キタニタツヤさんの歌唱の歴史は、若い歌手が高音を覚え、少しずつ上手くなった物語ではありません。
出発点にいたのは、自分の声を前へ出す歌手ではなく、合成音声へ歌を託し、ベースやギターと同じ画面上で音楽を組み立てる作り手でした。
そこから自分で歌い、他の歌手と出会い、大ヒットを経験し、ダンスや荒い声まで表現を広げていきます。
変化の中心にあるのは声量や音域ではなく、「歌を曲の材料として置く」段階から、「歌い方によって人への届き方を変える」段階へ進んだことです。
2026年の現在地を示す「遺書」から、十二年にわたる歌声の変遷をたどります。
2014年、最初の歌い手は本人ではなく合成音声だった
キタニさんは2014年頃、ボカロP「こんにちは谷田さん」としてネット上に曲を公開し始めました。
当時の制作は、バンドのボーカルを中心に曲を組み立てる形ではありません。
一人で打ち込み、ギターやベースを重ね、合成音声へメロディと言葉を渡す文化から始まっています。
この出発点は、後の歌声を考えるうえで重要です。
歌手の息づかいや声質を先に思い浮かべるのではなく、曲の構造、言葉、音色を設計し、その中へ歌声を置く考え方が先に育ちました。
一方、本人は子どもの頃からロックに触れ、高校時代には自分で楽器を録音しながら歌っていました。
人間の声を嫌って合成音声を選んだのではありません。
一人で曲を完成できる環境が、作家としての視野を先に鍛えたのです。
2017~2018年、自分の声で表へ出る
2017年頃から、キタニさんは作家として楽曲提供を行いながら、自分で歌うソロ活動も進めます。
作曲家として事務所へ入った本人に対し、周囲は裏方だけでなく、表へ立つアーティストだと見ていました。
2018年には初のフルアルバムを発表し、ボカロP、作家、ベーシスト、シンガーソングライターという複数の顔が同時に動き始めます。
この時期の面白さは、歌手になるために過去を捨てていないことです。
合成音声で発表した曲を自分の声で歌い直し、匿名的だった言葉へ、生身の低音や息、語尾の揺れを戻していきました。
ただし、まだ歌声は作品を成立させる数ある音の一つという意識が強くあります。
自分の声を美しく見せるより、暗い物語と緻密な編曲を壊さずに運ぶことが優先されました。

2019~2020年、一人で完成させる歌が研ぎ澄まされた
2019年までの作品では、ロックだけでなく、クラブ音楽や柔らかい質感へ音楽性を広げています。
ジャンルが変わっても、制作の中心は一人で全体を見渡す方法でした。
2020年の『DEMAGOG』は、その時期の一つの到達点です。
当時の歌声は、曲の暗さを説明しすぎません。
低い場所では感情を抑え、必要な瞬間だけ鋭さを出すことで、歌詞とサウンドを一つの閉じた世界にまとめています。
この完成度の高さには、弱点もありました。
すべてを一人で決められるため、他人の声や判断によって自分の歌い方が変わる機会が少なかったのです。
後に本人が振り返った時、この頃までは「ここを強く、ここを抑える」という歌の伝え方さえ、現在ほど意識していませんでした。
2021年、外の物語と他人の制作へ声を開いた
『DEMAGOG』以降、キタニさんは意識して他の音楽家と制作するようになります。
初めてアニメのために書き下ろした「聖者の行進」では、自分だけが選んだ題材ではない物語を、キタニタツヤの美学へ変換する必要がありました。
一人で好きなだけ暗くできる作品とは違い、原作の世界、放送される映像、初めて聴く人の耳まで考えて歌を作ります。
この時期には他の歌手やバンドとの共同制作も増えました。
自分からは出ないアイデアを借りても、それを自分の作品として成立させられる感覚を得ていきます。
歌声も、完成済みの編曲へ最後に入れる部品ではなく、相手と共通の温度を探す場所へ変わり始めました。
2022年、「どう歌うか」が新しい武器になった
2022年の『BIPOLAR』は、明るさと暗さ、希望と絶望のような両極を一つの作品に入れています。
音楽のジャンルを揃えるより、歌詞を活かすために曲ごとのサウンドを選び、最後は自分が歌うことで一枚にまとめました。
