中村雅俊は、自分の歌について、言葉をはっきり切るタイプではないと話しています。
ハ行の音が聞こえにくいと言われることもあるそうですが、本人はそれも持ち味として受け止めていました。
一方で、曲作りの現場では、声をどこまで伸ばすかを細かく調整することもあります。
発音の癖を残すことと、曲に合わせて語尾を変えること。
この二つをたどると、中村の声が歌のなかでどう働いているのかが見えてきます。
甘い言葉で…(1983年『BORN NEW』収録音源)
一音ずつ鋭く区切らないことを、持ち味として受け止める
2014年に中村が説明した歌い方は、台詞を話すときの言い回しと似ていました。
本人は、芝居でも言葉をはきはきと区切るほうではなく、歌にもその特徴があると語っています。
ハ行のHの音が聞こえないと指摘されたことも、あえて直そうとしなかったそうです。
ここで大切なのは、本人がその癖を、歌うときに残したい持ち味として捉えていたことです。
聞き取りやすさだけで発音を評価すると、曖昧さは修正する対象になりがちです。
けれど中村は、自分なりに歌い続けてきた結果として、その声の個性を受け入れていました。
本人の説明からは、言葉を鋭く区切ることだけでは測れない、歌い手らしさへの考えが伝わってきます。
「小さな祈り」では、伸ばす長さを小田和正と調整した
持ち味を残すことは、どの曲でも同じように歌うこととは違います。
1998年の「小さな祈り」では、作曲者の小田和正から、事務所で約3時間にわたって歌唱指導を受けたそうです。
中村は、自分の声と小田の声が違うことに触れながら、あまり伸ばさない箇所などを二人で調整したと振り返っています。
声を長く保つか、早めに収めるかでも、歌の言葉の運びは変わります。
中村の声でその曲をどう歌うかを、音の長さから詰める作業だったことがうかがえます。
独特の発音を持つ歌手にも、曲ごとに細部を相談する現場があったのです。
2019年にこの制作を振り返ったときには、二人の違いをさらに具体的に説明しています。
小田は短く切るように歌う一方、自分には語尾を伸ばす癖があり、その曲を歌えるようになるまで苦労したというのです。
ただ、後から録音を聴くと、やはり自分の歌い方になっているとも話していました。
作曲者の歌い方に近づけようとしても、声の質や言葉の扱いまで同じになるわけではないのでしょう。
「小さな祈り」は、伸ばし方を修正するという具体的な作業を通しても、中村自身の表現が残った例として聴きたくなります。
語尾の長さに耳を向けると、柔らかく流れる声の印象を、もう少し細かく捉えられそうです。
小さな祈り(1998年・シングル音源)
桑田佳祐の仮歌から、言い回しを受け取った
歌における言葉の扱いを考えるうえでは、桑田佳祐との仕事も外せません。
中村は2017年の取材で、桑田の仮歌に触れたことを振り返り、言い回しの面で影響を受けたと説明しています。
歌詞とメロディを渡されるだけでなく、作った本人の声から、その組み合わせ方を受け取ったわけです。
同じ言葉でも、音符にきっちり当てるか、ひと続きの言葉として運ぶかで聞こえ方は変わります。
この話は、中村の歌を「発音が曖昧」という一言で片づけず、どのような言い回しを曲から引き出そうとしているかに注目する手がかりになります。
小田と調整した語尾の長さも、桑田から受け取った言葉の運びも、曲を自分の声に移す過程としてつながっています。

画像出典:写真掲載元
「甘い言葉で…」には、語尾を張って盛り上げるという聴き方も
1983年のアルバム『BORN NEW』を聴いた人からは、「甘い言葉で…」の後半で、語尾を張り上げて盛り上げる歌い方が印象に残ったという感想もあります。
すべての言葉を同じ強さで押すというより、歌の終わり方に注目した聴き方です。
区切りを強調しない発音の話と合わせると、語尾には、長さだけでなく勢いをどう置くかという見方も生まれます。
これは個人の聴き取りによる感想ですが、「中村らしい声」という大きな印象を、具体的な曲の箇所から考える手がかりになります。
長く伸ばさないよう調整した「小さな祈り」と、語尾を張るところが印象に残った「甘い言葉で…」。
二つの例は、声の個性と、フレーズの収め方を分けて考えるきっかけになります。
発声の基礎を、歌と台詞の両方に生かす
中村は、役者の発声訓練と歌のボイストレーニングについて、口の形や声を響かせる基本は共通し、応用できると考えています。
特定の声区へ切り替える方法を説明した発言ではありませんが、歌の声を、台詞から切り離された別のものとは捉えていませんでした。
歌い方を支えるものには、伴奏の聴き方もあります。
2023年の取材で、初めてフルオーケストラとリハーサルをしたときには、ドラムがなく、リズムをつかめなかったと話しています。
そこでベースやパーカッションを聴くようにすると、だんだん音を取れるようになったそうです。
いつもの演奏に合わせて身についていた感覚を、そのまま別の編成へ持ち込めるわけではなかったのです。
言葉を柔らかく運ぶためにも、歌い出す位置やフレーズを支える拍を、周囲の音から確かめる必要があるのでしょう。
一音ずつ鋭く区切らないという持ち味の裏側に、伴奏へ耳を向け直す工夫があることも、本人の話からわかります。
息遣いまで届く距離で、歌の感情を表す
2021年にビルボードライブへの初出演を控えた中村は、客席の近さを意識し、息遣いまで届くような公演にしたいと話していました。
実際にはマイクを使いながらも、すぐ近くで生の歌を聴いてもらうような感覚を大切にしたかったそうです。
声の大きさだけでなく、フレーズの間にある呼吸も表現に含めて考えていたことが伝わります。
選曲でも、別れを歌うラブソングなど、感情を表しやすい曲を意識していました。
その一つが、玉置浩二の作曲に自分で詞を書いた「19 June」です。
普段あまり歌っていなかったこの曲を練習してみると、難しさを改めて感じたとも語っています。
親しんだ持ち歌であっても、その場でどんな感情を届けたいかによって、取り組み直す対象になるのです。
中村は別の取材で、自分が解釈した歌詞やメロディを届け、その先の感じ方は聴き手に委ねたいとも話しています。
芝居との共通点を認めつつ、歌の意味を一つに決めつけて伝えるわけではありません。
言葉の切り方、語尾の長さ、声の勢いを選びながら、聴き手が受け取る余地を残すところに、中村の歌への姿勢が表れています。
中村雅俊の歌い方を考えるなら、まず、言葉をどう発音し、どこまで声を保ち、どう収めるかに目を向けると面白くなります。
本人が受け入れた発音の持ち味に、曲作りの現場での細かな調整が重なっているからです。
出しやすい高さが変わってからの取り組みは、中村雅俊の歌唱変遷でたどっています。







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