松下洸平の歌の歩みは、俳優として知られる以前から始まっています。
2008年に洸平名義でCDデビューし、俳優の仕事を中心にする間も、曲を作り続けていました。
2021年の再デビューは、その歌を改めて形にし、多くの人へ渡す出発点になりました。
「Journey」公式MV。
そこから、自分が歌う人だと知ってもらうこと、どんな音楽を好きで、どんな声を届けたいかを示すことへ。
松下洸平の変化を、歌を作る方法と、声に託すものの広がりからたどります。
2008年の出発と、俳優の時間にも残していた歌
公式プロフィールによると、松下は高校時代に映画『天使にラブソングを2』を観て、歌手を目指しました。
音楽の専門学校へ進み、自分で曲を書くようになり、2008年には絵を描きながら歌う活動を始めています。
同年11月、「STAND UP!」で洸平としてCDデビューしました。
洸平「STAND UP!」公式MV(フルバージョン)。
翌2009年にはミュージカルへの出演をきっかけに、俳優としての活動も始まります。
ただし、役者の仕事へ軸足を移したあとも、歌う自分を手放したわけではありませんでした。
曲を作り、ファンの前で披露する時間を持ちながら、音楽を続けていました。
encoreの取材では、年に一度のファンイベントで新しい曲を歌っても、発売せず、その場で終わっていたと振り返っています。
それでも作り続けたのは、好きで始めた歌や、歌い手としての可能性を捨てられなかったからでした。
再デビューの話に心が動いた理由も、曲を作品として残し、人へ届けられることにありました。
後年、本人は、自分一人で作って歌うことを続ける中で、自分の持つ音楽の引き出しだけで作ることに、限界も感じていたと話しています。
好きな音楽を守りながらも、違う発想や作り方を受け取ってみたい。
その思いが、次の出発につながります。
「つよがり」で、作り手と一緒に歌の人物像を作る
2021年8月、松下は「つよがり」で二度目のCDデビューを果たします。
プロデュースを手掛けたのは、本人が長く親しんできた曲を作っていた松尾潔でした。
「つよがり」公式MV。
SPICEの取材で松下は、松尾に自分の新たな一面を引き出してもらいたかったと説明しています。
歌詞の制作では、入れたい言葉を指定するより、こんな気持ちの人物はどうだろうと、ニュアンスを相談しました。
自分で作り上げる歌から、相手とやり取りし、人物像を明確にしていく歌へ。
制作の方法も広がっていました。
人物像の相談も、漠然と切ない気持ちを歌うという話ではありません。
松下が求めたのは、恋愛や人生の経験を重ねた男性の姿でした。
自分の年齢に無理なく重なる人物の気持ちを伝え、それを松尾が歌詞にして返す。
そうした往復を重ねたことで、歌の中で誰として言葉を届けるかが、はっきりしていきます。

