森進一の歌い方・発声|ハスキー声なのに「演歌らしくない」理由

公園でほほ笑む森進一の公式アーティスト写真 シンガー

森進一さんの歌い方は、ひと言でいえば「かすれた演歌声」です。
しかし、この説明だけでは肝心なところを外します。

本人は若い頃、録音された自分の声を聴いても自分だと分かりませんでした。
後年には、演歌の代表者でありながら、こぶしをあまり回さず歌そのものは演歌的ではない「不思議な歌手」と評されています。

森進一さんの魅力は、演歌の型を完璧に見せることではありません。
誰にも似ていない声で一人の主人公になり、歌のジャンルまで自分の側へ引き寄せることです。

本人にも「この声は誰だ」と聞こえた

歌手になる前、勤め先の慰安会を録音したテープが再生されました。
そこから聞こえる声を知らない人だと思い、友人から自分の声だと教えられても、すぐには信じられなかったそうです。

私たちは話している時、頭蓋骨を伝わる振動も一緒に聞いています。
録音では空気を通った音が中心になるため、自分の声が別人のように感じられることがあります。
森進一さんの場合、その違和感が人並み以上に大きかったのでしょう。

声は母親譲りだと本人は語っています。
デビュー後に作った人工的な効果ではなく、本人さえ外から聞くまで気づかなかった生来の目印でした。
だから、表面のかすれだけを真似ても同じ声にはなりません。

「歌手の声ではない」が最大の武器になった

1966年のデビュー当時、美しく整った声が尊ばれる歌謡界で、この声は異物でした。
一発屋、変わり種といった見方をされ、歌手には向かないとまで言われています。

ところが「女のためいき」は35万枚を売り、暗い盛り場や女心を扱う歌が続きました。
男性歌手が女性の主人公を演じ、息の混じった声で痛みを伝える組み合わせは、当時の聴き手に強い衝撃を与えました。

ここで面白いのは、声の欠点が克服されたわけではないことです。
欠点とされた音が、そのまま「この人でなければ成立しない理由」へ変わりました。
のちに多くの新人が似た歌い方を試すほど影響が広がり、森進一さんは声の基準を動かした側になったのです。

デビュー55周年番組で歩みを振り返る森進一

演歌の象徴なのに、演歌の型には収まらない

こぶしとは、一つの音を細かく上下させ、節を付ける歌い回しです。
演歌らしさを説明する時によく使われますが、森進一さんは大きなこぶしを連続させて曲を支えるタイプではない、と論じられてきました。

1980年代の評価をたどると、作詞家の阿久悠さんは森進一さんを、演歌歌手なのに歌そのものは意外なほど演歌的ではない存在と見ていました。
本人も、自分は流行歌手であり、時代の中に身を置きたいと話しています。

実際、吉田拓郎さん、大瀧詠一さん、細野晴臣さん、井上陽水さん、長渕剛さん、小室哲哉さんら、異なる作風の作家から曲を受け取ってきました。
カバー曲についても、ジャンルによって意識的に歌い方を変えてはいないと答えています。

これは器用さを見せるために百通りの声を使う歌唱とは違います。
強い個性を動かさず、曲の方に新しい景色を運んでもらう歌唱です。
「演歌を歌う人」というより、「森進一さんが歌うと、その曲に演歌の記憶が宿る」と考える方が実態に近いでしょう。

かすれより大切なのは、言葉を歌と台詞の間に置くこと

古賀政男さんの作品を録音した時、森進一さんは故郷の妹を思い出し、途中で涙を抑えられなくなりました。
やり直しを申し出ると、そのままでよいと認められた経験が残っています。

古賀さんから受け取った教えの一つが「歌は語れ、せりふは唄え」でした。
旋律をきれいにつなぐだけでなく、言葉が誰に向かって発せられているかを失わない、という考え方です。

森進一さんの歌唱を扱う文章では、拍にぴったり合わせるより少し待つこと、音をまっすぐ置かずににじませることがたびたび注目されています。
説明する言葉は書き手によって「間」「ため」「音遣い」と異なりますが、共通するのは、声のざらつきだけで感情を作っているのではないという点です。

一語を急いで通り過ぎず、台詞のように意味を持たせる。
その時間の使い方があるから、特徴的な声が単なる音色ではなく、人物の人生に聞こえます。

五つの代表曲で、同じ声の役割が変わる

「女のためいき」では、まだ歌手の声と認められなかった異質さが、夜の孤独そのものになりました。
「港町ブルース」では、土地の名前をたどる長い物語を、立ち止まりながら進むような歌へ変えています。

「おふくろさん」は、大きく歌い上げること以上に、家族へ呼びかける台詞が中心にあります。
「襟裳岬」ではフォーク系の旋律と出会い、演歌の枠から外れた言葉にも、あの声が居場所を作りました。

さらに「冬のリヴィエラ」は、大瀧詠一さんと松本隆さんによる乾いた都会的な風景です。
歌謡曲の湿度を背負う声と、からりとしたポップスが衝突したからこそ、どちらにも回収されない一曲になりました。

森進一のベストアルバム昭和・平成・令和に唄うのジャケット

曲ごとに発声法を取り替えたという本人の説明はありません。
変わるのは、言葉へ入る角度と主人公の距離です。
同じ声なのに別の世界へ聞こえるのは、声色のカタログではなく、物語の読み方を持っているからです。

真似るなら、喉のかすれではなく「人物になる」部分

森進一さんの声を参考にする時、最も避けたいのは喉をこすってざらつきを作ることです。
生まれ持った音色や長年の歌唱を、短時間の力技で再現することはできません。
痛みや強いかすれ、話し声の異常が出たら歌うのをやめ、不調が続く場合は耳鼻咽喉科へ相談してください。

一方で、本人がカラオケで勧めている考え方は分かりやすいものです。
原曲を何度も聴き、その歌の主人公になったつもりで入ること。
声を似せるより先に、誰が、どこで、何を言おうとしているのかを決めます。

「港町ブルース」と「冬のリヴィエラ」を比べる時も、かすれ具合を採点する必要はありません。
言葉の前でどれだけ待つか、相手が近くにいるのか遠くにいるのかを考えると、同じ声が別の人物に変わる面白さが見えてきます。

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森進一の歌い方は、声質を運命から表現へ変えた

森進一さんの歌い方を特別にしたのは、ハスキーボイスだけではありません。
本人にも見知らぬ声を受け入れ、言葉を急がず、歌と台詞の間で主人公を立ち上げたことです。

演歌の象徴になっても、決まった型に閉じこもりませんでした。
新しい作家の曲を同じ声で迎え入れた結果、フォークもポップスも「森進一の歌」になりました。

荒れた声を作ることは真似しない方が安全です。
しかし、自分の声を欠点だけで判断せず、曲の人物へ結びつける姿勢は誰でも参考にできます。
その声が異端から国民的な記憶へ変わった過程は、森進一の歌声の変遷で年代順にたどります。

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