高校時代に録った「Fコード」を、コレサワは2024年のミニアルバム『日々愛々』で録り直した。
歌詞は当時のまま、演奏はバンドへ。
さらに2026年、ラジオで昔の応募音源を聴くと、自分の歌い方の若さに驚いたという。
同じ曲を残しながら、何が変わったのか。
その間には、自分の声をどう使えば、聴く人の気持ちを動かせるのかを探した時間があった。
2024年『日々愛々』収録版の公式音源。
高校生の「Fコード」――自分の歌を信じるきっかけ
ギターを始めた高校生のコレサワにとって、Fコードは簡単に押さえられるものではなかった。
そこで、練習したいコードそのものを曲にした。
四畳半の部屋でMTRという録音機を使い、タンバリンもハモリも自分で重ねた音源を、10代向けの音楽企画へ応募したという。
その音源がラジオで流れ、出演者が声や曲を褒めてくれた。
まだデビューしていない自分の歌が全国へ届いたことは、大きな自信になったと振り返っている。
自分の歌にはよさがあると思えたから、途中で折れずに続けられた。
後から聴けば恥ずかしくなる若い歌い方も、本人が歌い続けるための出発点だったのである。
2015年――好きな音楽と、自分の声を近づける
ただ、最初から今の明るい方向を決めていたわけではない。
10代には暗い曲も書き、それがアーティストらしく格好いいと思っていたという。
一方、自分が好きなのはポップでかわいい音楽で、元気をもらうのも、エネルギーのあるライブだった。
好きなものと自分の作るものを近づけるきっかけになったのが、2015年にEPの表題曲となる「君のバンド」だ。
詞の選び方にも、その見直しがある。
当初は売れているバンドを批判するように受け取れる言葉があったが、誰かを傷つけたいわけではなく、売れていない人にもよさがあると伝えたかった。
その意図に合うよう、一語を書き換えたという。
強い言葉で目を引くことより、歌って届けたい気持ちを優先したのである。
声についても、曲ごとに変えてよいと考えるようになっていた。
きっかけの一つは、歌い手もギタリストのように音作りへ取り組むべきだ、という大森靖子の話だった。
コレサワはそれを受け、自分の中から声の変化を探そうとしたという。
一人称を「あたし」にすると声が明るく聞こえ、わがままな人物像が出るという発見もあった。
生まれ持った声をそのまま出すだけでなく、言葉と歌い方を選んで、自分らしい人物を立ち上げようとしていた。
2017~18年――引っかかりを残す歌と、耳元へ近づける歌
2017年の代表曲「たばこ」では、言葉の始まりへ小さな工夫を置いた。
本人が後に説明したのは、サビの入口へ短い「ん」を添える方法だ。
さらっと歌うだけではあっさり聞こえるため、少し引っかかる場所を作るという。
つんく♂がテレビで歌を指導する場面から知った方法で、自分の曲に取り入れていた。
「たばこ」は、知人に失恋の曲を勧められて書いたものだった。
これほど多くの人が歌うとは思わず、映画のような物語性が届いたのかもしれないと振り返っている。
日常の言葉を語る曲にも、耳を止めるための小さな選択があった。
次のアルバム『コレでしょ』では、別の近づき方を試す。
2018年の「パープル」や「プラネタリウムに憧れた」は、気を張らず、誰かの耳元で話すように優しく歌うことを心がけたという。
それまであまり試してこなかった歌い方で、曲の雰囲気にも合うと感じていた。
声を変えるという2015年の考えが、曲ごとの具体的な選択になっている。
言葉に引っかかりを作る方法を覚えても、それを毎曲の決まりにはしない。
話のどこで耳を止め、どんな距離で相手へ伝えるかを、作品に合わせて探していた。
2023年「ライブ終わりに」――歌うのをためらった曲を、自分で選び直す
「ライブ終わりに」は、発表するより前からあった曲だ。
しかしコレサワは、直接的な言葉を今の自分が歌ってよいのか迷っていたという。
無名だった頃なら気にせず歌えたはずなのに、いろいろな曲を好きでいてくれるファンが増えると、どう受け取られるかが気になった。
聴いてくれる人が増えたことが、自由に歌うのをためらわせてもいたのである。
