R&Bの歌手というと、太い声や圧倒的な声量を思い浮かべる人が多いかもしれません。
ところがeillさんは、自分は声量がある方ではないと話しています。
その代わり、マイクへ近づき、「つ」や「た」のような小さな子音まで拾い上げることを大切にしてきました。
本人が歌で届けたいと表現したのも、音量ではなく「温度」です。
eillさんの歌声が耳に残る理由は、弱い声を大声に見せているからではありません。
息、子音、リズム、声の芯を曲ごとに配分し、冷たさの中にも感情が残る距離を作っているからです。
声量の弱点を隠すのではなく、マイクで小さな表情を拡大する
レコーディングでは、声が大きくないぶんマイクとの距離を近くし、高い成分が抜けるように意識していると本人は説明しています。
特に重視しているのが、強く伸ばした母音より、言葉の入口にある細かな子音です。
これは、ささやけばeillさんのようになるという意味ではありません。
近いマイクは息遣いや口元の小さな音を拾う一方、低い成分も強調しやすいため、声と録音の両方を細かく整える必要があります。
二種類のマイクを使い分けているという話からも、歌声だけで完成しているのではなく、どの質感を前へ出すかまで含めて設計していることが分かります。
大きな声で部屋を満たす歌ではなく、マイクを虫眼鏡のように使って、一人分の感情を大きく見せる歌なのです。

R&Bらしさはフェイクの数より、声そのものがリズムになる感覚にある
活動初期から、eillさんの歌には三連符を自然に渡るフロウや、低音から高音までを軽く移る身のこなしが注目されてきました。
低い声はこもりにくく、高くなるほど抜けが増す一方、ビートの要点を外さない歌唱です。
ここで重要なのは、音をたくさん飾ることではありません。
フェイクは、決められたメロディーの周囲を細かく動く装飾ですが、eillさんの場合は一つの語尾や短い息にも拍の感覚があります。
音を伸ばし切る前に離したり、子音を少し遅らせたりすると、歌詞がドラムやベースと会話するように聞こえます。
そのため、静かな声でも伴奏の奥へ沈まず、曲の流れを前へ運べます。
裏声とミックスボイスを組み合わせるという第三者の説明もありますが、全曲を一つの発声名で決めることはできません。
曲の高さ、音量、言葉によって声の使い方は変わるため、声区名を当てるより、どこで重さを減らし、どこで芯を残すかを見る方が実像に近づきます。
ミックスボイスと裏声の違いを知ると、名称だけでなく、音量と声質が途中でどう変わるかを聞き分けやすくなります。
『片っぽ』ではコーラスを減らし、主役の声を一本にした
初期のeillさんは、ハーモニーを重ねる録音を楽しんでいました。
複数の声が重なると厚みや広がりを作れますが、中心の声に感情をすべて背負わせなくても音楽として成立します。
『片っぽ』では、その支えを大きく減らし、メインボーカルを一本にしました。
本人にとっては、ごまかしが利かず、最初から最後まで一つの感情を保つ難しい挑戦でした。
しかも、切ない気持ちを大きく泣き叫ぶ方向には進んでいません。
泥のように重い感情を美しく見せるため、一歩引いて歌ったと話しています。
声を増やさず、強さも少し抑えたことで、かえって主役の声の芯が見えるようになりました。
『片っぽ』は、eillさんの歌唱力を「どれだけ声を足せるか」から「一本の声でどこまで保てるか」へ移した曲です。
冷たく歌っても感情が消えない「温度差」が面白い
本人が大切にしている「温度」は、いつも温かく歌うことではありません。
ある曲では、感情を前へ出しすぎない棒読みのような歌い方を選び、冷たく乾いた人物の内側にある願いを残しました。
『SPOTLIGHT』では、自分を奮い立たせる強い言葉がリズムに乗ります。
対して『片っぽ』では、叶わない気持ちを声の奥へ引き、聴き手が入り込める余白を作っています。
同じ歌手が強くも儚くも聞こえるのは、声色を無数に作っているからだけではありません。
感情をどの距離へ置くかを変え、熱を直接浴びせる曲と、冷えた空気の中に残す曲を分けているからです。
宇多田ヒカルさんの息までリズムになる歌い方にも、声量だけでは説明できないR&Bの近さがあります。
二人の声質は異なりますが、息を単なる弱さにせず、言葉の距離と拍へ変える点を比べると理解が深まります。
「空気半分、声半分」は楽そうに見えて、喉を使う
eillさんは、自分と同じようにニュアンスを重視する歌手との会話で、ウィスパー感の強い歌を「空気半分、声半分」と表現しています。
そして、その歌い方は喉を消耗すると率直に話しています。
息が多い声は、張り上げる声より安全そうに聞こえることがあります。
しかし、声の芯が消えないように息と音を同時に保ち、長い曲やライブで再現するには、別の難しさがあります。
本人もボイストレーニングで声の厚みを増やし、言葉が音源の中で流れてしまわないよう滑舌や口の開き方を見直してきました。
さらに大きな会場では、バックバンドに負けない存在感を課題にし、ライブができなかった期間に声量も鍛えています。
表面だけを真似して息を大量に流すと、音程が保てなかったり、喉が乾いてかすれたりします。
参考にするなら、息っぽい音色そのものより、小さな声でも子音と言葉の芯を失わない考え方です。
現在は「自分が気持ちいい歌」から、曲の中での役割を選ぶ歌へ
近年のeillさんは、制作で自分の役割を以前より考えるようになったと話しています。
自分が歌って楽しいメロディーだけを選ぶのではなく、共演者の声や曲全体の流れを研究し、必要な場所へ自分の声を置くようになりました。

