歌う経験を重ねたのに、昔の自分の声へ戻りたくなる。
にしなが2025年の「夜凪 feat. にしな」で語ったのは、そんな思いだった。
2019年に自分を見つけた川谷絵音と再び録音すると、一人ではたどり着けなかった、当時に近い声の感覚をつかめたという。
その間、彼女はライブで歌う相手を広げ、録音の方法も変えていた。
歌い慣れたからこそ身についた癖もあれば、一人で録ることで見つけた自由もある。
「昔の声」を懐かしむだけでは見えない、にしなの試行錯誤をたどりたい。
2019年――耳に残る声と、録音で応える難しさ
川谷がSNSで弾き語り動画を募った時、にしなはカラオケで撮った動画を送った。
自分よりすごいと思う歌い手も応募していたが、活動を前へ進めたい気持ちで参加したという。
川谷の耳に残ったのは、声の太さや切なさ、歌い慣れた人とは違う緊張感だった。
選ばれたにしなは、美的計画の「KISSのたびギュッとグッと」を歌う。
しかし録音では、音程などの指示へすぐに応えられず、悔しさが残った。
魅力を認められた声を、録音の場で自分の思うように扱うことには、まだ難しさがあったのである。
この時の相手と数年後にもう一度歌うことが、変化を確かめる機会になる。
2020~21年――歌い続けた曲を、そのまま録ればいいわけではなかった
2021年の初アルバム『odds and ends』には、ライブで育ててきた曲が入った。
その一つが「ヘビースモーク」だ。
本人が最初にYouTubeへ投稿したのは2018年4月7日で、その時の動画も公式チャンネルに残っている。
初めは恋愛の歌として書いたが、繰り返し歌ううちに、幼い頃の母との記憶が重なるようになったという。
食事のあと、たばこを吸いに離れていく母が寂しかった。
その経験も入ったことで、男女の関係に限らない、愛情とたばこの歌になっていった。
同じ言葉を歌っていても、にしなの中で向き合う相手は広がっていたのである。
2021年の正式版では、トオミヨウから届いた最初の編曲が、自分の思い描く世界より明るく感じられた。
そこで歪んだギターなど、欲しい音を具体的に伝え、やりとりを重ねた。
以前からある曲を、現在の自分が納得して歌える作品へ仕上げる作業だった。
逆に、自分の歌のほうを直す必要があったのが、2020年に発表し、同じアルバムに収めた「夜間飛行」だ。
ライブで歌い続けるうち、本人も気づかないまま、リズムの少し後ろへ乗る歌い方になっていた。
その仮歌をShin Sakiuraへ送ったところ、編曲と合わせても、目指していたエレクトロの軽快さが出ない。
にしなが仮歌を録り直し、編曲も調整して、完成へ近づけたという。
ライブの回数を重ねれば、録音も自動的によくなるわけではない。
繰り返した歌には、その場で身についたリズムが残る。
「ヘビースモーク」では曲を捉える気持ちが広がり、「夜間飛行」では慣れた歌い方を見直す必要が生まれた。
どちらも、歌い続けた曲を改めて作品にする時の発見だった。
2022年――自分の声だけでなく、演奏と客席にも意識を向ける
2022年、にしなは録音した自分の声との違和感について、試し方を具体的に話している。
前へ届けるつもりで歌ったり、後ろへ声を置くイメージで歌ったりして、録った声を聴き返す。
自分が気持ちよく歌える感覚と、聴いた時の心地よさが重なる場所を、繰り返し探していたという。
声を出している本人の感覚だけで、歌の届き方が決まるわけではなかった。
ステージでも、ギターを持つ落ち着いた形に加え、ハンドマイクで歌う形を取り入れた。
両手が楽器に向かっていた時より、左右へ動ける範囲が広がり、違う表現もできるようになったと話している。
バンドのメンバーと手拍子をするなど、客席が参加しやすい方法も相談するようになった。
緊張はありながら、周囲と一緒に場を作ることへ意識が向いていたのである。
同年の「THE FIRST TAKE」では、「ヘビースモーク」をバンドと一発撮りした。
本人は、緊張しつつもメンバーの音を感じ、具体的な一人を思い浮かべて歌えたと話している。
曲に重なる記憶が広がっても、この歌唱で思い浮かべたのは一人だった。
曲を作った時の気持ちを固定せず、その場で歌い直す経験も重なっていた。
2024~25年――「わをん」「つくし」を一人で録り、選ぶ側にもなる
「わをん」では、一度録った歌を採用せず、自分の環境で録り直した。
