佐藤隆紀の歌唱変遷|声量を磨く発声から、力を抜いて役を歌うまで

ステージナタリー/佐藤隆紀インタビュー(2021年) シンガー
ステージナタリー/佐藤隆紀インタビュー(2021年)

佐藤隆紀の歌を支えているのは、声楽を学んだ経歴だけではありません。
自分の声に何が足りないのかを考え、試し、歌いやすくなる感覚を探し続けてきた時間があります。

高校時代には、オペラらしい声をまねるところから、よく響く声を探すようになりました。
ミュージカルに進んでからは、十分な声量があっても、その場面に合う歌になるとは限らないと気づきます。
さらに『レ・ミゼラブル』では、高音への苦労から発声そのものを見直しました。

声を大きく、高く出せるようになることと、その声をどのくらい使うかを選ぶこと。
佐藤の歌唱の歩みには、その両方の変化が見えてきます。

「彼を帰して」――2019年1月23日の製作発表での歌唱

高校・大学時代|オペラらしい声をまねるところから、響きと高音を探す

本格的に声楽を学び始めた頃の佐藤は、最初から自由に声を使えていたわけではありません。
高校時代に先輩の歌い方をまねて出した声を、恩師に、こもっていると指摘されています。
自分ではオペラらしく歌えていると思っていた声が、よい響きにつながっていないと知ったのです。

そこで始めたのが、ピアノを弾きながら声を出し、響く感覚を探すことでした。
高校2年のある日、急に声が抜けるような感覚をつかみます。
本人は、発声が少しずつ坂道を上るというより、何かをつかんだ瞬間に階段を一段上がるように変わると振り返っています。

大学に進んでからも、高音は課題でした。
当初バリトンだった佐藤は、テノールへの転向も経験しています。
大学の選抜コースに入れなかったことも、発声をさらに研究する動機になりました。
初年度のよい成績から自信を持っていただけに、その経験は大きな挫折だったと振り返っています。
大学3年の頃には図書館で歌手の映像を研究し、高音を出すときの特徴を観察しました。
それをまねてみたところ、高い音が出るようになったといいます。

ただ、一つ分かれば、別の部分がうまくいかなくなることもあったそうです。
出せる音が増えたら完成するのではなく、新しく得た感覚に合わせて、ほかの部分も補っていく。
佐藤にとって発声の研究は、そうした試行錯誤を楽しむ作業でした。
後年の高音の見直しにも、この頃から続く姿勢が表れています。

2015年からの舞台経験|大きな声を届けるだけでは、場面が伝わらない

ミュージカルへの関心は、大学時代に観た井上芳雄のソロコンサートから広がりました。
音楽大学で学んだ若い歌手が、大勢の観客を集めて活躍する姿に驚き、舞台を観るようになったといいます。
卒業後にはダンスや歌を学ぶ一方、発声を研究する楽しさから、オペラの道にも心が揺れていました。
その時期にボーカルグループのオーディションに合格し、LE VELVETSとして活動を始めます。
グループが個人の仕事にも取り組む方針になったことで、以前から望んでいたミュージカルへの出演が実現しました。

2015年、佐藤は『タイタニック』でミュージカルに初出演します。
楽譜どおりに歌う自信はあっても、役として相手へ言葉を渡すことには戸惑いがありました。
共演者から歌やせりふの助言を受け、一つずつ実際に試しながら覚えていったと振り返っています。
鈴木壮麻からは、泣くような表情を声につける歌い回しを控えるよう教わりました。
役の言葉より、佐藤自身の歌の技術が前に出てしまっていたと、本人は指摘の意味を振り返っています。
当時は意味を十分につかめなくても、まず助言どおりに歌ってみることで、役として歌う感覚を覚えていきました。

その後の『エリザベート』では、フランツ・ヨーゼフとして歌う声量が転機になりました。
声楽で身につけてきたのは、劇場の奥まで生の声を届ける感覚です。
弱く歌う場面でも、後ろの席まで伝わることを考えていました。

ところが、舞台上で相手に愛情を伝える場面で、城田優と山崎育三郎から、なぜそこまで大きな声で歌うのかと問われます。
相手を好きだと伝えるなら、その場面に合う声量がある。
その指摘で、マイクをつけて歌う舞台では、声の大きさ以上に、その状況に合った表現が必要なのだと腑に落ちました。

ステージナタリー掲載「エリザベート」2015年公演/写真提供:東宝演劇部
ステージナタリー掲載「エリザベート」2015年公演/写真提供:東宝演劇部。
画像出典:写真掲載元

佐藤は2018年のインタビューで、この経験から歌い方を大きく変えたと語っています。
自分の声の良さや声量を残しながら、語るところは語る。
大きな声が出せることを、そのまますべての場面の歌い方にしないという選択です。

