力強くラップするJENNIEにも、自分は本当にラッパーなのかと迷った時期がありました。
歌うことが好きで、声の可能性をもっと試したい。
その気持ちは、得意なラップを捨てる方向ではなく、歌もラップも自分で選び直す歩みへつながっていきます。
BLACKPINKでの役割から、一曲を一人で担う「SOLO」、アルバム『Ruby』とその先へ。
声の出番を自分の手に取り戻していく過程をたどります。
2016〜2018年|四人の中の声から、一曲を担う声へ

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JENNIEは2010年にYGへ入り、六年間の練習生生活を経て、2016年にBLACKPINKとしてデビューしました。
「WHISTLE」や「BOOMBAYAH」で始まったグループでは、主にラップを担うメンバーとして知られるようになります。
ただ、本人が好きだったのはラップだけではありません。
後には、歌もラップもダンスも、一つの曲へ入れられることが自分の幅だと説明しています。
2018年の「SOLO」は、その幅を一人で見せる最初の機会でした。
制作したTeddyは、本人が何を得意とし、何を望むのかを聞きながら曲を仕上げています。
JENNIEが挙げたグループ曲との違いは、最初から最後まで自分が担うこと。
四人で交代していた時間を、一人の声と表現で進める必要が生まれたのです。
この曲が見せるのは、傷つきやすさと、自立して前へ進む強さの両方でした。
本人はソロをBLACKPINKと別物にしようとはせず、どちらも自分の一部と捉えていました。
重圧はあっても、活動を楽しみたい思いもあります。
グループで得た持ち味を携えて、一曲の中で見せる自分の面を増やした出発点でした。
ラップへの迷いを、歌う自由へ変えていく
2023年、JENNIEは以前ラップを嫌になった時期があったと明かしました。
歌を探求したいのに、自分で選ばなかった役割へ収まっているように感じたのです。
一方、過去の舞台を見返すと、ラップを楽しむ自分もいた。
その姿を受け入れ、歌もラップも選べる、と捉え直しています。
2022年には、ソロで見せた姿もまだ練習のようなものだと語っていました。
既に成功した「SOLO」があっても、自分の表現を完成形とは見なしていなかったのです。
得意な役割を守るだけでは、まだ出会っていない自分の声を見逃してしまう。
その関心が、別の歌い方を試す活動と重なります。
「You & Me」は、BLACKPINKのワールドツアーで披露されたあと、2023年10月に正式発売されました。
ツアーでの版に加え、同年春のコーチェラで披露したリミックスも収録されています。
舞台で育ててきた一曲を、異なる形で残すリリースでした。
さらに同月、ピアノを生かすジャズ版のライブ映像も公開されました。
六月のシャネルのショーで披露したアレンジです。
ダンスを見せる曲としてだけでなく、伴奏との間で声の表情を届ける曲としても扱った。
同じ「You & Me」に別の入口ができたことが、この時期の広がりをよく表しています。
2024年|柔らかい声は、独立後に突然生まれたわけではない
Matt Championとの「Slow Motion」は、2024年3月に発表されました。
ただし、本人によれば制作したのは約三年前です。
独立レーベルを立ち上げたあとの発売でも、そこで初めて新しい歌い方を覚えた、と一直線には説明できません。
既に試していた表現が、時間を経て聴き手へ届いた曲でもあります。
この曲の歌い出しでは、ゆっくりしたピアノを背に、JENNIEの声が穏やかな雰囲気を作ります。
曲の進行とともにChampionの歌も重なり、二人の声が混ざっていく。
一人で強い印象を残す場面とは異なる、相手と響きを作る側の表現も持っていたのです。
同年のZICOとの「SPOT!」では、録音への積極的な関わり方も伝えられています。
ZICOが気に入ったと伝えても、JENNIE自身が録り直しを提案したというのです。
用意されたパートを終えるだけでなく、試し直して仕上がりを確かめる。
共演曲でも、自分の声に対する判断を手放していませんでした。
『Ruby』へ|自分に合う音を、制作の現場から探す

