藤本美貴は、2013年の10周年ライブを前に、10代の歌を当時のテンションで歌う難しさを話していました。
それから約10年後も、『ロマンティック 浮かれモード』はライブの大切な一曲です。
昔の自分とは距離ができても、歌う曲まで手放したわけではありません。
録音の中で育った歌の味、グループで受け持った役割、歌謡曲で生きた声の艶。
ソロ曲を歌い直す節目のライブや、2024年のディナーショーまでたどると、残してきた声の個性と、曲の届け方の変化が見えてきます。
『ロマンティック 浮かれモード』(2002年)のMV。
ソロ初期、録音を重ねるほど歌に味が出た
2002年に『会えない長い日曜日』でソロデビューした藤本は、先にデビューした松浦亜弥の存在を強く意識していました。
2023年の対談では、先輩たちに続く自分が質を落としたと思われてはいけない、という気負いがあったと振り返っています。
『ロマンティック 浮かれモード』は、その中で本人が手応えを感じた曲でした。
デビュー前には、ボイストレーニングとダンスのレッスンを週に2回ほど受ける時期がありました。
そこからソロ歌手として立つようになっても、自分の勢いを確信していたわけではありません。
つんく♂は順調な出発だったと覚えていましたが、本人は先輩に追いつかなければという思いのほうが強かったそうです。
つんく♂は、同じようなマイナー調の曲でも、藤本が歌うと松浦とは違う作品になることを面白がっていました。
曲を受け止めた時に出てくる個性は、すでに別のものだったのです。
先輩を基準に頑張っていた本人と、藤本ならではの歌を面白がっていた作り手とでは、同じ時期にも見えていたものが違いました。
2003年の『ブギートレイン'03』には、録音の現場を知るつんく♂の具体的な証言があります。
藤本は粘って録るほど歌に味が出て、録音を重ねるたびに思いがけない良いテイクが生まれたというのです。
一度歌って完成するだけでなく、試す中で曲の表情が育っていく歌手でした。
つんく♂はこの話を、複雑な曲でもさらりと仕上げる歌手との違いとして語っています。
早く正確に歌い切ることだけが、よい録音への道ではなかったのです。
歌い重ねる中で藤本の味が出てくることを、作り手も録音の手応えとして捉えていたのです。
グループの中で、歌がこなれていく
2003年に加入したのは、モーニング娘。
そこには、一人で歌う時とは違う難しさがありました。
2022年のインタビューでは、細かな立ち位置やフォーメーション、歌割りに苦労したと語っています。
すでに他のメンバーが繰り返し披露してきた曲へ入り、同じ舞台を作る必要がありました。
本人は、さくら組とおとめ組に分かれた時、そして安倍なつみが卒業した時に、自分も頑張らなければという意識が強まったと振り返っています。
特に組分けでは、もう一方のさくら組に安倍がいることを意識しました。
自分のおとめ組を楽しんでもらうには、個人の気持ちより、メンバーと一つになって取り組むことが必要だと感じたのです。
つんく♂も、藤本がある時期に大きく変わったことを覚えていました。
メンバーの歌が理屈っぽさを離れて自然に耳に入るようになる成長と重ねて、藤本の変化を語っています。
つんく♂は、その変化が組分けの時期だったかまでは覚えていないとしています。
本人が意識の転機を語り、制作を担った人が成長を認める、二つの視点からこの時期の変化を捉えられます。
おとめ組『愛の園~Touch My Heart!~』(2003年)のMV。

