Heartの「Alone」で、サビへ向かうアン・ウィルソンの声。その迫力を思い出すと、まず、とてつもなく声の出る歌手なのだと感じるかもしれません。
けれど、あの山場が生まれた録音で、彼女が求められたことの一つは、すぐに歌わず、少し待つことでした。
大きな声で歌う前には、どんな歌があるのか。その順番に注目すると、アンの歌の迫力が分かりやすくなります。静かな歌をどうサビへ運ぶか。共演者にはどんな声を求めるか。強い声を印象づける工夫を、「Alone」から見ていきましょう。
「Alone」の山場は、少し待ったあとに生まれた
1987年の『Bad Animals』に収められた「Alone」は、ビリー・スタインバーグとトム・ケリーが書いた曲です。自作ではなくても、アンは曲を聴いたときから自分の歌だと感じていました。
録音では、プロデューサーのロン・ネヴィソンが、静かな歌の部分とサビの強弱を大きくつけました。さらに、2番のあと、サビを歌う前に少し待って、自由に歌ってみるよう求めます。何を歌えばよいか迷ったアンが出したのが、あの叫ぶような声でした。
何を歌うか決まっていなかった場所に、言葉にならない声が入った。この経緯を知ると、あの声を、難しい高音を聴かせるためだけの見せ場とは違うものとして受け取れます。サビを待ちきれず、それまで抱えていた気持ちがあふれたようにも感じられるのです。
最初から終わりまで強い声が続けば、強さそのものには慣れてしまいます。「Alone」では、大きく歌う前に静かな部分がある。アンの声が持つ迫力と、そこへ至る曲の組み立てが、一緒に働いています。
彼女自身、初めからこの歌い方を知っていたわけではありません。バンドの男性メンバーが歌えなかったLed Zeppelinの高い歌を任され、歌ううちにロックの歌手になっていったと振り返っています。それ以前には、タンバリンを持って脇に立ち、バラードを歌っていた時期もありました。
身につけた大きな声を、いつ出すか。「Alone」の録音は、その使いどころまで含めて歌の印象が決まる例なのです。
自分と違う声を、隣に置く
一曲の中で強弱をつけるほかに、別の歌手と組み合わせて、自分の声の特徴を生かす方法もあります。
2022年のソロ作『Fierce Bliss』で、アンはQueenの「Love of My Life」をヴィンス・ギルと歌いました。もともとはフレディ・マーキュリーが歌ったバラードです。アンはこの曲を、男性とのデュエットとして歌い直したいと考えました。
相手にヴィンスを選んだ理由が、はっきりしています。アンは自分の声をロック的でざらつきのある声と捉え、その隣には天使のような男性の声が欲しかったと説明しています。似た声を二つ重ねるよりも、自分との違いを求めたのでした。
その意図を知ると、二人がどちらも同じように盛り上げることを期待せずに聴けます。アンの声にある強さやざらつきは、滑らかな声と並ぶことで、いっそう分かりやすくなるはずです。誰と歌うかも、自分の声をどう聴かせるかという選択に含まれています。
カバーについて、アンは元の旋律を大切にしながら、元の歌手の声をまねるつもりはないと話しています。「Love of My Life」も、フレディと同じ声を目指すのではなく、自分とヴィンスの二人ならどう歌えるかを考えた選曲でした。
「Alone」では、静かな部分があるから大きな声が引き立つ。こちらでは、違う声の持ち主がいるから、アンの声の特徴が見えてくる。一人でどれだけ強く歌えるかに加えて、その声をどういう組み合わせで聴かせるかが大事になっています。

憧れの本人たちを前にして、落ち着こうとした
では、大きな舞台で強い歌を届けるとき、歌手本人も興奮を高めているのでしょうか。2012年のケネディ・センター名誉賞での「Stairway to Heaven」は、その想像とは少し違う舞台裏を持っています。
この日は、Led Zeppelinをたたえるための演奏でした。アンが歌い、妹のナンシーがギターを弾く。その演奏を、ロバート・プラントたち本人が客席で見ています。若いころに歌い方を学んだ相手の前で、その代表曲を歌う。普段の公演とは違う緊張があって当然の状況です。
アンが大切にしたのは、落ち着いた状態で歌うことでした。本人は後年、舞台に上がる前に気持ちを静め、歌い終わってから、あの場で歌ったことの大きさを実感したと振り返っています。
映像では客席の反応も見えますが、アンには演奏中、上の客席にいるメンバーたちの様子がよく見えていませんでした。彼らが感激していたことは、あとから映像で知ったそうです。客席の表情を確かめながら盛り上げたのではなく、目の前の歌に向かっていたのでした。
歌から受け取る激しさと、歌っている本人の心の状態は、必ずしも同じではありません。アンの回想から伝わるのは、客席の豪華さに圧倒されるよりも、歌そのものに集中したいという姿勢です。
アンはステージで、イヤーモニターによって細かな息まで聴き取れることを、歌の伝え方を調整する助けとして挙げています。客席へ強く届く声を出す一方で、自分には小さな音も聴こえるようにしておく。豪快な歌の裏側に、細かな加減を確かめる耳があります。
強い声を、強く感じる瞬間までつくる
アン・ウィルソンの歌が心に残る理由を、声量だけで説明すると、「Alone」で待った一瞬を取りこぼしてしまいます。歌をいったん待つから、そのあとの声に気持ちがあふれる。デュエットでは、自分と違う声を選ぶから、互いの特徴が際立つ。
そして「Stairway to Heaven」の大舞台では、客席の反応を気にするよりも、落ち着いて歌うことに集中していました。聴き手を興奮させる歌を、本人は冷静に届けようとしていたのです。
「Alone」をもう一度聴くなら、印象的な声が出るところだけでなく、そこまでの静かな歌にも耳を向けてみてください。声が強いことに加えて、その強さを感じる瞬間まで用意されている。それが、アンの歌を何度も聴きたくなる理由の一つです。
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