デビュー当時から歌がうまいと評価されてきた小柳ゆきは、その頃、細かい表現や自分らしい癖を付けられないことに悩んでいました。
声の迫力を認められていても、本人の中では、思い通りに歌えない部分が残っていたのです。
そこから、自分の歌をどう変えてきたのでしょうか。
強さを増した「愛情」、表現をそぎ落としたデビュー曲、後になって使い始めた低い声をたどります。
「あなたのキスを数えましょう~You were mine~」―公式MV(1999年発表)
17歳の歌声と、本人が感じていた課題
1999年、小柳は17歳で「あなたのキスを数えましょう~You were mine~」を発表しました。
翌年の「愛情」とともに、力強い歌声を印象づけた初期の代表曲です。
デビュー前には、プロデューサーの中崎英也と長くデモテープを作りながら、なかなか発売へつながらない時期がありました。
それが決まり始めると、今度は仕事が次々と動き、本人の気持ちが追い付かなくなります。
2023年に当時を振り返った小柳は、自分が何をしたいのか定まらないうちに、周囲が先へ進んでいく怖さを話していました。
歌についても、周りからの高い評価と、自分の実感は離れていました。
特に難しかったのは、細かな表情や、その人ならではの癖を歌に付けることです。
感覚で歌うことはできても、望んだ色を自分で選んで加えるところには課題があった。
後年の、曲の人物を細かく描いたり、あえて表現を減らしたりする選択と比べると、当時まだ思い通りにならなかった部分が見えてきます。
「愛情」は、歌い続けるほど強くなった
「愛情」―公式MV(2000年発表)
「愛情」の変化は、年齢とともに丸くなるという想像とは違っていました。
2021年の対談で振り返ったのは、最初はまろやかだった歌い方が、歳を重ねるにつれて強くなっていったことでした。
2012年に「愛情」をデュエットしたデーモン閣下は、そのときも反抗的な10代のような勢いを感じたと話しました。
それに対する小柳の返事は、歌い続けるうちに、むしろそうなってきた、というものでした。
若い頃の強さがそのまま残ったのだと思った共演者と、後から強めてきたと感じていた本人。
その食い違いが、代表曲の歌い方も固定されたものではないことを教えてくれます。
そして、その対談の時点では、本人は再び角を取ることを考えていました。
長く歌った代表曲だからこそ、力を加えるだけでなく、加えてきた力を見直す段階もやってくるのです。
2019〜2020年、デビュー曲の歌い方と伴奏を見直す
バラードでは、別の変化が起きていました。
2019年、小柳はデビュー曲について、最初は当時の恋愛や失恋の気持ちをぶつけて歌っていたと語っています。
20年後の自分は、同じ歌詞を違う立場から解釈していました。
その時に意識していたのは、フレーズの一つ一つを歌い過ぎず、表現をシンプルにすることです。
すべてのことばに強い感情を付けるより、そぎ落とした中から感情の波が伝わるようにする。
技巧を増やせるようになった歌手が、増やすこととは別の方向を選んでいたのです。
だから、初期の録音と後年の歌の違いを、声量や高音の安定だけで捉えると、肝心な部分を取り逃がします。
同じ失恋の歌でも、その場の痛みをまっすぐ差し出すのか、時間の流れを含めて歌うのか。
歌い手と曲との距離も、年月とともに変わっていました。
2020年のアルバム『SPHERE~球宇宙~』では、このデビュー曲を録り直しています。
本人によると、初期の録音は打ち込みが中心でしたが、再録では生楽器の音にこだわりました。
オーケストラと共演して歌い方も少しずつ変わってきたため、バンドや弦の音の中から引き出される表現を、20年後の歌として形にしたかったといいます。
同じ歌詞を見直すだけでなく、声が入る音の環境も選び直した再録でした。
「あなたのキスを数えましょう~You were mine~2020ver.」|『SPHERE~球宇宙~』(2020年)再録・配信音源
2022〜2023年、カバーで見つけた低い声を自分の曲へ