「プラネテス」では、編曲を外部へ大きく任せ、本人は旋律と言葉を良くすることへ集中しています。
そしてこの頃、歌唱に対する考え方を本人がはっきり言葉にしました。
以前は歌も楽器の一つだと思っていましたが、表現力の高い歌手を間近で知り、同じ言葉でも歌い方によって伝わり方が変わると気づきます。
ここから、強く歌う場所と抑える場所を意識し、歌の表現そのものを増やすことが継続的な課題になりました。
2022年は声が別人になった年ではありません。
自分の声をどう使えば人へ届くかを、作曲や編曲と同じ精度で考え始めた年です。
2023年、「青のすみか」で伝える工夫が大きな結果になった
「青のすみか」の制作では、爽やかさと儚さの温度を細かく調整し、複数の案を組み替えながら完成へ近づけました。
曲の表面は明るくても、物語の先に待つ暗さを消さないよう、サウンドにも不穏な気配を残しています。
歌声も、透明な高音一色ではありません。
軽い声、輪郭の強い声、地声と裏声の切り替わりを細かく並べ、過ぎ去った青春のまぶしさと痛みを同時に運べる形になりました。
この曲は大きく広がり、キタニさんを初めて知る聴き手を一気に増やします。
本人は、どれほど曲へ力を注いでも、人へ伝わらなければもったいないという意識を持っていました。
自分の言いたいことを薄めず、届く形を工夫するという姿勢が、歌唱と制作の両方で結びついた転機です。
2024年、二人で歌い、踊ることで声の人格が増えた
2024年には、アルバム『ROUNDABOUT』で、それまでの多方向な活動を一枚の自己紹介のようにまとめました。
同年、中島健人さんとのユニットGEMNで「ファタール」を発表し、二人で歌い、踊る表現へ踏み出します。
一人で全体を制御する音楽では、声の相手も自分で決められます。
二人の歌では、相手の声が入った瞬間に、自分が前へ出る場所、引く場所、別の人格を見せる場所が変わります。
この曲では、同じキタニさんの声でも、場面によって異なる役を引き受ける構成が強くなりました。
さらにダンスを伴うことで、呼吸や身体の見せ方まで歌唱表現の一部になります。
ボカロPとして画面の中で完結した出発点から見ると、他者と身体を合わせて歌う姿は大きな変化です。

2025~2026年、きれいに歌う以外の選択肢も増えた
2025年の初アリーナツアーでは、以前の自分なら選ばなかった表現を積極的に取り入れました。
踊る場面、言葉を熱く押し出す場面、ストリングスの中で歌い上げる場面を同じ公演に並べています。
2026年の「火種」では、透明な高音で広く知られた歌手という印象をさらに崩し、荒い成分や鋭い言葉を前へ出しました。
これは昔の声を捨てた変化ではありません。
低い声、軽い裏声、まっすぐなポップス、鋭いロック、荒れた声を、曲の目的に応じて選べる範囲が広がった結果です。
最新の「遺書」では、題材を強く押しつけるだけでなく、言葉が残る間も含めて歌を組み立てています。
現在のキタニさんは、特定の声質へ完成した歌手ではありません。
新しい作品を作るたび、歌声の役割そのものを更新できる歌手になっています。
変わったのは声より、「人へ届く」まで考える範囲
キタニタツヤさんの歌唱は、2014年の合成音声を使った一人制作から始まりました。
2018年頃には自分の声で暗い物語を運び、2020年には一人で完成させる方法を研ぎ澄まします。
その後、他の音楽家や優れた歌手との交流を通じて、歌い方そのものが伝わり方を変えると知りました。
「青のすみか」の大きな成功、GEMNでの二人の歌、アリーナでの身体表現、近年の荒い声は、すべてその先にあります。
現在の声の仕組みを知りたい場合は、キタニタツヤさんの歌い方・発声分析で、曲中で声の仕事が変わる理由を整理しています。
suisさんの歌声の変遷と合わせて読むと、他者の歌から受け取った気づきが、キタニさん自身の表現へどうつながったかも見えてきます。
キタニさんの進化は、昔より上手に同じ歌を歌えるようになったことではありません。
一人で正しい音を置く作り手から、声が人へ届く瞬間まで設計する歌手へ変わったことです。
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