樋口楓の歌は、強い声で前へ進むロックだけでは終わりません。
言葉をはっきり立てる歌手が、あえて滑らかに歌い、バラードでは自分の弱さへ向き合い、コーラスの中に別の表情を作る。
その歩みには、声の迫力と同じくらい、歌の選択肢を増やしてきた時間が刻まれています。
ファンの曲を歌う場所から、基礎を学ぶ場所へ
樋口楓は、2018年二月ににじさんじのライバーとして活動を始めました。
雑談やゲームの配信と並んで、歌も活動の大切な柱になっていきます。
最初からメジャーデビューを見据えていたわけではありません。
歌を公開し、応援してくれる人へ感謝を届けるために、ファンが作ってくれた曲を歌うようになりました。
受け取った曲を自分の声で返す関係が、音楽活動の出発点にありました。
2019年一月の「KANA-DERO」を経て、自分の実力への危機感から、ボーカルレッスンを受け始めます。
トランペットの経験で息には自信があったものの、先生の歌を前に、発声の基礎から学んでいたと話しています。
楽器の経験があることと、歌を自在に扱えることは、そのまま同じにはなりません。
人前で歌った経験が、自分に必要な練習を見つめるきっかけになった。
初期の大きな変化は、声が強いと評価されるだけで満足せず、歌を学ぶ側へ踏み出したことでした。
『MARBLE』と『AIM』で、自分の内側も歌にする
2020年三月、「MARBLE」でメジャーデビューを果たします。
同年十二月には、最初のアルバム『AIM』を発表しました。