画像出典:画像掲載元
この時期には、俳優として重ねた時間も歌と結びついています。
松下は松尾とのReal Soundの対談で、目の前の観客と同じ空間を作ってきた舞台の経験が、ライブにも生きていると話しました。
歌と芝居で表現の方法は違っても、目の前の人へ何を届けるかを考える時間は、つながっていました。
松尾の側にも、音楽から離れずにきた日々が、本人にとって意味のあるものになる曲を作りたいという考えがありました。
その時だけの話題で終わらず、十年、二十年と歌える曲へ。
松下が積み重ねた時間を、一曲の寿命へつなげようとする制作でもあったのです。
『POINT TO POINT』では、音楽を始めた喜びも曲にする
2022年には、初のフルアルバム『POINT TO POINT』を発表します。
その中の「MUSIC WONDER」は、歌手を志した時の思いへつながる曲でした。
ORICON NEWSに寄せられた制作時の本人の言葉によると、歌詞を書きながら『天使にラブ・ソングを2』を初めて観た時を思い出し、自分なりの人生讃歌を作ろうとしていました。
「MUSIC WONDER」公式MV。
好きな音楽に救われた経験を、今度は自分が歌う曲へ込めていく。
再デビューで他の作り手から表現を受け取りながら、自分が何のために歌うのかを、作品の言葉にもしていました。
同じアルバムの「体温」は、初めての写真集を撮影した沖縄の離島や東京から着想を得た曲です。
松下が作詞を手掛け、音楽学校時代からの仲間・カンノケンタロウが編曲を担当しました。
音楽以外の仕事で出会った景色も、曲を作る材料になりました。
松下が『POINT TO POINT』という題名に託したのも、役者と歌い手という二つの姿が関わり合って生まれる音楽でした。
「体温」公式歌詞映像(2022年)。
『R&ME』で、「どんな声の人か」へ踏み込む
2023年のアルバム『R&ME』では、届けたいものが、より具体的になります。
encoreの取材で松下は、前作で歌を歌う人だと知ってもらい、次は好きな音楽や自分の声を届けたかったと説明しました。
音楽をしていることを知らせる段階から、声と音楽性を知ってもらう段階へ進んでいました。
その変化には、前作を出してもなお、歌手だとは知らなかったという反応があったことも関わっています。
本人は、二度目のデビューを、経験者として戻る感覚ではなく、一から学ぶ時間として振り返りました。
録音やライブを重ね、自分の音楽性が分かるにつれて、シンガーソングライターとしての自覚も育っていたのです。
冒頭の「君を想う」は、その入口になる曲です。
本人は、自分の声がまっすぐに伝わり、聴く人にも近く感じてもらえる曲として、一曲目へ置いたと話しています。
「君を想う」公式MV。
一方、「This is my love」では、好きなR&Bで憧れてきた、ファルセットを生かす歌にも挑みました。
聴く人が入っていきやすい曲と、自分の好きな表現を深める曲。
同じ声の持つ異なる面を、一枚の作品で見せようとしていました。
「This is my love」公式公開音源(2023年)。
共同制作でも、自分の経験を曲の中へ渡すやり方が広がっています。
「Wake」では、Shin Sakiuraとスタジオに入り、メロディーを練りながら、好きな音楽から個人的な経験まで話しました。
互いにどう困難を切り抜けたかを話すうち、その感覚を歌にできそうだと気づき、共有したイメージをShinが歌詞にしたといいます。
作り手との会話そのものが、歌う言葉を見つける時間になっていました。
「Wake」公式公開音源(2023年)。
『R&ME』という名前も、ジャンルを一つに限定するためのものではありません。
自分が親しんできた音楽を大切にしながら、その声で何を伝えられるかを試す作品になっています。
「Journey」で、自作曲とゴスペルの原点へ向かう
2026年の「Journey」では、音楽を志すきっかけだったゴスペルを、自分の曲へ取り入れました。
Numéro TOKYOの本人取材によると、Shin Sakiuraと制作し、MARUとエリアンナの二人の声を何度も重ねて、クワイアを作っています。
多くの声に包まれる歌の形を、作り手たちと一緒に組み立てていました。
出発点には、Shinと再び曲を作り、以前から話していたゴスペルへ挑みたいという思いがありました。
二人で参考になる曲を聴き、ライブで何をしたいか話しながらデモを作る。
松下はデモを持ち帰り、今度は自分で、どんな気持ちを歌うか考えました。

画像出典:画像掲載元
そこで歌おうとしたのは、恋愛だけに限らない、大きな意味での愛でした。
また、レコード会社移籍を機に、自作曲へ改めてこだわるようになったことも話しています。
他の作り手の力を受け取った再デビューを経て、自分の言葉や音楽を、共同制作の中でも深める方向へ進んでいました。
歌手としての出発、舞台で重ねた時間、作り手と探した歌の人物像、自分の声と好きな音楽を示す作品。
松下洸平の変遷は、それぞれの経験を、歌を届けるためにどう使うかという変化でもあります。
息や言葉の間で感情を伝えること、ファルセットへ挑んだことなど、一曲の中での声の扱いは、松下洸平の歌い方で取り上げています。

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