『スカーレット・ピンパーネル』でも、録音を聴き直すと、語るつもりだった箇所がまだ歌として聞こえることがありました。
どうすれば語れるのかを何度も試したといいます。
それまでは、せりふの間は不安があり、歌になると安心していたそうです。
この作品では、初めてせりふそのものも楽しいと感じられました。
声量を控えればすぐに芝居になるわけでもなく、役の言葉として歌えるようになるまで、調整は続いていました。

2019~2021年|バルジャンの高音をきっかけに、発声を見直す

2019年の『レ・ミゼラブル』で、佐藤はジャン・バルジャンを演じます。
しかし本人にとって、その歌は音域の面でも大きな挑戦でした。
『彼を帰して』の高音についても、初出演前から高いと感じていたことを語っています。

2019年公演では、毎朝、高音が出るか不安だったと振り返っています。
『独白』は最終稽古の段階でキーを下げることになり、それが強い悔しさとして残りました。
すでに声楽を学び、舞台でも歌っていた佐藤にとっても、この役は今の発声をそのまま使えば乗り切れるものではなかったのです。

見直しのきっかけになったのは、2020年の『CHESS THE MUSICAL』で共演したルーク・ウォルシュでした。
高音をどう出しているのか尋ねると、佐藤が必要だと思っていた力の使い方とは逆の、緩めて出す感覚が返ってきました。
自分は発声を考え尽くしたと思っていたけれど、まだ別の糸口があるのかもしれない。
佐藤は、自分が必要だと考えてきた感覚に、もう一つ加えるものがあるのではないかと仮説を立てました。
相手の説明を聞いて終えることなく、スタジオで自分の声を使って確かめる日々が始まります。

本人は、緩めながらも閉める場所を見つけた、とその感覚を説明しています。
それを体に覚えさせ、微調整しながら2021年公演に臨みました。
最初はぶれもあったものの、高音が楽に出るようになり、芝居を深められるようになったといいます。

ステージナタリー掲載「レ・ミゼラブル」2021年公演/写真提供:東宝演劇部
ステージナタリー掲載「レ・ミゼラブル」2021年公演/写真提供:東宝演劇部。
画像出典:写真掲載元

この変化で大きいのは、高い音が出たという結果だけではありません。
音が出るかどうかに気を取られていた状態から、役をどう演じるかに向かえるようになったことです。
発声の改善が、歌と芝居を一緒に進めるための余裕にもつながりました。

2020年代|抑えて歌うこと、力を抜いて歌うことを学び直す

舞台で発声を見直した後も、佐藤の調整は続いています。
2024年のインタビューでは、その約2年前、ポップスを歌ったリハーサルでの出来事を語っています。
自分ではよく歌えたと思っていたのに、マネージャーからは、声が大きく、歌いすぎているため心に届きにくいと指摘されました。

そこで思い切って抑えて歌うと、周囲の反応が変わったそうです。
さらに、スターダスト☆レビューの根本要に歌うときの意識を尋ねると、カラオケへ誘われ、教わる機会を得ました。
そこで心に残ったのは、ポップスでは聴き手が主人公になり、その人の経験と歌詞が結びつくという考え方です。
舞台では自分が役になりきる一方、ポップスでは、佐藤隆紀自身の言葉として届けながら、聴き手の中で物語が生まれる余地を残す。
声量を下げるだけでなく、歌う側と聴く側の関係も考え直す学びになりました。

2024年3月の初のソロ・オーケストラコンサートでも、新しい発見がありました。
リハーサルでオーケストラの音に負けまいと力を入れたところ、声が裏返ってしまったといいます。
いつもどおり力を抜いて楽に歌うと、伴奏と合ってきた。
何度も歌う中で、力を抜けばこんなに楽に歌えるのかと実感しました。

このソロ公演では、出演した役に限らず、以前から歌いたかった曲も選んでいます。
『ジキル&ハイド』の「時が来た」には、音楽を学ぶために大学へ進み、上京した頃の自分の気持ちを重ねました。
新しい世界へ踏み出す歌詞を、自分の経験を通して、聴き手への励ましとして届ける。
役の一曲をコンサートで歌うときにも、何を伝えたいかを自分の歩みから考えるようになっていました。

高校時代には、もっと響く声を探していました。
舞台では、その響きや声量を場面に合わせて使うことを学び、高音に行き詰まると発声の考え方を更新しています。
その後も、声を抑える選択や、伴奏の中で力まずに歌う感覚を確かめてきました。

佐藤隆紀は、得意だと思っていた声の出し方にも、新しい曲や役を通して問いを向けてきました。
発声を試す楽しさを持ち続けながら、その都度、使える声と歌い方を広げているのです。

高音やファルセット、声量の使い分けについては、佐藤隆紀の歌い方で詳しく見ていきます。

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