『GUTS』の「all-american bitch」は、何もかも上手に受け流す「完璧な女の子」を演じる言葉から、抑えきれない叫びへ進みます。
ところが三作目の「cigarette smoke」でオリヴィア・ロドリゴが時間をかけたのは、声を足しすぎない歌い方でした。
強い声を客席と分け合ったあと、なぜ再び小さな声に向き合ったのでしょう。
「静かなデビューからロックへ転向し、また静かになった」と並べるだけでは、この変化は見えません。
2021年の『SOUR』にも「good 4 u」のような激しい曲がありました。
変わってきたのは声の大きさそのものより、その声を誰に渡すのか、どの瞬間に表へ出すのかという判断です。
『SOUR』――一人で抱えた気持ちが、広がるまで
「drivers license」は、免許を取ったばかりのオリヴィアが車で街を走り、思いを抱えきれずにピアノへ向かったことから生まれました。
彼女は後の取材で、この曲を作ったときに初めて、自分自身が歌の中にきちんと表れたと感じた、と振り返っています。
その「一人で抱えた気持ち」は録音の仕上げ方にも残されました。
ミックスを担当したミッチ・マッカーシーは、前半では声を乾いた、近い位置に置き、サビへ進むにつれて広がりを増したと説明しています。
最初から最後まで同じ大きさで歌を押し出すのではなく、聴く人が言葉へ近づける部分を残したのです。
ただし『SOUR』を、静かな声しかなかった時期と考えるのは違います。
「good 4 u」ではギターの勢いを受けて怒りを外へ放つ。
本人はデビュー作の発売前から、アルバム全体を「drivers license」と同じようにはしたくないと話していました。
ポップパンクやグランジだけでなく、カントリーやフォークも好きだったからです。
代表曲に似た歌だけを増やすのでなく、自分の中にある異なる表情を一枚に入れようとしていました。
ひそやかな始まりと爆発する歌は、デビュー作の時点ですでに並んでいました。
後に変わるのは、強く歌う力が新たに生まれたかどうかではなく、その強さをステージと曲作りの中でどう使うかです。
『SOUR』ツアー――客席が歌の続きを引き受けた
最初のツアーで、オリヴィアが自宅のピアノで書いた歌を、何千人もの観客が一緒に歌いました。
本人は、怒りを歌うと客席にいる幼い子たちまで声を張り上げる姿が好きだと語っています。
普段なら表に出しづらい感情を、会場で共有できるからです。
同時に、ステージに立てば緊張がなくなるわけでもありません。
彼女は大人数の前よりも、少人数の親密な場で歌うほうが難しいと話しています。
それでもツアーは、曲を完成させたあとに聴き手と声を交わす経験を与えました。
次の『GUTS』では、客席が跳びはね、歌い、叫べる曲を作りたいと考えるようになります。
ここが『SOUR』と『GUTS』を分ける転機です。
録音で独白を届けるだけでなく、歌の感情を客席に渡す。
そのために、曲の勢いも、歌うときの表情も広げていきました。

写真:Justin Higuchi / CC BY 2.0
『GUTS』――きれいな声の仮面を破る
2023年の『GUTS』を作るとき、オリヴィアは前作の成功に続く作品を書かなければという重圧を感じていました。
本人によれば、しばらくはピアノに向かっても、周囲にどう評価されるかばかり考えてしまったそうです。
その不安が消えたから激しい歌を作れた、という単純な話ではありません。
『GUTS』では、怒りや迷いを隠して「感じのよい人」を演じること自体が、曲の題材になりました。
「all-american bitch」は、その矛盾をアルバムの冒頭に置きます。
オリヴィアは、求められる完璧さと現実の自分との違いに長く苦しんだと話しています。
彼女の歌う「怒り」は、ただ大声を出してすっきりするための飾りではありません。
穏やかにふるまう言葉と叫びを同じ曲に置くことで、口に出せない気持ちまで歌の形にしたのです。
