山崎育三郎さんの歌手人生は、順調に高音を伸ばした物語ではありません。
十二歳でボーイソプラノの主役として舞台へ立った後、変声期には歌える範囲が一オクターブほどまで狭まり、自分が主演した作品のオーディションにも落ちました。
一度ほとんど歌えなくなった少年は、声楽を学び直して大劇場へ戻り、今度はオペラの声へ寄りすぎて役の幅を狭めます。
さらにテレビとポップスへ進むと、大きな声を小さくし、役として歌う人から、自分の人生を作品にする人へ変わっていきました。
2026年の『19BOX ~STARMAN~』は、その歩みを名曲と自作の歌で一つのミュージカルにした作品です。
山崎さんの歌唱変遷は、声が太くなった歴史というより、何度も声の使い道を作り直した歴史でした。
1998年、ボーイソプラノは「役」になると歌えた
山崎さんは幼い頃、強い人見知りで、人前へ出ることが得意な子どもではありませんでした。
母親が自信を持たせたいと音楽教室へ連れて行き、童謡を習ったことが舞台への入口になります。
十二歳だった1998年、小椋佳さんが企画したミュージカルの全国オーディションに合格し、主演へ選ばれました。
当時は変声期前のボーイソプラノで、女性歌手の曲も原曲に近い高さで歌える声を持っていました。
興味深いのは、自分自身として歌うことには恥ずかしさが残っていた点です。
ところが役を与えられると、内向的な自分から離れ、舞台の上で声を解放できました。
歌は最初から自己表現だったのではありません。
別の人物になることで、普段は出せない自分を外へ出すための場所でした。
変声期で音域が一オクターブほどになり、主役の座から落ちた
中学三年生になると、上の音が少しずつ当たらなくなりました。
普通なら低い音が広がっていく時期ですが、山崎さんの場合は下も十分に広がらず、歌える範囲だけが狭くなったといいます。
最も残酷だったのは、以前に主演した作品のオーディションへ落ちたことでした。
ボーイソプラノで得た成功は、新しい声ではそのまま使えません。
何を受けても通らない時期に出会ったのが、声楽の先生でした。
ミュージカルを続けたいならクラシックを学ぶことが力になると勧められ、所属先と活動をいったん離れ、歌を一から勉強する時間へ入ります。
変声期は、きれいな少年声を大人の声へ交換しただけではありません。
才能だけで歌えていた自分を一度終わらせ、発声を自分で組み立てる人へ変えるリセットになりました。
2007年、大劇場へ戻った声はクラシックだけでは足りなかった
高校と音楽大学で声楽を学び、2007年には『レ・ミゼラブル』のマリウス役へ抜てきされます。
変声期に失った舞台へ、大劇場を支えられる大人の声で戻った瞬間でした。
クラシックの訓練は、長いフレーズ、明瞭な言葉、遠くへ届く声の土台になりました。
一方で、教えを吸収しすぎた時期には、何を歌ってもオペラのような声になり、現代的な役を演じにくくなります。
ここで二度目の作り直しが始まりました。
クラシックで得た安定を残しながら、ロック、演歌、会話に近い声を役ごとに使えるようにしなければ、ミュージカル俳優としての幅は広がりません。
2010年には『モーツァルト!』でタイトルロールを務め、同年にソロCDでもデビューしました。
ただし、この頃の歌手活動も、中心にあるのはまだ舞台で培った声と、役として歌う強さでした。
2015年、テレビが「近くで感情を見せる声」を教えた
長く舞台を中心にしてきた山崎さんにとって、ドラマ『下町ロケット』への出演は大きな越境でした。
二千人規模の劇場では、最後列まで意味が伝わるよう、声と動きを大きく設計します。
カメラは反対に、向かい合った相手だけへ届く小さな声や、言葉になる前の表情まで拾います。
山崎さんは映像の仕事を通して、内側にある感情が同じでも、出口の大きさを変えられると知りました。