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ソロアルバムへの決意は、2023年のツアー中、人生で実現したいことを書き出したときに具体的になりました。
一枚を作るため、自分のレーベルを設け、一年以上かけて曲へ取り組んだといいます。
責任の大きさは怖くても、自分で舵を取る必要があった。
歌声だけを担当する立場から、どんな作品にするかまで引き受ける制作でした。
ロサンゼルスでの録音も、意図的に慣れた環境から離れる選択です。
しかし、場所を変えればすぐに望む音が見つかるわけではありません。
スタッフのアリソン・チャンは、初めは相性の合わない作り手に出会うことも多く、最初のシングル「Mantra」を見つけるまで時間がかかったと説明しています。
その「Mantra」は、歌い、ラップし、踊るJENNIEを同時に見せる出発点になりました。
以前の持ち味を消して別人になるのではなく、その持ち味を本人が納得できる形へ組み直す。
新しい制作環境には、そのための試行錯誤がありました。
2024年10月に発表された「Mantra」で本人が届けたかったのは、自分らしさを肯定し、聴き手も自信を持てるようなエネルギーでした。
強いラップやボーカルを、相手を圧倒するためだけに使うのではなく、一緒に前向きになるための声として差し出しています。
制作に加わったMike WiLL Made-Itは、JENNIEが求める音を最初から言葉にできたわけではなかったと振り返ります。
聴けば分かる、という感覚を、仲間と音にしていく時間でした。
そこで生まれた「F.T.S.」も、本人がバラードを求めたことから始まっています。
勢いのある曲を集めるだけでは、一枚の自分にはならなかったのです。
2025年|一つの声色に決めず、一枚を自分のものにする
2025年3月に発表された『Ruby』は、十五曲のアルバムです。
多彩な共演者を迎えた版に加え、客演の歌声を入れずJENNIEが全ボーカルを担う「JENNIE Only Audio」版も用意されました。
他の歌手との組み合わせを楽しむ作品であると同時に、自分の声で全体を満たす作品でもあります。
どの版を聴くかで、歌の受け渡し方も異なる一枚です。
本人は制作後、これほど多くのジャンルや音を試したかったとは、自分でも知らなかったと話しています。
初めて歌やラップを学ぶような感覚さえあったという言葉が印象的です。
既にできることを披露するだけなら、そうした驚きは生まれにくいでしょう。
自分だけに集中する時間ができたことで、まだ使っていなかった声を探れたのです。
「SOLO」で一曲を一人で担ってから、『Ruby』で一枚の世界を作るまで。
大きく変わったのは曲数だけではなく、どの声を残すか、誰と作るかを決める範囲でした。
ラップの印象を薄めるために歌を増やした、というだけでは、この広がりを捉えきれません。
2026年|完成した自分より、まだ試せる声へ
Tame Impalaとの「Dracula」リミックスでは、遠隔でつないだ録音にも取り組みました。
ケヴィン・パーカーは、声を重ねる数の多い曲でも、JENNIEが次々にテイクを仕上げたと話しています。
本人も、これまで発表してきた音楽と違うことに、新鮮な楽しさを感じていました。
同年秋、JENNIEは自分の声を見つけた決定的な一瞬があったとは考えていませんでした。
一曲、一つの仕事を通じて、異なる自分を見つけているというのです。
「FALLEN ANGEL」や「Less Than A Lover」では、柔らかさや傷つきやすさも、整えすぎずに表したかったと説明しています。
声を探す過程は、アルバムの完成で終わっていません。
JENNIEの歩みは、ラッパーから歌手へ立場を変えた物語というより、声の選択肢を自分で増やしてきた物語です。
強く言い切る声も、静かに気持ちを渡す声も、必要な曲の中で使えるようにする。
その選択が曲ごとにどう表れるかは、JENNIEの歌い方で掘り下げています。

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