髙松瞳さんの歌声を説明するとき、「明るい」「王道アイドルらしい」という言葉だけでは少し足りません。
センターに立てば自然に目を引くのに、ほかのメンバーを脇役にしないという、不思議な強さがあるからです。
本人は自分を絶対的なセンターだとは考えておらず、プロデューサーもメンバー全員の個性を前提にグループを作ってきました。
それでも初期の=LOVEには、髙松さんが中央にいる時だけ生まれる景色がありました。
結論から言えば、その理由は派手な技巧よりも、癖の少ない声で曲の主人公を立たせる力にあります。
自分の歌い方を見せつけるのではなく、言葉と物語をまっすぐ前へ渡すから、中央にいても歌全体が窮屈になりません。
「主人公の歌声」は、声がいちばん大きいという意味ではない
初のソロ曲「僕のヒロイン」が発表された時、メンバーは髙松さんの声を「主人公の歌声」と表現しました。
この評価は、単にセンター経験が長いから付いたものではありません。
物語の最初の一言を任された時、聴き手が迷わず場面へ入れる。
静かな箇所を一人で歌っても、声を飾りすぎず、曲の気持ちだけが残る。
そうした性質を指しています。
歌唱力というと、最高音や声量に目が向きがちです。
しかし物語の主人公は、常にいちばん大きな声を出す人物ではありません。
言葉を受け取る入口になり、聴き手がその曲を誰の気持ちとして追えばよいかを示す人物です。
髙松さんの強みは、声そのものを主役にしすぎないことです。
明るい声で前へ出ながら、歌詞が伝えたい人物を自分より先に立たせます。

癖の少なさは「何もしていない」ことではない
メンバーからは、髙松さんの声について「真っ直ぐで癖がないのに、エモい」という評価も出ています。
一見すると、癖がないことと感情が強いことは矛盾しているように見えます。
ここでいう癖の少なさは、表情が乏しいという意味ではありません。
一文字ずつが明確で、聴き手が歌い方の仕掛けより先に言葉を受け取れるということです。
髙松さんの歌には、はっきりした発音、さわやかな声、極端に装飾しすぎない歌い方が一貫しています。
その一方で、落ちサビやバラードでは、切なさや遠さを感じるという見方もあります。
つまり、髙松さんは声へ何も加えていないのではありません。
曲の入口では余計な説明を減らし、感情が深まる場所まで余白を残しています。
最初から泣きそうな声を作らないから、後半の一節が急に胸へ入ってくるのです。
王道アイドル曲に合うのは、笑顔だけが理由ではない
「青春“サブリミナル”」や「The 5th」のような王道アイドル曲は、明るく歌えば成立するほど単純ではありません。
複数のメンバーが入れ替わりながら歌うため、一人の個性が強すぎると、曲の景色がパートごとに分断されてしまいます。
髙松さんが中央にいる時は、声がグループの共通語になります。
誰かの個性的なパートを受けても、自分の色で塗りつぶさず、次のメンバーへ渡せるからです。
プロデューサーは、髙松さんを何でも一人で支配する「絶対的センター」とは見ていませんでした。
むしろ、メンバーそれぞれが強いグループだからこそ、彼女が中央に立った時の特別な魅力が生まれると説明しています。
この見方をすると、センターは頂点ではなく交差点です。
髙松さんの声は自分へ視線を集めながら、ほかの声が入ってくる道も閉じません。
王道曲で強いのは、笑顔が似合うからだけでなく、全員を一つの物語へ集められるからです。
「僕のヒロイン」では、グループの軸だった声が一人になった
ソロ曲「僕のヒロイン」は、髙松さんの歌唱を考えるうえで重要です。
普段はメンバーの間をつないでいる声が、一曲を最初から最後まで一人で支えることになったからです。
本人は、ソロ曲だと知らずに歌詞を渡され、うれしさと同時に緊張も感じました。
長くセンターを経験していても、一人で歌うことは別の仕事だったのです。
ここで目立つのは、強い高音を連続させる華やかさではありません。
伴奏が静かになっても言葉が痩せず、声に余計な飾りがないまま一曲の感情を保つことです。
普段のセンター曲では、髙松さんの声を受けて別のメンバーが景色を変えます。
ソロ曲には、その交代がありません。
それでも曲が平坦にならないことから、癖の少なさの中に強弱や距離の変化があると分かります。
「Junkies」は、太陽の声をロックへ持ち込んだ
髙松さんには王道アイドル曲の印象がありますが、「Junkies」では力強いロックナンバーのセンターを務めました。
メンバーからも、彼女が中央で歌うことで聴く人を奮い立たせる曲になるという評価が出ています。
興味深いのは、王道の声を捨てて別人になるのではないことです。
明るさと一文字の明確さを残したまま、曲を前へ押す役割へ変えています。
ロックらしさを出そうとして、声を荒らしたり、すべてを大声にしたりする必要はありません。
言葉の輪郭がはっきりしている声は、テンポが速く音数の多い曲でも埋もれにくく、合いの手が入る場所を作れます。
髙松さんの歌を参考にするなら、声を太くすることより、どの言葉を客席へ渡すかを見る方が安全です。
表面の勢いだけを真似して音量を上げると、高音で力む原因と見直し方にあるように、首や顎へ負担が集まりやすくなります。

センターを降りた後、声の役割は小さくなったのか
髙松さんは、グループがさらに上を目指すため、表題曲のセンターを固定しない形を望みました。
それ以降、=LOVEでは曲ごとに異なるメンバーが中心へ立ち、表現の幅が大きく広がっています。
この変化は、髙松さんの声が不要になったことを意味しません。
むしろ、中央に立たない曲でも、明るい一節、静かな落ちサビ、メンバー全員をつなぐパートで、声の役割が見えやすくなりました。
常に主人公を演じるのではなく、別の主人公が輝くための地盤にもなれる。
初期にグループの輪郭を作った声が、現在は曲ごとに置き場所を変えられるようになったのです。
現在の歌唱を聴く時は、センターかどうかだけを確認するより、髙松さんの一節の前後で誰の声が入るかに注目してみてください。
彼女の声が主役になる曲と、次の主役を迎える曲では、同じ明るさでも働き方が違います。
髙松瞳の歌唱力は「前に出ても、全員を見せられる」ことにある
髙松瞳さんの歌い方は、複雑な技術名だけでは説明しにくいものです。
明るく癖の少ない声で言葉を前へ出しながら、ほかのメンバーが入る余地を残します。
だからセンターでは曲の主人公になり、ソロでは静かな伴奏の中でも物語を保ち、ロック曲では客席を前へ押せます。
一つの強い声で全部を支配するのではなく、曲の中心に立ちながら、全員の声が見える場所を作る歌唱です。
「主人公の歌声」とは、常に一番目立つ声という意味ではありません。
聴き手がその曲へ入る入口になり、必要な時には別の人へ主人公の場所を渡せる声です。
髙松さんの歌を聴く時は、最高音だけでなく、最初の一言と次のメンバーへ渡す瞬間を比べてみてください。
=LOVEの中央で長く愛された理由が、声量とは違う場所から見えてきます。
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