制作チームやレーベルが変わった時期に、自分の曲を改めて見直した。
周囲が考えて支えてくれる環境は楽でも、自分まで任せきりになるのは違う。
やりたいことを自分から伝え、ほかの人が歌わないことを歌うほうが、コレサワらしいのではないか。
そう考え、この曲をMVとともに発表したいと相談したという。
2023年の配信後も、ライブで観客が手を上げ、一緒に歌う曲へ育てようとしていた。
ためらってしまう言葉をただ解禁しただけではない。
自分が歌いたかった気持ちを、客席と共有する場を作ろうとしたのだ。

出典:日本コロムビア公式発表(PR TIMES掲載)
2024年『日々愛々』――悲しみを明るく歌うことと、暗さを残すこと
「ライブ終わりに」は、自分の声の役割を知る例にもなった。
曲の気持ちは悲しく、やるせない。
それを自分の声で明るく歌うと、人が元気になるのだと感じたという。
2024年の取材でコレサワは、マイナスの気持ちを明るく歌う発見が、初期の純粋だった「Fコード」の頃からの変化だと説明している。
2015年には、自分の好きなポップな音楽へ向かった。
その先で分かったのは、明るい声が、明るい出来事だけのためにあるわけではないということだった。
悲しさを隠して別の話にするのではなく、その気持ちを声でどう渡すかを選べる。
以前から探してきた声の使い分けが、聴く人を前へ向かせる方法にもなっていた。
同じミニアルバムの最後に置いた「この日々を」は、そこから少し違う場所へ向かう。
「日々」を題材にした弾き語り曲を入れたくて、制作の終盤に録ったものだ。
本人は作品で唯一暗い曲としながらも、落ち込ませる暗さではなく、一息つける感覚を求めたと話している。
歌い続けなければ忘れられると思う日も、自分が歌わなくなったら悲しむ人がいると思う日もある。
そんな本人の迷いも、少しこぼしてよい曲だった。
元気づけるために、いつも元気な自分だけを見せる必要はない。
「ライブ終わりに」で明るく渡した気持ちを、ここでは静かな時間の中に置いている。
「Fコード」を残したまま、武道館の客席まで歌う
『日々愛々』の「Fコード」は、昔の詞を直さず、プロの演奏者によるバンドアレンジで録り直した。
今の高校生の連絡手段とは違う言葉も、そのまま残っている。
コレサワは、ずっとこの曲が好きで、ギターを始める人にも、この曲でFコードを押さえてもらえたらと考えたという。
曲を今の活動へつなぐ時に、若い自分が苦労して作った理由まで取り除かなかったのである。
高校時代の自宅録音と2024年の作品では、演奏も録音環境も違う。
それでも、同じ歌詞を今の自分で歌うことはできる。
言葉の入口や声の距離、悲しみを明るく渡す方法を覚えたあとにも、高校時代の曲は歌い続けられるものとして残った。
2025年9月16日の初の日本武道館公演では、歌う相手との距離が新しい課題になった。
立ってみると、二階スタンドの上までが思ったより遠かったという。
席の位置によって楽しさに差が生まれないよう、リハーサルから上へ視線を向ける練習をした。
本番では、遠い席も見えていると伝えるため、いつも以上に全方向へ手を振りながら歌った。
客席のペンライトが見えると、楽しんでくれているのが分かり、安心できたとも話している。
一人で客席全体へ届けようとするだけでなく、その反応を受け取りながら歌う場になっていた。
「元彼女のみなさまへ」では、画面に歌詞を出して、大合唱が起きたことも公演の記録に残っている。
四畳半で自分の声を重ねた時から、目の前の人と声を重ねる場へ、歌の届き方も広がった。
昔の自分の歌い方を若いと感じても、その頃の曲を手放す必要はなかった。
コレサワが増やしてきたのは、気持ちに合う声と、聴く人への渡し方だ。
悲しい曲を明るく歌うことも、暗さの中で一息つける曲を残すことも、その選択の中にある。
一曲の言葉をどう扱うかは、コレサワの歌い方で「たばこ」の入口や語り手を手がかりに詳しく扱っている。







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