曲が「Forgiveness」です。バンドに新しい歌が生まれた一方、本人は当時、自分の録音した声をなかなか好きになれなかったと振り返ります。
本番用に「Forgiveness」を歌い直す夜、彼女はすでにあるデモの歌に強く引かれていました。やがて、最初の仮歌を完成版に使うことにします。後の対談でヘイリーは、そのデモを録ったときは出来を気にかける余裕がなく、とにかく外へ出したかったと説明しました。何度も録り直せるスタジオで、初めの声だけが持っていたものを選んだのです。
明るく踊れる音が多い『After Laughter』に、つらい時期のデモがそのまま残る。この食い違いは、曲を平坦にしません。ヘイリーは翌年、若いシンガー・ソングライターのソフィー・アリソンとの対談で、相手の言葉が本人にしかできない話し方で届くことをうらやましく思う、とも話しました。「歌手らしく」整えるほど伝わるとは限らない。その問いを、彼女は次のソロ作品でさらに試します。
2020年、ソロ作では怒りを「叫ぶ直前」に置いた
最初のソロ・アルバム『Petals for Armor』の冒頭曲「Simmer」は、怒りを扱っています。ヘイリー自身は、それまで怒りを叫んでも物事が変わらなかったこと、むしろ爆発する寸前の状態のほうが怒りを濃く感じることを取材で語りました。声量を上げることだけに頼らず、怒りを曲のどこへ置くか選んでいます。
この作品で彼女は、よいと思う声だけでなく、よくないと感じる部分も録音から排除したくないと話しています。Paramoreでの自分の役割から少し離れ、曲を作る手順にも手を伸ばしました。バンドは続き、テイラーをはじめ、従来の仲間も制作に関わっています。
「Cinnamon」はその試みが特に具体的な曲です。テイラーのスタジオで小さなドラムを叩いたあと、ヘイリーはソファに横になって言葉のない声を録り、サンプラーで鳴らしました。声を完成した伴奏に載せるだけでなく、曲ができ始める地点に置いたのです。本人は、声から作り始めると、後から足す音にも個人的な質感が生まれると説明しています。
「Forgiveness」では最初の歌を残し、「Cinnamon」では声を音の素材にする。完成品を作る過程で、声に与える役割が変わっています。次の作品では、声をどこから聴かせるかも重要になります。
2021年、自宅録音では「同じ部屋にいる」距離を作った
2021年の『FLOWERS for VASES / descansos』は、ヘイリーの自宅で録音されました。録音を担当したダニエル・ジェームスは、彼女から届いたスマートフォンの声のメモを聴き、同じ部屋にいるような親密さを作品に残したかったと説明しています。声を前に、残響を抑えて近くに置くことが目標でした。
古い家は、ただ静かな録音室とは違います。ダニエルによれば、部屋の響きや生活音があり、その中で声を近く録るには工夫が要りました。「First Thing to Go」を含むこのアルバムは、家で何も考えず歌った結果ではなく、どう聴こえる距離にするかを二人で選んだ作品です。
客席の遠くまで届ける舞台とは違う、耳元に近い歌。それでもこれが彼女の新しい唯一の声になったわけではありません。2023年にはParamoreとして『This Is Why』を発表し、再びバンドの曲を歌います。「Liar」で言葉の音節と旋律をどう組み合わせたかなど、一曲の中での歌い方は歌い方の記事で扱っています。ここで大切なのは、ソロで見つけた近さも、Paramoreでの力も、一人の歌手の選択肢として残ったことです。
2025年、強い歌も「バンドの外」で自分のものになった
2025年のソロ作『Ego Death at a Bachelorette Party』では、その選択肢の境界がさらに動きます。ヘイリーは、以前は激しい表現がParamoreのものだと感じていたけれど、今は自分の中にもあると語りました。バンドで培った力をソロでも使うと、自分で決めたのです。
「Ice in My OJ」は、その変化を示す一曲です。ヘイリーは友人たちと、自分が子どものころ歌った古い曲を見つけて笑い、それを曲へ取り込みました。初めは冗談めいた制作だったものが、最後には「自分はバンドにいる」という叫びに行き着いたと本人は振り返っています。十代の舞台では、他の男性ボーカルに負けまいとした。今はバンドへの思いと激しい表現を、ソロ曲にも自分の意思で置いています。
「Ego Death at a Bachelorette Party」に使われたピアノの断片にも、似た道筋があります。それはParamoreの『This Is Why』制作期に彼女が弾き、声のメモに残していたものです。当時はバンドの曲として持ち込まず、後にダニエルと作るソロ曲へ渡しました。昔のメモを消さず、別の作品で生かす。2017年のデモを残した人らしい選択が、さらに広がっています。
もう一曲の「Parachute」は制作の終盤にでき、アルバムに最後に加わった曲です。本人はこの曲を書くとき、恥ずかしいと感じるような気持ちも言葉にする必要があったと説明しています。強い声を使う自由と、傷つきやすい話を表へ出す自由は、ここでは対立していません。
2005年の「Conspiracy」は静かな歌から作り始め、後の大きなステージでは誰よりも激しく演奏しようとしていました。2017年にはデモに残った最初の声を選び、ソロでは声を曲作りの出発点にも、部屋の近さを伝えるものにもしました。そして2025年、強い歌をバンドの外でも自分のものだと言えるようになりました。
変わったのは、高音が出るかどうかだけではありません。力を示すために歌う、気持ちが残った声を選ぶ、声で曲を作る、そばで語りかける。そのどれも捨てずに、自分が歌う理由と場所を選べるようになったことに、この歌声の変遷が表れています。

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