高い音を滑らかに歌えるなら、その方法をいつも選べばよいのでしょうか。
三森すずこの歌には、それだけでは決まらない声の選び方があります。
裏声へ移ることも、地声の張りを残すことも、会話のように言葉を置くこともできる。
どの声を選ぶかを決めるのは、音の高さと同じくらい、その歌で伝えたい気持ちです。
地声と裏声の境目を、強く感じさせない
三森自身は、地声と裏声が重なる範囲が広く、両者を滑らかにつなぎやすいと説明しています。
ここでいう強みは、高音へ行くと突然別の声になるのではなく、つながった印象を保てることです。
「チャンス!」は低めのAメロから高いサビへ移る曲で、録音では大石昌良とキーを試しながら進めました。
上下するメロディーを一つの歌として届けるための調整です。
「サキワフハナ」では、裏声の美しさより自分の声を
「サキワフハナ」の録音には、声をつなげる技術だけでは解決しなかった試行錯誤があります。
最初に届いた仮歌は、声楽を思わせる裏声の歌唱でした。
三森もそれに沿って歌いましたが、制作側と本人に、三森らしさとは違う感触が残ります。
そこで一週間ほど考え直し、よりポップスとして自分の声を生かす方向へ変えていきました。
三森はミュージカルを目指して中学生のころから声楽を学んでおり、その歌い方を知らなかったわけではありません。
使える声であっても、そのまま選ぶとは限らないのです。
また、この曲では、自身が演じる鷲尾須美の声へ寄せるのとも違う立場を選びました。
作品の主題歌を、キャラクターとしてではなく、歌手・三森すずことしてどう届けるかを考えた録音です。
「比翼の鳥」では、滑らかに抜けることをやめる
反対に、地声に踏みとどまることが曲の表情になる場合もあります。
HISASHIが作った「比翼の鳥」では、彼の故郷・函館の曇った空を思わせる、晴れきらない感情が歌の手がかりでした。
三森が普段のようにきれいに歌うと、その鬱屈した気分が十分に出ない。
そこで求められたのが、裏声へ逃がすより、地声で絞り出すような歌い方です。
三森にとって、整った歌から離れる経験でした。
すんなり抜けていかない声が、歌の中の晴れない気持ちと結びついています。
その制作上の注文に、高音の表情を選ぶ理由が表れています。
「アレコレ」は、音程を歌う前の声まで使う
みきとPが手がけた「アレコレ」では、さらに違う声の使い方が登場します。
メロディーを歌い上げるより、普段の生活の中で話すような語りを使う曲です。
三森は、提示された曲の中でも、その意外な方向に惹かれました。
録音では寝起きを思わせる調子なども試し、言葉の置き方を探しています。
決まったメロディーを外さないように歌うのとは違い、どのくらい力を抜き、どんな調子で言葉を出すかに自由があります。
声を高くするか低くするかだけでなく、歌と会話のどこに置くかも表現になる。
明るく輪郭を立てる曲からこの曲へ移るとき、三森は、歌手として整えた声の外側にも手を伸ばしているのです。
穏やかな歌は、何もしていない歌ではない
「tulutu…」の始まりでは、ハミングやスキャットを、休日の朝の小鳥のさえずりのように思い描いて歌っています。
その先の旅行へ向かう場面では、実際に友人と出かけた思い出も重ねました。
楽しい思い出には、また集まれるだろうかという寂しさも重なったといいます。
穏やかな曲の中に、気持ちが一色ではない歌を作る。
言葉のない声からも、歌の情景を始めている例です。
一方で、三森は静かなバラードを簡単な歌とは考えていません。
ゲーム『聖戦ケルベロス』のピンクミューズの歌を録音したときには、声の粗が隠れにくいことに緊張したと話しています。
歌い出しでは、少しずつ気持ちが漏れるような、か細い声を選んでいました。
強く歌わない場面にも、どれだけ声を出し、どこから感情を見せるかという課題があるのです。
ライブで体を動かすときも、気持ちが盛り上がることと、体まで勢いに任せることを分けています。
本人が意識しているのは、息切れで歌えなくならないよう体を落ち着かせ、後半まで歌える配分を考えることです。
楽しそうに踊る姿の裏には、一曲や公演全体を保つための抑制もあります。
三森には、踊るほうが歌いやすいという本人なりの実感もあります。
「純情 Da DanDan」のスカのリズムなど、少し変わった拍の動きに惹かれるのも、どう踊ろうかという想像が働くからです。
リズムから、歌いたい気分も作っているのです。
重ねる声と、生演奏の中で届ける声
「ね、そうでしょう!?」では、ファンと会えない時期を越えて、また一緒に歩き始めるという歌詞が、三森自身の気持ちと重なりました。
隣にいる相手へ話すように捉えられ、歌へ入りやすかったといいます。
歌詞の相手を遠くに置かず、そばに思い描く。
声色を先に決めるのではなく、誰へ届ける歌かを考えることで、その声の表情も探しています。
「鈴がなる日」は、一人の歌を重ねて厚みを作る難しさが表れた曲です。
複雑なハーモニーを収録するため、録音には約四時間をかけました。
『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』で複数人の歌に参加するときとは違い、自分で重ねる声を担う場面が多くあります。
作詞をした中村彼方の声もコーラスに加わっており、完成した響きのすべてを、三森一人が一度に歌っているわけではありません。
主旋律だけに注目すると見えにくいのですが、録音では、前に出る歌と、その歌を支える声を別々に作れます。
ここでは声の強さだけで押し切らず、いくつもの歌を合わせることで、曲の広がりが生まれています。

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2024年の「みもパ!ハピバ!」では、アコースティックの演奏に合わせて「全部受けとって、強く抱きしめて。」を歌い、ゆったりしたリズムの中で優しく伸びる声を届けました。
同じ公演には、高音の力強さを見せる「海と空のヒミツ」もあります。
穏やかな編成だから、すべてを小さな声にそろえるわけではありません。
曲に応じて、声を伸ばす感触や力の見せ方を変えているのです。
三森すずこの歌い方を考えるとき、地声と裏声を滑らかにつなげられることは、大切な出発点です。
けれど、「比翼の鳥」ではその滑らかさをあえて抑え、「アレコレ」では語る声を選ぶ。
持っている声を、いつでも同じ形で見せるのではなく、その曲の気持ちに合わせて使い分けるところに、彼女の歌のおもしろさがあります。
そうした選択肢が増えてきた道筋は、三森すずこの歌唱変遷でたどれます。







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