翌2016年のカバーアルバム『1936 ~your songs~』では、ミュージカルらしい歌唱を前面へ出さず、一人の聴き手へ歌うことを意識します。
選曲候補を実際に多数歌い、自分の声との相性を確かめ、曲によって原曲からキーも変えました。
この時期に覚えたのは、声を弱くすることではなく、舞台の圧を必要な分だけ引くことです。
華やかさを保ちながらも、車内やイヤホンで聴く人が「自分へ歌っている」と感じられる距離を作るようになりました。
現在の声の切り替え方は、山崎育三郎さんの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。
変遷の上では、テレビが舞台の外側へ声を連れ出し、ポップスが届け先を一人まで近づけたことが重要です。
2018年、「ミュージカルPOPS」で役と本人の境目を動かした
2018年の『I LAND』は、オリジナル曲を中心にした作品として、舞台俳優とポップス歌手を一つへ近づけました。
本人が掲げたのは「ミュージカルPOPS」という考え方です。
舞台曲をポップス風に歌うのでも、J-POPへ大げさな演技を足すのでもありません。
一曲の中に場面を作り、言葉をきれいに届けながら、本人の名前で歌う作品を成立させようとしました。
役になれば解放できた十二歳の少年は、この頃から山崎育三郎として歌う時間を増やします。
それでも舞台で得た物語の作り方は捨てず、歌手活動の中へ持ち込んでいます。
コンサートは、ミュージカル、ポップス、トーク、演技を別々に披露する場所ではなく、すべての自分が同じ舞台へ集まる場所になりました。
「役の声」と「本人の声」の境目が、少しずつ固定されなくなった時期です。
2020年から2021年、劇場の声が国民的な歌へ広がった
2020年の連続テレビ小説『エール』では、歌手役として「栄冠は君に輝く」を歌いました。
舞台で鍛えた明瞭な日本語と遠くへ伸びる声が、劇場の観客だけでなく、テレビの向こうにいる幅広い世代へ届きます。
同じ頃、コロナ禍で予定していた舞台が止まり、歌える場所そのものが揺らぎました。
2021年にはフルオーケストラとの公演へ踏み出し、演出や華やかな仕掛けへ頼らず、歌そのものを前へ置く機会を作ります。
ここではポップスで覚えた近さと、声楽で得た大きな線が同居します。
舞台の役を演じていなくても、長い物語を声だけで支える歌手へ近づきました。
2024年、きれいな声から一度はみ出した
六年ぶりのオリジナルアルバム『The Handsome』では、十曲を一つの物語として並べました。
異なる作家へ曲を依頼し、自分を相手の世界へ押し込んでもらうことで、慣れた歌い方から離れようとしています。
「光のない方へ」では、山崎さんの従来像より高く荒い場所へ声を持っていく表現が求められました。
整ったミュージカル声のまま処理するのではなく、役を作る方法を使い、感情が声を押し出す新しい人物を立ち上げています。
変化は、年齢によって声が自然に低くなったという単純なものではありません。
美しく歌える方法を十分に持った後で、作品のためなら、その美しさから意識的にはみ出せるようになったことです。
この時期、山崎さんはコンサートを「ありのままの自分」の場所と捉えるようになりました。
役を借りなければ歌えなかった原点から考えると、舞台、映像、歌手、司会の自分をまとめて見せられる場所を手に入れたことになります。
2026年、『19BOX』で自分の人生そのものを役にした

2026年の『19BOX ~STARMAN~』は、カバー曲とオリジナル曲を並べ、一人の男が表現者になるまでを描くアルバムです。
「手紙」「どんなときも」「田園」「言えないよ」「勝手にしやがれ」といった既存曲も、懐かしい名曲集として置かれたわけではありません。
本人が書いた歌や、故郷の高輪を題材にした「高輪サバイバー」と同じ物語の中へ入り、人生の場面として歌い直されました。
題名の「19BOX」は、山崎育三郎を表す「1936」とジュークボックスを掛け合わせた言葉です。
自分の人生、経験、音楽を宝石のように箱へ閉じ込め、開くたびに歌と物語が動き出す構想が込められています。
かつては別の人物になることで、恥ずかしさから解放されました。
現在は自分の失敗、故郷、出会い、歌う理由を素材にし、自分自身を一人の登場人物として舞台へ立たせています。
これは「役として歌う」方法を卒業したということではありません。
二十八年かけて身につけた役作りの技術を、ついに自分の人生へ使えるようになった変化です。
変わったのは声色より、「誰の物語を歌うか」だった
初期と現在を比べれば、変声期、声楽、長期公演、映像、ポップスによって声の選択肢は増えています。
しかし、山崎さんの変遷を音域や太さだけで追うと、一番大きな変化を見失います。
十二歳では、役になった時だけ自由に歌えました。
変声期には、その役へ入るための声さえ失い、クラシックで土台を作り直しました。
舞台で成功した後は、強い声が今度は近距離で壁になり、テレビとポップスを通して引き算を覚えます。
そして2026年には、役の物語と本人の人生を分けず、自分名義のミュージカルへまとめました。
歌声の進化とは、高い音が出るようになることだけではありません。
どの声を出せるかに加え、その声を誰のために、どの距離で、どの物語へ使うかを選べるようになることです。
まとめ
山崎育三郎さんの歌唱変遷は、ボーイソプラノから完成されたミュージカル声へ一直線に進んだ歴史ではありません。
変声期で音域を失い、声楽で立て直し、今度はオペラの声へ寄りすぎ、何度も使い方を修正してきました。
2007年の『レ・ミゼラブル』で大劇場へ戻り、2015年のテレビ出演と2016年のカバー作品で、一人へ歌う近さを覚えます。
2018年には「ミュージカルPOPS」を掲げ、2024年には整った声からはみ出す表現へ進みました。
2026年の『19BOX ~STARMAN~』では、名曲も自作曲も自分の人生の場面として配置しています。
役になれば歌えた少年は、最後に自分自身を役として歌える表現者になりました。
変わらず残っているのは、歌を単独の音として見ず、物語の中で届けようとする姿勢です。
その姿勢があるから、声が大きくても小さくても、山崎育三郎の歌として一本につながっています。






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