画像出典:写真掲載元
『置き手紙』で、声の艶が別の曲の中に生きる
2008年の『置き手紙』では、アイドル時代とは違う歌謡曲に取り組みました。
後年、この頃を振り返った藤本によると、事務所から歌謡曲を歌うことを提案された時には、どういうジャンルなのかもよく分かっていなかったそうです。
その時に教えてもらった曲が、テレサ・テンの『時の流れに身をまかせ』でした。
『置き手紙』と一緒に歌った記憶を、後のステージでも語っています。
発売時のBARKSは、新しい路線の難しさに触れながら、もともとの声の艶がこの曲によく合うと評価しています。
『ブギートレイン'03』の弾む歌を魅力とした声が、別れの歌でも力を発揮しました。
作曲した杉本眞人も、思っていた以上に声の質が良く、藤本の等身大の歌になったと語っています。
同じ曲を歌った堀内孝雄とは、歌の中に立つ人物の印象も違うという評価でした。
それまでの声の持ち味が、違う曲調の中で生きる場所を広げた作品です。
藤本の歌には今まさに恋の切なさを抱えているような表情を、堀内の歌には過ぎた恋を振り返るような表情を、発売時の評は感じ取っていました。
同じ曲を歌っても、藤本の声は別の人物像を感じさせていたのです。
藤本美貴版『置き手紙』(2008年)のMV。
堀内孝雄版『置き手紙』(2008年)のMV。
2013年、初期の歌を振り返って歌う
10周年ライブを前にした2013年、藤本は、10代の頃の曲がそのままでは合わなくなってきたという思いを話しています。
以前のような高いテンションで歌うことの難しさを感じ、かわいいミキティとしての一つの区切りを考えていました。
それでも、昔の曲をもう歌わないという意味ではないことも、本人は明言しています。
この時に望んでいたのは、ファンが遠慮なく楽しめる感謝の場でした。
会場をZepp Tokyoにしたのも、10年前のソロツアーの初日と同じ場所だったからです。
以前と同じ気持ちでは歌えないと感じつつ、共有してきた歌を、一緒にはしゃげる場へ持ち帰ろうとしていました。
実際のライブでは、『ブギートレイン'03』から始まり、ソロ時代の曲を披露しました。
BARKSの公演評は、初期と大きく変わらない歌声の印象を伝えています。
『置き手紙』では、声量や安定感を保ちながらじっくり聴かせたとも記しました。
『置き手紙』は、当初の予定にはなかった曲でした。
それでも、発売時に地方を一緒に回ってくれたファンにも、自分にも外せない曲だという思いから、セットリストへ加えられています。
新しい路線に挑んだ歌が、数年後にはファンとの時間を振り返る歌にもなっていました。
歌う本人の気持ちが変わっても、それまでの声が失われたわけではありません。
初期の歌を振り返れるようになったことと、歌声に残る持ち味が、同じ舞台にありました。
時間を重ねた歌唱は、変化だけでなく、残ったものからも見えてきます。
2022年、『幼なじみ』を優しい声で歌い直す
20周年ライブを前に、藤本は、17歳の頃の曲を今の自分が歌う変化も楽しんでほしいと話しました。
その変化が具体的に記録されたのが、2022年10月のライブで歌った『幼なじみ』です。
音楽ナタリーの公演評では、かつて歌ったこのバラードを、大人びた優しい声で語りかけるように歌ったと伝えています。

画像出典:写真掲載元
一方、同じライブでは『ブギートレイン'03』や『ロマンティック 浮かれモード』も歌い、客席と一緒に盛り上がる表現を残しました。
この日は声出しに制限があり、観客は拍手やペンライトで応えています。
藤本は、いつまで歌えるのかという戸惑いも口にしながら、愛されている『ロマンティック 浮かれモード』を歌い続けたいと話しました。
曲のすべてを同じ方向へ変えるのでなく、静かな歌には今の表情を持たせ、賑やかな歌では親しまれてきた姿を届けています。
2024年、昔の曲を違う伴奏と場所へ持ち込む
2023年の取材では、今のライブを自分で作る楽しさも語っています。
久しぶりの曲で喜んでもらえるか、どちらの曲を選ぼうか。
自分で選曲し、生バンドなら録音された伴奏とは違うこともできる自由を楽しんでいました。
その後、2024年2月のCOTTON CLUB公演では、グループ時代の『声』をピアノだけの伴奏で歌っています。
大人数で歌っていたレパートリーを、この日は一人の歌として、ピアノと組み合わせて披露したのです。
『置き手紙』の頃に教わった『時の流れに身をまかせ』も、大人の観客に響く曲として選んでいます。
かつて未知のジャンルに入る手がかりだった曲を、この日は自分で、会場の雰囲気に合わせて歌っていました。
この公演にも『幼なじみ』があり、アンコールには『ロマンティック 浮かれモード』がありました。
昔の曲を歌うかどうかに加えて、どの伴奏で、どんな場へ届けるかを選べるようになったのです。
藤本美貴は、声の持ち味を生かせる歌を広げてきました。
録音の中で歌に味を増やし、グループで歌をこなれさせ、歌謡曲では声の艶を生かしてきました。
初期のテンションのままでは歌いにくいと感じた後も、語りかける表情や伴奏、選曲を変えながら、以前の曲と付き合い続けています。
昔の歌を残すことと、今の自分で歌うことを、同じステージで両立させてきた歌手なのです。







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