ところが、新しくした機材の扱いが分からず、声が割れる問題が起きたという。
本人はそれも歌のニュアンスだと捉えていたが、周囲に聴いてもらうと気になる箇所があり、別の日に再び録った。
欲しい声を残すことと、録音として整えることの両方に向き合ったのである。
その手間をかけたのは、この曲の歌を妥協したくなかったからだ。
愛をテーマに、特定の気分にいる人だけでなく、さまざまな人のそばに置ける曲にしたかった。
完成後は、素直な自分の声があるように感じ、気に入っていると話した。
一人で録ることは、ただ自由に歌えるというだけではなく、何を残すかを自分で引き受ける選択でもあった。
2025年の「つくし」も、事務所の部屋にマイクを立て、一人で歌を録った。
本人が求めていたのは、周囲を気にせず何度でも試せる環境だった。
間奏に入れた歌詞のない声の動きも、その場で作りながら録れるからこそ、試しやすくなったという。
歌う人であると同時に、歌の入る場所を考える人にもなっていた。
一方、一人で聴き続けると、よい歌なのか分からなくなることもあった。
自分でテイクを選んで終わりにはせず、ミックスの段階でほかの人の意見を交え、声をどのくらい明るく、凛とした印象にするかを話し合った。
独力で録る時間と、外から聴いてもらう時間を組み合わせていたのである。

出典:にしな公式サイト
2025年「夜凪」――緊張したままでも、歌い直すたびによくできた
この頃、にしなは自分の低い声が好きで、低音を使う曲が増えていたと話している。
同時に、美的計画で歌った頃より声がどっしりしてきたと感じ、過去の録音へ近づこうとしても、うまくいかない時があった。
そんな中で、川谷と再び歌を録ったのが「夜凪 feat. にしな」だった。
今回は川谷が低い音域を受け持ち、高いところをにしなへ任せた。
彼女にとって、そのキーは気持ちよく歌えるものだったという。
音程の指示に迷うところは残っていたが、気持ちで歌ってよいと促され、録音を楽しむ方へ切り替えられた。
川谷は、サビのリズムについて要望を伝えると、歌い直すたびによくなったと評している。
最初のテイクへ戻るだけではなく、やりとりによって歌を更新できた。
また二番の歌い出しには、彼女らしい母音の扱いも表れたという。
にしなが昔の声に近い感覚をつかんだ時、録音へ応える力は、昔と同じではなかった。
緊張が残っていても、その中で楽しみ、相手の言葉を受けて試せる。
過去を感じさせる声と、積み重ねた経験が、一つの歌唱の中に同居していたのである。
2025年「輪廻」――小さく歌うことにも、難しさがある
祖母との別れをきっかけに書いた「輪廻」では、大きく張ることとは違う課題に向かった。
にしなが覚えているのは、冒頭を小さな声で、ぽつぽつと歌う難しさだったという。
声を張る時より体の感じが出ると思い、その感覚をどこまで出せるか探しながら録った。
この曲で目指したのは、別れを重く捉えすぎず、思いがつながっていく歌だった。
編曲を担当したトオミヨウにも、前向きに動いていく曲にしたいと伝えている。
強い感情を題材にしていても、最初から強い声で示すとは限らない。
力の抜けた始まりにも、曲が向かう先に合わせた試行錯誤があった。
2026年「ドレスコード」――戻る感覚を、新しい歌に使う
「ドレスコード」では、言葉とメロディをできるだけ一緒に生み出した。
先に旋律を決めてから歌詞を当てると、両者がうまくはまらない場合があるためだ。
サビも、大きく持ち上げるより前の部分から揺れ続けるような形になり、本人は要素を削った感覚が強かったと話している。
歌う際には、主人公の気持ちを自然に発する、語り部のような意識だった。
伴奏も、試しに冒頭へドラムを足してから、最初のシンプルな形へ戻したという。
自分の言葉が届くことを優先してみると、初期の自分らしさも強く表れた。
その感覚を好ましく思い、新年最初の配信曲に選んだ。
「夜凪」で感じた昔の声は、経験を積む前へ引き返すための答えではなかった。
慣れた歌を録り直すことも、一人で作り込むことも、相手の指示で変えてみることも、今のにしなにはできる。
その選択肢の中から、曲に合う飾らなさを選び直している。
一曲のどの部分にどんな声を残すかは、にしなの歌い方で「婀娜婀娜」の録音を手がかりに詳しく扱っている。







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