共同制作者のダン・ニグロによれば、この曲と「ballad of a homeschooled girl」では、オリヴィアが望んだ生の演奏の押し引きを残すため、バンドを集めて録音しました。
彼には、この二人の制作でまだ試していない方法でした。
簡単なデモを準備して臨んだものの、本当に狙った音になるかは分からなかったといいます。
結果は三日間で手応えを得られるものになり、一週間後に聴き返しても、その勢いを気に入ったそうです。
客席に投げかける曲を、録音の段階から身体の動きが感じられるものへ変えようとした。
その選択は、前作にあった激しい曲を単に増やすこととは違います。
ただ、制作の拠点まで一新したわけではありません。
オリヴィアはニグロに、また彼のガレージで曲を書きたいと伝えていました。
前作を一緒に作った場所は残し、そこで考えた音楽に必要なときには、録り方を変える。
『GUTS』の広がりは、慣れた二人の作業と新しい試みの両方から生まれています。
声に気持ちを乗せるためには、別の方法も使っています。
子どものころから俳優としてカメラの前に立ってきたオリヴィアは、録音中に感情が足りないとニグロが撮影を始めると、歌の表現がよくなると説明しました。
撮られることで、演じる経験が歌に結びつくのです。
声を大きくすることだけが、感情を届ける方法ではありません。
俳優として用意された場面を演じていた経験を、今度は自分で言葉や旋律を選ぶ歌へ持ち込んでいる。
本人が音楽で大切にしていたのも、何を表すかを自分で決められることでした。
『GUTS』には、怒りのほかに笑いや皮肉もあります。
本人も、前作では十分に出せなかった、おどけたり少し生意気に振る舞ったりする面を見せられたと振り返っています。
「get him back!」で一つの言葉に復讐と未練を重ねる遊び心も、その一例です。
一方、「vampire」では静かな導入から激しい後半へ進みます。
この一曲をどう組み立てたかは、オリヴィア・ロドリゴの歌い方で詳しく扱っています。
ここで大切なのは、静けさを捨ててロック一色になったのではなく、曲ごとに異なる感情の見せ方を選んだことです。
三作目――強く歌えるからこそ、足さない
2026年の三作目『you seem pretty sad for a girl so in love』では、関係が始まり、揺らぎ、終わっていく流れをアルバム全体で描いています。
オリヴィアは取材で、前作を作るときの重圧を経て、自分のために音楽を作る楽しさを取り戻したと話しました。
そこから生まれたのは、ただ自由に叫ぶ歌だけではありません。
「cigarette smoke」は、その変化がよく分かる一曲です。
本人はこの曲の歌い回しに長く時間をかけ、表現を足しすぎないよう自分に言い聞かせたと説明しました。
大きく感情を見せる方法を持ったうえで、一人へ近く語るような歌も選び直しています。
ただ、最後まで抑えた曲にするつもりだった二人は、作るうちに大きなブリッジが必要だと考え直します。
この曲を「静かな時代への回帰」と呼べない理由はそこにあります。
小さく歌うことも、感情がせり上がる部分を作ることも、同じ一曲のために選んでいます。
同じアルバムの「the cure」では、歌を何層にも重ねた大きな展開も手放していません。
ダンに促されて高いFの音へ挑み、やりすぎではと心配したものの、曲の感情に合うと受け止めました。
声を出せるだけ出すのでも、常に控えるのでもない。
必要だと思えば大きく広げる余地を、三作目にも残しています。
「drivers license」で個人の気持ちから始まった歌は、『GUTS』で観客も声を出せる場所へ広がりました。
そして三作目では、その経験を経たうえで、一人に話すような小ささも選び直しています。
『SOUR』にも怒りの曲があり、『GUTS』にもバラードがある。
変遷は曲調の一方通行ではありません。
感情を誰と分け合い、どこで声を出し、どこで残すのか。
その選択肢を増やしてきたことに、オリヴィアの歌の変化があります。

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