「虹のかけら」などのアニメソングを歌う昆夏美は、ミュージカルの舞台に立っていたのに、歌手デビューの録音では緊張していました。
役として歌うことには慣れていても、昆夏美自身として、マイクの前でどう歌えばよいのかは分からなかったのです。
舞台で積んだ経験と、自分名義の歌を作る経験は、本人にとって同じではありませんでした。
2013年の初録音から、2015年の「ISOtone」、2023年の『マチルダ』へ。
本人の振り返りをたどると、歌い切るために力を配分すること、録音で思い切って試すこと、役に合わせて声の力を控えることが、それぞれ違う場面で必要になっていきます。
昆夏美の歌唱の歩みは、持っている声を作品の中でどう使うか、選び方を増やしてきた過程でもあります。
2013年、役を離れた録音で自分の声と向き合う
2011年に『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット役でデビューした昆は、もともとミュージカルの道を目指していました。
高校では音楽を専門的に学び、大学でも仲間と作品を作り、放課後に練習する環境にいました。
そんな本人にとって、2013年に自分の名前で「私は想像する」を発表することは、予想していなかった展開だったそうです。

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初めての録音では、ブースの中にマイクと自分だけがいて、外にディレクターやエンジニアがいます。
舞台で人前に立っているから平気だろうと言われても、本人は不安だったと振り返っています。
当初は、周囲から言われたことをこなすので精いっぱいで、曲に自分の色を加えるところまでは考えられませんでした。
舞台には、歌う人物の心情があります。
『レ・ミゼラブル』なら、客席の前にいるのは昆夏美ではなく、エポニーヌです。
一方、自分の名前で歌うときには、どんな色を持つ歌手でいたいのか、本人が考えなければならなかったのです。
「私は想像する」の作詞・作曲を手がけた石川智晶は、自分のデモと同じ歌い方を求めず、昆の声を生かす形で制作しました。
本人は、決められた型に縛られなかったことで、気持ちの面では落ち着いて取り組めたと話しています。
ただ、ロックの曲に合わせて、言葉を一つずつ力強く出すのは難しかったそうです。
それまでの滑らかに歌おうとする習慣が、そのままでは曲に合わない。
音量を増やすだけでも、欲しい力強さにはならない。
録音の緊張が和らいでも、曲に必要な歌い方を探す作業は残っていました。
昆は、自分の色を決めるべきか、色を付けないほうがよいのかとも悩みました。
やがて考えるようになったのは、一つのイメージに固定されず、さまざまな曲に応えられる歌声と感覚を持ちたいということです。
自分名義の歌を始めたことで、どんな表現者になりたいかを、あらためて探していました。
2015年、「ISOtone」で一度に歌い切る発想を変える
2015年の「ISOtone」は、昆が慣れ親しんでいなかった激しいロックの曲でした。
デモを聴いて惹かれた一方、伴奏の力に負けない歌が必要だと感じています。
単に音程を覚えて歌うだけでは、曲に見合う声にならないと考えたのです。
そこで、録音前に歌い方を試すプリプロダクションを、4時間ずつ2回行いました。
最初はフレーズを大きく捉えすぎていると指摘され、2回目に方向をつかんだといいます。
本人にとって慣れた、横へ長く流れるような歌い方から、短い息継ぎとリズムの動きを意識する歌い方へ変えていきました。
歌詞の内容は重くても、歌まで重くなりすぎないようにする。
激しさと勢いを保つため、曲の意味を受け止めながら、フレーズの進め方を組み直しています。
何度も試した結果、最初と最後のテイクでは、歌い方が大きく違っていたそうです。
もう一つ、本人の発想を変えたのが、失敗しないように歌う習慣でした。
それまでなら、高音が続く曲は声がひっくり返らないように考え、一曲を最後まで歌える力の配分を決めていたといいます。
しかし、この録音では、ディレクターから、きれいに守る歌より、思いを外へ出す方向を求められました。
うまくいかなければ、もう一度録ればよい。
そう考えられたことが、昆には新しい経験でした。
舞台で身につけた安定した配分を毎回優先するのでなく、録り直せる制作の中で、まだ出したことのない表現を試すようになったのです。
同じシングルでも、声の整え方は一つではなかった
「ISOtone」の制作で時間をかけたことは、同じシングルの「Sleep without a memory」にもつながりました。
同じ『ケイオスドラゴン』のゲーム主題歌で、本人は作品の世界へ入りやすかったと話しています。
ただ、歌声を作るうえでは、別の選択もしています。
この曲では、ビブラートをあえて使わず、息を細かく区切り、フレーズを短くしました。
長く広がる歌い方から離れるために、音の揺れを控えたのです。
身につけた表現を曲に応じて使わないことも、新しい歌を作る方法になっていました。
一方、ロックバラードの「Despair Syndrome」では、優しく歌おうとした声が、自分の予想より重く聞こえるという問題がありました。
そこで、「ISOtone」のように外へ発散する歌い方も試し、録っては聴き返しています。
歌っている最中の気持ちと、録音から伝わる印象を照らし合わせる作業でした。
ビブラートを控える曲もあれば、優しくするつもりだった歌の力の出し方を見直す曲もある。
新しく覚えた一つの歌い方を全曲に当てはめず、曲ごとに確かめていく経験が、このシングルに詰まっています。
20代後半から2023年、役に合う声の力を探す
その後の舞台でも、本人は、力を出し切ることと、役として伝わることの違いを考えるようになりました。
20代の頃の『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』では、役や歌に説得力を持たせるため、自分のエネルギーを全部出す必要があったと振り返っています。
その経験を積んだうえで、20代後半から、役によって必要な力の出し方は違うと意識するようになったそうです。
2023年の『マチルダ』で演じたミス・ハニーは、その違いを強く考えた役でした。
『マリー・アントワネット』のマルグリットと同じように力を出しても、ハニーの人物像にはなりません。
大きな声や大きな動きが、そのまま役のエネルギーになるわけではないと捉えていました。

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ハニーの歌には、自分なら地声で出せる音もありました。
けれど、その声を使うと繊細さや奥行きが薄れ、一人で未来を切り開いていける人物に感じられてしまったといいます。
出せる音だからそのまま出すのでなく、その歌声でどんな人に見えるかを考え、稽古場から細かく調整しました。
自分の感覚で何度も試し、歌唱指導や演出家、同じ役を演じる咲妃みゆにも聞いて確かめています。
いつもは役を作る過程で自然に決まる声を、ハニーでは意識して探す必要があったそうです。
思い切って声を出す経験を重ねてきたからこそ、役によっては控えることも必要になると学んでいました。
初期の録音では、自分の色をどう決めるかに悩み、「ISOtone」では、慣れた配分から離れて試しました。
後年のハニーでは、使える声の中から、人物に合うものを選ぼうとしています。
昆夏美の変化は、強く歌えるようになったことだけでは説明できません。
自分の感覚と録音の聞こえ方、そして舞台にいる人物の姿を照らし合わせ、歌い方を選ぶ視点が増えてきたのです。
息の区切り方や地声の選択については、昆夏美の歌い方で詳しく扱っています。







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