2003年に一人で歌った「千住ブルース」を、渥美二郎は2024年、梶原あきらとのデュエットで録音し直しました。
相手の歌について、本人が語ったのは、自分にはない味があるということでした。
過去に歌った自作曲へ、別の人の声と人生を迎える。
この曲の歌い直しには、かつての仲間を思う歌が、その仲間と一緒に歌う作品になる転機があります。
「千住ブルース」|2024年デュエット版・本人公式MV
十代の流し時代、客の反応の中で歌を覚える
渥美は十六歳で、千住の店を回って歌う演歌師の仕事に入りました。
父も演歌師で、事務所や寮には多くの歌い手が集まっていました。
けれども、その環境で育ったことだけで、目の前の客を満足させられたわけではありません。
店の中が話で盛り上がっているときや、まだ乾杯もしていないときには、歌を勧めても受け入れてもらえない。
渥美は、客の様子を見て入る時を選んでいたと振り返っています。
求められた曲を歌えなかったり、歌が十分でなかったりすれば、やり直しを求められることもありました。
後年、客に育てられたと話した背景には、歌うたびに返ってくる反応があったのです。
この仕事では、歌を届ける相手への目配りも欠かせませんでした。
歌い手が用意したものを披露するだけでなく、その場で何を求められているかを知る。
のちに自作曲を仲間と歌い直す歩みも、こうした人との関係を出発点に持っています。
「夢追い酒」のヒットと、演歌師の仲間への思い
1978年の「夢追い酒」が広く知られるようになると、渥美は歌謡界で大きな成功を得ます。
本人が振り返るのは、発売前に曲を聴いた店の女性が、すぐに印象的な部分を歌ってくれた出来事でした。
聴く人の声になって返ってくることで、曲への手応えを得たのです。
一方で、ヒットを後押ししたカラオケの普及は、流しの仕事を変えていきました。
店に入ろうとすると、客はすでに自分で歌っている。
仕事を続けにくくなり、辞める仲間が増える中で、自分はヒットに恵まれた。
渥美は、その時代の分岐点に複雑な思いを抱いていたと話しています。
「千住ブルース」に描かれる仲間への思いには、懐かしい青春だけでなく、同じ仕事を続けられなかった人たちの姿も重なります。
2003年、一人で歌った仲間たちの物語
「千住ブルース」は、2003年発売の「おそい春」のカップリングに収められた曲です。
千寿二郎という名前で作詞・作曲を手掛けたのは、渥美自身でした。
舞台は、流しとして歌っていた千住の街。
ギター一本で生計を立てる演歌師の仕事には、華やかな思い出ばかりがあるわけではありません。
渥美は、歌やギターを教えた若者たちに一人前になってほしいと願う一方、辞めていく仲間も見てきました。
そうした人たちへ思いを向けて作ったのが、この曲です。
最初の作品では、その思いを渥美が一人で歌いました。
かつての仲間を思い出す側にいた歌い手が、後年、その人生を歩いた相手と同じ曲を歌うことになります。
「千住ブルース」|2003年「おそい春」収録・公式配信音源
2011年からの『演歌師』、歌い継ぐ曲を自分で選ぶ
その後、渥美は2011年から『演歌師』と題するアルバムを発表していきます。
シリーズを始めた理由は、自分一人のギター弾き語りを作品として残したいと考えたからでした。
流しとして日々届けてきた歌の形を、録音でも聴いてもらおうとしたのです。
2019年の『新・演歌師』、2021年の『新・演歌師2』では、打楽器も加わります。
演歌だけに選曲を絞らず、ラテンの曲やニューミュージックも扱いました。
2021年の本人の説明では、選ぶ基準は自分がよいと思い、時代を超えて喜んでもらえそうな曲であることでした。

画像出典:写真掲載元
その考えを示す一曲が、岩渕まことの「永遠鉄道」です。
メロディーが頭から離れなくなった渥美は、作者のもとへ出向き、自分にも歌わせてほしいと頼みました。
2019年にはシングルとしても発表しています。
かつては客のリクエストに応えるために覚えていた歌を、今度は自分が出会い、ほかの人へ知らせるために選ぶ。
演歌師として蓄えた歌の世界を、次へ渡そうとする動きでした。
「永遠鉄道」生演奏バージョン(2019年公開)
2024年、歌詞の中に目の前の相手を見つけた
梶原あきらは、十代のころに渥美と同じ寮で暮らし、演歌師として修業した仲間です。
その後は故郷の石巻へ戻り、歌い続けていました。
久しぶりの連絡をきっかけに共演した舞台では、演奏の前にも、若い頃を思い出すやり取りがありました。
梶原によれば、渥美は昔と同じように、舞台袖でギターの弦の音を合わせてくれたそうです。
二人は古賀メロディーや当時のムード歌謡を一緒に歌い、梶原は上京した十六歳の頃へ気持ちが戻ったと話しています。
共演の後、渥美が過去の自作曲を見直すと、「千住ブルース」の歌詞が梶原の歩んだ人生と重なりました。
そこで、今度は二人で歌おうと提案します。
若いころの仲間を描いた作品に、その仲間自身が加わったのです。

画像出典:カラフル
同じ寮で暮らした記憶を語り合うだけでなく、再びギターを用意し、かつての歌を一緒に歌えた。
その再会を経て、渥美の自作曲にも、今の二人で歌う理由が見つかったのです。
渥美が仲間たちへ向けていた歌を、梶原も自分の歩みと重ねて歌う。
自分にはない味を、同じ歌に迎える
2024年7月24日に発売されたデュエット版について、渥美は、梶原が長年お客さんの前で歌い続けてきたことに触れ、自分にはない味があると話しています。
一方の梶原は、渥美と一緒の録音に、かつてないほど緊張したと振り返りました。
同じ道から出発しても、その後の歌い手としての時間は、それぞれに積み重なっていたわけです。
渥美は、七十歳を過ぎたら好きな歌をゆっくり歌っていこうとも考えていました。
ところが梶原との再会で、再び力が湧いてきたといいます。
過去の曲を歌い直すことが、新しい目標にもなりました。
「千住ブルース」の変遷は、自分の歌に、長く歌い続けた相手の味を迎えたことにあります。
仲間を思って一人で歌う作品から、その仲間と声を合わせる作品へ。
二人の再会は、曲の中にいた人を、歌う側へ連れてきました。
曲の中での声の選択と、日々の発声の準備については、渥美二郎の歌い方で掘り下げています。







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