城田優は、ミュージカルとポップスでは、同じ日本語でも発音の仕方を変えると話しています。
歌詞を台詞として届ける場面では、普段話すときの音を意識する。
歌手として歌う場面では、別の発音も選ぶ。
その使い分けを、本人のルールとして持っている人です。
日本語、英語、スペイン語を歌う声の感覚や、デュエットで相手と声を重ねる考え方も含めて、言葉をどのように歌へ移しているかを見ていきます。
ミュージカルでは、話すときの音に近づける

撮影:高田梓/出典:音楽ナタリー。
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2020年、RIKUとの対談で、城田は「映画」という言葉を例に、二つの歌い方を説明しました。
ミュージカルで台詞として歌うなら、会話に近い「えーが」という音にする。
歌手として表現するときは、「えいが」と歌う。
同じ文字でも、何を表す歌なのかによって、音を選んでいます。
話すときに無声音になる部分を、ミュージカルではあえて発音せず、ポップスでは発音してもよい。
そうした決め方も、本人の中にあるそうです。
どの音を声にするかによって、歌の印象が変わると考えていました。
役の台詞を歌うことと、自分を通して歌を表すこと。
その違いは、歌詞の解釈に加え、言葉を音にする段階にもあります。
城田は、発音や声にしない部分まで、表現の選択肢として扱っています。
録音では、役の感情を残しながら歌を整える
舞台で自然に聞こえる歌を、そのままCDに移すとは限りません。
『a singer』の録音で城田は、感情の込め方を舞台の8割ほどにしたと説明しています。
音量を一定の割合で下げるという話ではなく、人物の思いをどれくらい前へ出すかという、本人の感覚です。
ミュージカルでは、歌が始まるまでの芝居や、その日の劇場の空気があります。
同じ言葉でも、人物が置かれた状況とともに聴くことで伝わるものが変わる。
録音では、その場面を目で見られない人にも届くよう、役としての感情を保ちながら、少し整えた歌にしたそうです。
この考え方からは、歌をきれいに仕上げることと、芝居として伝えることを、曲や場に応じて調整しているのが分かります。
城田は、CDを聴いた人が舞台ではまた違う印象を受け、その歌がどんな場面で生まれるのかに興味を持ってほしいとも話していました。
言語が変わると、本人が感じる声も変わる

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2018年の『a singer』では、日本語、英語、スペイン語の歌を収めています。
本人は、言語が変わると声も自然に変わり、歌う声にもその違いが出ると説明しました。
言葉とともに声が変わる感覚です。
スペイン語は前へ進む感じがあり、英語には歯切れのよさがあり、日本語は丸く、ふわっとする。
城田は、それぞれの言語をそのように捉えています。
アルバムの「イザベル」はスペイン語で歌っています。
本人にとって、この言語は自分のアイデンティティの一部でもありました。
歌いたいものを、自分の癖や感覚で歌う曲として、役になって歌うミュージカルソングと区別しています。
言葉を正確に音にするため、録音では英語の発音も細かく確認しました。
発音を確認する協力者にブースへ入ってもらい、歌いながら指摘を受ける形で進めています。
日本語のカタカナでは同じに見える母音にも、微妙な差がありました。
一度完成した後も歌を聴き返し、気になる箇所を録り直しています。
とくに「ザ・グレイテスト・ショー」は、冒頭から次々と流れる言葉に苦労した曲でした。
初めは歌えないと思ったものの、繰り返すことで形にしていったといいます。
言語によって自然に出てくる声の感覚を持ちながら、録音では、言葉の一つ一つがどう聞こえるかを別に確かめていたのです。
その制作過程は、城田優の歌唱変遷でたどっています。
「闇が広がる」では、サビで相手と声を重ねる
『a singer』の「闇が広がる」は、ラミン・カリムルーとのデュエットです。
舞台でトートを演じてきた城田が、この録音ではルドルフを歌い、ラミンがトートを担当しました。
役と相手を変えて、同じ作品の歌へ向き合っています。
城田が気に入っていると話したのは、サビで声を張るところのハーモニーです。
相手と声の波長が合うと感じ、その重なりを、この録音の魅力として挙げています。
一人の声を出す技術とともに、どの声とどう重ねるかも意識していました。
録音では、城田がラミンへ日本語の発音や意味を伝えています。
共演者と同じ言葉を理解しながら、二人の声で歌を形にする制作でした。
ラミンは、日本語らしく歌いたいという希望を城田に伝えていました。
その意向を受け、城田は母音や言葉の終わりを細かく確認しています。
一方で、修正しすぎると相手の持ち味まで消えてしまうとも考えていました。
言葉が伝わる精度と、その人ならではの響きを、両方残そうとした録音です。
生田絵梨花と歌った「エメ」では、相手に伝えた内容も違いました。
城田は、生田のまっすぐに通る声を生かしつつ、哀愁やエネルギーを加える方法を提案したと話しています。
同じアルバムでも、ラミンとは日本語の音、生田とは感情の色を中心にやり取りしていたのです。
自分が望む声へ一律にそろえるのでなく、その人の長所を聞き取ったうえで、曲に必要な要素を足す。
声を重ねる相手ごとに考えることが変わる点にも、歌い手と作り手の両方の視点が表れています。
「魔法の音」で伝えた、発音を作りすぎない歌
2026年に高垣彩陽と歌った「魔法の音」では、城田が歌唱ディレクションも担当しました。
高垣は、台詞やナレーションで明瞭に話そうとする習慣が、歌にも出ると説明しています。
この録音では、城田から、力を入れすぎず自然に話すように音へ言葉を乗せる方向を示されたそうです。
明瞭に発音しようとすることが、バラードでは言葉の流れを固くしてしまう場合がある。
高垣が振り返った指導には、そうした課題への細かな調整がありました。
言葉をはっきり聞かせることと、一音ずつを強く立てることを同じにせず、メロディの中で自然につなごうとしていたのです。
高垣は、最後の一音まで表現を逃さない城田のこだわりにも触れています。
力を抜く歌い方でも、フレーズの終わりまで扱いは丁寧です。
共演者へ伝えたこうした方針にも、城田が発音と感情の両方を細部から整える姿勢が表れています。
城田優の歌い方を理解する手がかりは、言葉をどの音で歌うか、どの言語を使うか、誰と声を重ねるかという選択にあります。
本人の発声の説明には、役として話す声と、自分として歌う声の違いが、具体的な発音まで表れています。







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