柏原芳恵の歌い方・発声|低音の響きと、『わかれうた』のまっすぐな歌唱

2022年の取材時の柏原芳恵 シンガー
2022年の取材時の柏原芳恵

柏原芳恵の声を考えるとき、入口になるのは低音の響きです。
『第二章・くちづけ』では、Bメロで低音を響かせる部分が、可愛らしい曲の中に大人びた印象を作っています。
一方、『わかれうた』には、シンプルでまっすぐな歌唱が曲になじむという評価があります。

低い声の存在感と、歌を大げさにしない歌い方。
その二つをたどると、柏原芳恵の歌声が、若々しいポップスにも、哀愁のある曲にも似合う理由が見えてきます。

『第二章・くちづけ』、可愛らしい曲に響く低音

1980年の『第二章・くちづけ』は、柏原芳恵本人が出演したトローチのCMにも使われた曲です。
親しみやすいメロディや指の振り付けには、当時のアイドルらしい可愛らしさがありました。
しかし、歌唱の印象は可愛らしさだけで終わりません。
Bメロで母音を伸ばす部分では、低音の響きが大人びた表情を添えています。

同じ曲の中で、明るい印象のそばに、落ち着いた声の表情が現れる。
注目したいのは、出せる音の高さの数より、低い響きが曲の印象をどう変えるかです。
その場面の違いが、柏原芳恵の声を印象づけます。

翌1981年の『ガラスの夏』にも、低音を効かせる歌唱が見られます。
当時の歌唱を振り返る評では、大人びた表情から、サビで爽やかな笑顔へ移る点が捉えられています。
声の低さと表情の明るさが、一曲の中に同居するのです。

可愛らしいポップスの『第二章・くちづけ』と、大人びた『ガラスの夏』。
この二曲には、低い響きという共通点と、それぞれの曲で見せる表情の違いがあります。
柏原芳恵の低音は、曲を暗くするためだけの声とは捉えられません。

2022年の取材時の柏原芳恵
2022年の取材時の柏原芳恵。
画像出典:写真掲載元

『わかれうた』、低い声の持ち味とまっすぐな歌唱

低音の響きがある歌手は、いつも重々しく歌うのでしょうか。
1983年のアルバム『春なのに』に収められた『わかれうた』は、もう一つの聴きどころを示します。
中島みゆき作品を歌ったこのアルバムの歌唱評では、柏原芳恵の『わかれうた』は、シンプルでストレートな歌唱がよく合うと評価されています。

ここで注目したいのは、声の個性と、歌い方の大きさを分けて考えられることです。
『第二章・くちづけ』では、低音の響きそのものが、可愛らしい曲に別の表情を作りました。
『わかれうた』で評価されているのは、曲にすっとなじむ、まっすぐな歌唱です。
存在感のある声を持つことと、強く演じ込むことは、同じではありません。

『わかれうた』を聴くなら、まず柏原芳恵の歌唱が、曲の旋律と言葉をどう伝えるかに目を向けるとよいでしょう。
低い響きに加えて、シンプルな歌い方で曲になじむ持ち味にも、耳を向けたいところです。

2022年の取材時の柏原芳恵
2022年の取材時の柏原芳恵。
画像出典:写真掲載元

男性歌手のカバーでも、声のまねを目指さない

曲に自分の声をどうなじませるかは、カバー作品での取り組みにも表れています。
2010年の『アンコール2』では、森進一の『北の螢』など、男性歌手が歌った演歌を取り上げました。
本人はこの制作について、原曲のまねで終わらないよう、編曲も自分に合うものへ変えたと説明しています。

低い声の女性が男性曲を歌う、とだけ考えると、選曲の面白さの一部しか見えてきません。
柏原が着目したのは、曲ごとに描かれた男女の物語でした。
どの曲を選ぶかを考えるために、カラオケ店で長時間かけて歌を聴き、候補を探したといいます。
自分が出せる音だけで決めるのではなく、歌の中で何が起きているかを受け止めて選んでいたのです。

森進一や吉幾三の歌には、それぞれの声や節回しと結びついた印象があります。
そこで同じ響きを再現しようとすれば、柏原自身の持ち味とは違う方向へ近づきかねません。
本人が編曲も含めて考えたという話は、歌詞と旋律を受け取りながら、自分の声で届けるための準備だったと読めます。

このアルバムは曲順にも思いを込め、一続きの作品として聴いてほしいと語っていました。
一曲の中での声の表情に加え、前の物語から次の物語へ、聴き手をどう案内するかも考えている。
カバーを通して見えてくるのは、声の似せ方よりも、歌をどう受け渡すかという姿勢です。

『恋唄綴り』で出会った、自分の歌にはなかった言葉

歌詞との向き合い方が具体的に分かるのが、2015年の『クロスカヴァー・ソングショー』での話です。
柏原は堀内孝雄の『恋唄綴り』を歌い、相手を「アンタ」と呼ぶ言葉遣いが、それまでの自分の歌にはないものだったと話しています。
その違いも含めて、歌うことを楽しんでいたそうです。

同じ人を思う歌でも、呼びかけの言葉が変われば、歌の中の二人の距離の感じ方も変わります。
親しさや切実さをどう受け取るかによって、その言葉を口にするときの気持ちも違ってきます。
柏原が楽しんだのは、知られた曲を歌えることだけでなく、自分の歌では経験してこなかった人物の語り口に触れることでもあったのでしょう。

この収録では、堀内本人が目の前にいることに緊張し、手に汗をかいたとも語っています。
一方の堀内も、柏原へ提供した『黄昏のダイアリー』を自分で歌い、録音に苦労したことを明かしていました。
歌をよく知っていることと、その歌を自分の声で表現することの間には、別の難しさがあります。

『わかれうた』で評価されたまっすぐな歌唱も、こうした言葉への関心と並べて聴くと、単に淡々と歌うこととは違って見えます。
感情を大きく見せなくても、誰が誰へ話しているのかを聴き手が受け取れる歌い方はあります。
声の低さだけに耳を向けず、歌詞の人物がどう浮かんでくるかにも注目したいところです。

伴奏が変わると、同じ声の聴こえ方も変わる

ステージでも、歌の置かれる環境は一つではありません。
2022年の『A・RU・KU 第二章』では、『夢以上・恋以上』をアコースティック版で披露しました。
にぎやかなメドレーを歌う場面と、伴奏の趣を変えて一曲を聴かせる場面が、一つの公演に組み込まれていました。

伴奏の音が変われば、言葉の出だしや、声を伸ばしたあとの余韻へも注意を向けやすくなります。
同じ低い声でも、曲全体を明るく運ぶときと、一つの言葉を落ち着いて聴かせるときでは、受ける印象は異なります。
初期のポップス、男性歌手のカバー、伴奏を変えたライブを聴くことは、その声が持つ表情の広さを知る手掛かりになります。

『第二章・くちづけ』の低音、『ガラスの夏』での大人びた表情と爽やかさ、『わかれうた』のまっすぐさ。
柏原芳恵の声は、低い響きが印象的でありながら、その響きだけで歌の表情を決めてしまいません。
可愛らしい曲の中に大人びた印象を添え、哀愁のある曲には、シンプルな歌唱でなじむ。
声の持ち味と歌い方の組み合わせに、柏原芳恵ならではの聴きどころがあります。

『春なのに』との出会いで表現への意識がどう広がったかは、柏原芳恵の歌唱変遷でたどっています。

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