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「MARBLE」の録音では、今の実力で大丈夫だろうかという不安も抱えていました。
一度歌ったものを聴き直し、納得できないところは自分から録り直しを願い出ています。
用意された歌を歌い切るだけでなく、残る声を自分で確かめる姿がありました。
『AIM』の「アンサーソング」は、VTuberにならなかった別の自分を描く曲です。
全面的な前向きさより、少しだけ進めればいいという気持ちを込めました。
強いバンドの音に乗せるからこそ、ためらいや心の揺れも、そのまま歌に持ち込めます。
一方、「Q」では、みきとPのディレクションで荒々しい歌へ向かい、冒頭のシャウトも録っています。
ネットで感じる苛立ちや葛藤を、かっこよさへ振り切った歌で出す。
アルバムは、声の強さの中へ、違う感情を入れていく場所にもなりました。
『AIM』では、「mìmì」のような素朴なバラードにも挑戦しています。
ロックを軸にしたアルバムの中で、静かに聴かせる声も試していました。
ここから見えるのは、同じロックでも、歌う自分の立ち位置は変えられるということです。
前へ進みたい自分と、進みきれない自分、怒りを外へ出す自分。
声の勢いだけで一つにまとめず、曲ごとに違う自分を歌う幅が育っていきました。
「Baddest」の激しさと、バラードの難しさ
2021年の「Baddest」は、初めてのアニメ主題歌です。
冒頭のシャウトは、仮歌の音をそのまま使うものと思っていたところ、歌を録り終えた後に本人も挑戦することになりました。
本人さえ驚く声が、曲の入口に加わっています。
作品のために歌うことは、自分の色をすべて消すことでもありませんでした。
「Baddest」では、アニメの世界と樋口楓の両方へつながる歌詞を、本人も大切に受け止めています。
どちらか一方へ寄せすぎない均衡が、主題歌を歌う新しい課題になりました。
同じシングルの「ikiteku.」では、別の難しさに向き合いました。
怒りや楽しさをぶつけるロックに対して、バラードは弱さや感謝をそのまま差し出すようで、恥ずかしさがあったといいます。
勢いでは進めない歌へ挑むことが、自分の成長につながると考えていました。
静かな歌では、伝えたい気持ちと、正確に音を出すことの両方へ集中する必要があります。
本人は、大きく感情を放つときとは違う緊張を感じていました。
歌の幅が広がるほど、強い声だけでは越えられない課題も見えてきたのです。
2022年、怖く見せたくなかった自分も声へ出す
2022年の『i^x=K』では、好みの音楽をさらに広く取り入れました。
「怠ッセイ!怠ッセイ!」では、小さい頃の不満を率直に出す自分を思い出して歌っています。
強い印象が怖さにつながることを気にしていた本人にとって、怒りや心の叫びを曲の面白さへ変える挑戦でした。
制作したYASUHIRO(康寛)は、「ハイカラ浪漫」と「Baddest」の声の印象の違いにも驚いていました。
樋口自身は、意図的に声を変えたというより、経験による気持ちの変化や、ディレクションの影響もあると捉えています。
歌手が一人で声を作り替えた、という単純な話ではありません。
好きな音楽へ近づくことと、自分の声をその中で成立させることには、間に制作のやり取りがあります。
可愛く歌いたい気持ちがあっても、曲全体には別の表情が合うことがある。
表現の幅は、本人の好みと、周りから返ってくる声の両方によって広がっていました。
『三D』で、歌いたい声を言葉にできるようになる
2023年には、自分が歌いたい曲を、以前より言葉にできるようになったと話しています。
全曲がタイアップの『三D』では、明るくまっすぐな「Bravery? Naturally?」から、言葉の強さを抑える「Around the bizarre world」まで、作品ごとに表現を選びました。
自分の得意な声を見つけることは、すべての曲を同じように歌うことへはつながりませんでした。
作品の主人公や風景を受け取ることで、声を明るくする必要も、流れを柔らかくする必要も生まれる。
強い持ち味を持ったまま、その出し方を選ぶ段階へ進んでいきます。
休止を経た「Reset and…」は、悔しさを前へ出す歌
2023年秋、声帯結節の手術で活動を休み、復帰後に『GAME GIRL』の制作を進めました。
2024年の「Reset and…」には、声を出せない期間の不安や悔しさが込められています。
ただ暗く歌うのではなく、暗くなりすぎないよう調整し、悔しさを声の張り方へつなげたと本人は話しています。
本人が考えるリセットは、それまでの自分をなかったことにする意味ではありません。
不安だった自分も含めて自分であり、再出発しても活動を続けていく。
休止中に寄せられた思いも受け止めながら、歌う場所へ戻ってきました。
ここで大切なのは、手術前後の声を一言で良くなった、悪くなったと決めることではありません。
本人が経験をどう歌へ移したかを見ると、単なる元気な再出発とも違う表情が分かります。
悔しさを消さず、それでも聴き手を暗闇へ置き去りにしない歌を選んでいました。
声を重ね、自分の中の何人もの声を使う
2025年の「CALLING†」では、歌い方とコーラスの重ね方を自分から提案しました。
アニメの主題歌を引き受けるだけでなく、どう声を組み合わせれば曲が深まるかまで、歌手として判断しています。

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2026年の『PLATFORM』に収めた「Golden Road」では、FLOWのTAKEと制作し、メロディー、ラップ、トランペットを一曲に持ち込みました。
さらに、何人もの人物がいるようなガヤも一人で担当しています。
声の多彩さそのものが、曲の楽しさを担うようになりました。
樋口は、自分の歌いたいことを大切にしながら、同じ歌ばかりになる不安も感じていました。
だから、違う作り手や作品と関わり、新しい気付きを得ようとしています。
自分らしさを守る姿勢と、歌を広げる姿勢は、彼女の中で両立しているのです。
ファンの曲を自分の声で返していた頃から、歌い方や録音の重なりを提案する現在へ。
樋口楓の歌の変化は、声量の増減より、曲のために選べることが増えた歩みとして捉えると鮮明です。
言葉の出だしや、流れる歌、コーラスの工夫は、樋口楓の歌い方で詳しく取り上げています。







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