「vampire」は、もっと穏やかなバラードとして仕上がる可能性もありました。
プロデューサーのダン・ニグロが最初に作った伴奏を、オリヴィア・ロドリゴは気に入らなかったのです。
彼女が求めたのは、もっと激しくなっていく曲でした。
ところが、曲の始まりについては、もっと遅くしたいと繰り返し頼んでいます。
激しく歌いたいのに、なぜ最初は急がないのでしょうか。
2023年の「vampire」を作った過程には、静かな声から感情があふれる歌へ進む、オリヴィアならではの工夫が見えてきます。
静かに始めても、静かに終わりたくなかった
ニグロは、2021年のデビュー作『SOUR』からオリヴィアと曲を作っている共同制作者です。
「vampire」でも、彼女が持ってきた歌のアイデアを、二人で作品へ育てていきました。
最初にニグロが考えたのは、ピアノの歌にドラムやギターを加える、バラードとしての仕上げ方でした。
しかし、オリヴィアには物足りなかった。
そこで彼は、ドラムの刻みを細かくし、速く走り出すような勢いを曲に加えます。
この方向を彼女が気に入ったことで、後半へ向かって激しさを増す形が見えてきました。
ここで必要になったのが、歌声をどう盛り上げるかという作業です。
伴奏だけが急に激しくなり、歌がずっと同じ調子では、曲全体の気持ちがつながりません。
かといって、最初から声を張り続ければ、後半でさらに感情があふれる余地がなくなります。
高い音を強く歌う場面だけを取り出すと、オリヴィアの歌は、勢いよく感情をぶつける歌に見えます。
でも「vampire」で二人が考えていたのは、そこに至るまでをどう歌うかでした。
最初の声をどれくらい抑え、その後どこで強めるか。迫力は、曲の中で少しずつ作られていたのです。
最初の歌が急ぎすぎていないか、何度も確かめた
「vampire」の前半を仕上げる段階では、歌い出しの速さがなかなか決まりませんでした。
オリヴィアは、もっとゆっくり始めたい。
一方のニグロは、遅くしすぎると歌から切迫感が失われると感じていました。
同じ言葉でも、すぐ次へ進めば、気持ちに押されて話しているように届きます。
言葉の間に時間があれば、その出来事を思い返しているようにも届く。
だから、速さを変える作業は、聴き手にどんな気持ちを受け取ってほしいかを考える作業にもなります。

ようやく納得できる速さが決まり、ピアノと歌を録り直したあとにも、彼女はまだ速いと感じました。
最初の節だけ、さらにテンポを1BPM、つまり一分間の拍の数で一つ分遅くしています。
大きな展開が決まったあとにも、そんな小さな差を詰めていたのです。
歌そのものも、最初の節からサビへどう強めるかを、歌っては聴き返しながら探しました。
思いつくまま一度歌ったものではなく、複数の録音から部分を選んで組み合わせた歌です。
激しさを求める本人と、歌い出しの速さにこだわる本人は、同じ一曲を完成させようとしています。
最後の迫力だけでなく、そこまでの言葉がどう届くかにも、彼女の判断が及んでいました。
「drivers license」でも、一人の声が大きく広がっていた
この静と動の作り方は、「vampire」で突然始まったものではありません。
2021年の「drivers license」でも、親密な声から曲が大きく広がる場面へ向かうことが、音作りの中心にありました。
仕上げのミックスを担当したミッチ・マッカーシーは、曲の後半に来るブリッジを、いちばん大きな山場として考えています。
ブリッジは、前の節やサビとは違う旋律や伴奏で、曲に変化をつける部分です。
この曲では、それまでに積み重ねた思いが、その場面へ集まるように組み立てられました。
声の仕上げ方も、ずっと同じではありません。
自分の気持ちを近くで話すような節では、声を広げる効果を控えめにする。
サビでは、その効果を増やして声を大きく感じさせる。
歌うときの強弱に加え、録音した声をどれくらい広げて聴かせるかも、曲の進み方に合わせて変えています。
小さな声には、聴き手が一人の話に近づくような役割があります。
そこから声や伴奏が広がるので、同じ人の思いが抑えきれなくなったように感じられる。
オリヴィアの強い歌を支えているのは、その手前の、近くに置かれた声でもあるのです。
客席と一緒に叫ぶ楽しさが、『GUTS』へつながった
『SOUR』を出した時点で、オリヴィアは全曲を「drivers license」のようにするつもりはありませんでした。
ロックもフォークも好きで、「good 4 u」のような曲も同じ作品に入れています。
静かなバラードと激しい歌は、初めから彼女の中にあった選択肢でした。
その選び方を変えた経験の一つが、初めてのツアーです。
本人は、大勢の前でテンポの速い曲を演奏する楽しさを知り、その感覚を次の『GUTS』へ持ち込んだと話しています。
聴き手が跳びはね、一緒に叫べるような曲を作りたくなったのです。

2023年に公開された「all-american bitch」のリハーサル映像には、そうした曲をバンドと歌う姿があります。
オリヴィアにとって、怒りを歌う意味も、客席を見たことで具体的になりました。
ライブでは、若い観客たちが怒りの歌を叫び、泣き、普段は出しにくい感情を外へ出していた。
日常では簡単に言えないことを歌えるのが、音楽の好きなところだと説明しています。
そう考えると、強く歌う声には、一人で感情をぶつける役割だけがあるわけではありません。
聴いている人も、その言葉を一緒に声にできる。
『GUTS』の激しい曲では、歌手の切実さと、観客が思いきり参加できる楽しさが、同じ場にあります。
大きな声にする前の時間を、大切にしている
「vampire」では、穏やかなバラードのまま終わらせず、後半の激しさを求めました。
その一方で、始まりの歌を急がせないように、何度も調整しています。
「drivers license」では、近くで語る声と、大きく広がる声を、曲の中で使い分けていました。
オリヴィアの歌の迫力は、声を張る瞬間だけでは説明しきれません。
その前に何を、どんな速さで、どれくらいの強さで伝えたかが、後半の歌を切実なものにしています。
「vampire」をもう一度聴くときには、強い声になる直前だけでなく、最初の静かな言葉にも耳を向けてみてください。
そこで気持ちをためる時間があるからこそ、後半で声が強まったとき、同じ人の感情があふれたように届くのです。






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