画像出典:USEN encore
2022年のカバーアルバム『RARE TASTY』は、YouTubeで披露した「廻廻奇譚」のカバーから話が広がって生まれました。
活動が制限された時期に、聴く人が楽しめるものを届けたいと考えたのがきっかけです。
小柳は、簡単には歌わせてくれない難しい曲を選び、曲ごとの人物を演じるように歌う面白さを感じたと話しています。
Eveの「廻廻奇譚」やOfficial髭男dismの「Cry Baby」など、これまでと違う曲への挑戦でした。
「廻廻奇譚」|2021年公開のカバー映像
このアルバムの取材では、自分の想像したものを、ようやく素直に表現できるようになってきたとも語っています。
曲の中の人物像を、自分の中へ細かく取り込めるようになった一方、デビューした頃と同じまっすぐな表現に戻るのは難しい。
できることが増えた実感と、昔の歌をそのまま取り戻せるわけではないという感覚を、両方持っていました。
その制作で、自分には思っていた以上に低い声もあると気づきます。
発見を生かしたのが、2023年に自ら作詞・作曲した「BREAK THROUGH」です。
それまで自分の作品ではあまり使ってこなかった、低い声域のパートを取り入れました。
曲作りはビートの構成から始め、鳥越啓介と編曲を考えながら進めています。
頭にあったのは、深い赤を思わせる一枚の絵と、困難に向かって一歩を踏み出す人物でした。
カバーで知った低い声を、その新しい曲の中で使ったのです。
「BREAK THROUGH」―NexTone提供の公式音源(2023年)
ここで増えたのは、自分の声の別の場所を知り、新しい曲の中へ持ち込む選択肢です。
カバーで借りた役柄が、自分の曲を歌う時の表現まで広げていました。
2025年、慣れた曲をもう一度ほどく『Orchestra』

画像出典:写真掲載元
25周年記念のセルフカバーアルバム『Orchestra』が発売されたのは、2025年です。
長く歌った代表曲を、オーケストラの編曲で録り直しました。
その中でも、2000年発表の「be alive」は、島健の編曲とピアノに触れて、歌い方を考え直した曲でした。
「be alive」(2000年発表)|公式MV
小柳は、デモを聴いて長く泣いたと振り返っています。
浮かんだのは、自分の記憶にはない、誰かの甘酸っぱい物語でした。
とりわけ間奏のピアノからは、懐かしくても戻れない時間のようなものを感じたといいます。
慣れた代表曲から、これまで自分が歌ってきたものとは別の情景が立ち上がったのでした。
そこで、長年積み上げた「be alive」を一度リセットし、歌い方を変えることを考えます。
年齢を重ねるうちに固まってきた表現をほどき、島の音から感じた物語を歌おうとしました。
技巧をさらに足すことよりも、よく知る歌を新しく受け取ることが、この再録の課題になっていたのです。
「be alive(2025ver.)」―『Orchestra』収録の公式音源
「あなたのキスを数えましょう」についても、同年の取材では、17歳の時のまっすぐな感情から、歩いてきた道を少し離れて振り返るような視点へ変わったと話しました。
最初の歌声を否定するのではなく、同じ曲の中に、それから過ごした時間が加わっています。
「あなたのキスを数えましょう~You were mine~ 2025ver.」―公式MV・全編
強くなった「愛情」の角を取ることを考え、バラードでは歌い過ぎる部分をそぎ落とし、カバーからは低い声を持ち帰る。
小柳の変遷には、すでに持っている迫力を、どこで、どれだけ使うかを選び直す歩みがあります。
歌声の力を知ったうえで、その力に任せきりにしないことが、代表曲にも新曲にも違う表情を生んできました。
柔らかい声から強い声へ移る表現や、少ない楽器の中で細部を聴かせる工夫は、小柳ゆきの歌い方で取り上げています。







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