ライブで声を張り、観客へまっすぐ呼びかける重岡大毅。
本人は、人前で歌うことが苦手で、音楽に強いコンプレックスを抱えていたと語っている。
歌の歩みをたどると、音程への不安、練習と本番の違い、感情のこもった歌を最後まで届ける難しさが見えてくる。
その一つ一つと向き合い、2025年にはライブが大好きだと言えるようになった。
サラリーマンの父さん 公式音源(2021年)
合っているつもりの音が違うと言われた
2023年にデビュー後を振り返った重岡は、歌で音を外し、自分では合っていると思っても違うと言われることがつらかったと明かした。
音程を外したという結果だけでなく、自分の感覚と周囲の判断が一致しないことへの戸惑いがあった。
そこで始めたのが、独学のピアノだった。
音感を身につければ歌もうまくなれるかもしれないと考え、家で一、二年ほど続けたという。
2021年にも、二十歳を過ぎてから音感をつけたいとピアノを始めたことを話している。
鍵盤を弾くことを、歌に苦手意識のある自分が取り組める練習として選んだのだ。
歌への不安を抱えながら、音を扱う時間を自分で増やしていく。
いずれは人前でも披露したいという気持ちが、その練習には含まれていた。
苦手な歌と向き合うための、本人なりの入り口だった。
2021年、練習した歌を本番で届ける

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2021年のインタビューでも、重岡は昔から歌が苦手だったと語っている。
練習ではできたことが本番では同じようにできず、悔しい思いをした。
少しずつ克服してきたという言葉には、音を覚えることと、観客の前でその歌を再現することの間にある難しさが表れている。
同年のアルバム『rainboW』では、ソロ曲「サラリーマンの父さん」を歌った。
定年を迎えた父への感謝を込めて、自ら作詞・作曲した曲だ。
ツアーではギターの弾き語りに挑み、6月20日の熊本公演には父を招くことができた。
父への手紙を読み、涙をこらえながら歌い終えた重岡は、舞台裏で泣かずにやり切れたと安堵している。
込み上げる感情があるなかで、最後まで歌い切る本番だった。
音程を合わせる練習に加えて、目の前の相手へ歌を届けるときの感情にも向き合う。
自分の作った歌を父の前でやり切れたことが、舞台裏の安堵につながっている。
2025年、歌うことへの苦手意識が裏返る

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2025年、重岡は上白石萌音とのインタビューで、かつては人前で歌うだけで脂汗をかくほど苦手だったと振り返った。
周りに優れた人が多いことも、音楽へのコンプレックスにつながっていたという。
その気持ちが、続けるうちに自分を動かす力になった。
上白石は、以前は楽器など無理だと話していた重岡が、いまは楽器を続けていることに驚いていた。
重岡自身も、こつこつ続けたこととして音楽を挙げ、ライブが大好きになったと応じている。
人前で歌うことを苦手だと感じていた人が、音楽を愛し続けてきたと話す。
本人が語る、歌うことへの気持ちは大きく変わっている。
音感を求めて練習し、本番の難しさを経験し、届けたい人の前で歌をやり切る。
2025年の言葉までたどると、かつて不安の強かったライブが、好きだと言える場所になったことが分かる。
重岡の歌の歩みには、練習を続ける時間と、観客の前で歌う経験の両方が刻まれている。
声の響きや歌い出しの特徴は、重岡大毅の歌い方で取り上げている。

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