『ACTION』のような前へ進む曲でも、初期のR&Bらしさを大声で塗りつぶしてはいません。
リズムの軽さ、低い声の艶、細かな言葉の輪郭を残しながら、アニメの物語やライブで届く推進力へ広げています。
この変化を年代順に知りたい場合は、eillさんの歌声が音痴の悩みから『ACTION』までどう変わったかで詳しくたどれます。
現在の歌い方は突然完成したものではなく、声を重ねた時期、一本に減らした時期、ライブで厚みを鍛えた時期の上にあります。
聴く時は、大きな高音より「小さな入口」に注目する
eillさんの歌を理解したいなら、サビの最高音だけを待つより、一つの言葉が始まる瞬間を聞く方が面白くなります。
「つ」「た」のような子音、声になる直前の息、語尾を離す位置に、曲ごとの温度が現れます。
『片っぽ』と『SPOTLIGHT』を比べる時も、どちらが上手いかではなく、感情を前へ押す距離がどれほど違うかを見るとよいでしょう。
さらに『ACTION』まで進むと、同じ声が一人の失恋、自己肯定、物語を前へ動かす力へ役割を変えていることが分かります。
miletさんの低くスモーキーな声の設計も、声質を生まれつきの一言で終わらせず、録音と研究を含めて考える例です。
eillさんの場合も、独特な声の成分だけでなく、その成分をどこまで近く、どの温度で届けるかが歌の本体になっています。
まとめ
eillさんの歌い方は、R&Bらしいフェイクやミックスボイスという言葉だけでは説明し切れません。
声量が大きくないことを認めたうえでマイクへ近づき、細かな子音、高い倍音、息と芯の配分によって、声の温度を拡大しています。
『片っぽ』でコーラスを減らしたことは、その特徴をはっきりさせた転機でした。
声を足す代わりに一本の主役を保ち、感情を一歩引くことで、冷たさの中に切なさを残しています。
現在は、自分が気持ちよく歌えるかだけでなく、曲や共演者の中でどんな役割を担うかまで考える段階です。
大きく歌わなくても、言葉の入口と温度を失わなければ存在感は作れるという点に、eillさんの歌の面白さがあります。






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