金子マリの歌い方・歌唱力|「感情を入れない」のに歌が熱くなる理由

金子マリの歌い方と歌唱力 シンガー

金子マリさんは、日本の女性ロックボーカルの草分けとして語られる歌手です。
しかし本人が歌について口にしたのは、熱唱の秘訣とは正反対に見える言葉でした。

「ボーカルは自分の感情を入れたらおしまい」。
文字どおりに受け取れば、冷静に、無感情で歌うという意味にも見えます。
ところが金子マリさんの歌から聴き手が受け取るのは、むしろ体温や切実さです。

この矛盾を解く鍵は、感情の量ではなく、歌へ入る順番にあります。
自分の気持ちを先に曲へ押しつけず、言葉、メロディー、アレンジ、共演者の音を受け取る。
その後で曲を自分の世界へ引き込み、ステージの中で生きたものへ変える。

金子マリさんの歌唱力は、最初から前へ出続ける強さではありません。
曲に耳を澄ませながら、必要な瞬間だけ声の重さを変えられることにあります。

「感情を入れたらおしまい」は、無感情に歌うという意味ではない

金子マリさんは、歌手が自分の感情を入れてしまえば終わりであり、歌詞やメロディーを受け止めて歌うだけだと話しています。
この発言だけを見ると、表現を抑える主義のように感じるかもしれません。

実際に否定しているのは、感情そのものよりも、歌より先に自分を置くことです。
悲しい曲だから悲しそうな顔を作る、盛り上がる曲だから最初から力む、といった決め打ちをしない。
まず作品が何を求めているのかを受け取り、声の形はその後についてくるという考え方です。

だから、聴き手が感じる熱さと本人の言葉は矛盾しません。
自分の感情を説明するために歌うのではなく、曲の中にある出来事をその場で起こす。
聴き手は、作られた表情ではなく、曲が動き出した瞬間の生々しさを受け取ります。

声が曲を引っ張るのは、曲を覚えた後にやってくる

2019年のMari & Bux Bunny シーズン2では、新しいメンバーと難しい曲へ取り組みました。
金子マリさんは、普段なら出る高音まで出なくなるほど大きなプレッシャーを感じたと振り返っています。

興味深いのは、その先です。
ベースの鳴瀬喜博さんによれば、曲を覚えた後の金子マリさんは、それを自分の世界へ引き込み始めました。
元のメロディーを動かし、声を重ね、歌の勢いによってイントロの構成まで変わることがあったといいます。

バンドの音を受けながら歌う金子マリ

これは、最初から好きに崩して歌うこととは違います。
まず決められた曲と格闘し、体へ入るまで待つ。
十分に受け取った後で初めて、メロディーやバンドの方が声に反応し始めます。

歌が自由に聞こえるのは、約束を知らないからではなく、約束を知ったうえで動かせるからです。
金子マリさんの即興性は、型を飛ばした近道ではありません。
覚える時間の先にある自由です。

金子マリの強さは、ずっと前へ出続けないことにある

Mari & Bux Bunnyの前身、金子マリ&バックスバニーには、演奏が一時間近く続くこともある曲がありました。
長いベースソロの間、ボーカルが歌わない時間も当然生まれます。
金子マリさんは、その時間を通じてタンバリンが上達したと笑っています。

小さな逸話ですが、歌い方の本質がよく表れています。
ボーカルは常に曲の中心で歌い続ける存在ではなく、演奏の一員として待つこともできる。
声を出さない時間まで音楽の中に残れるから、次の一声が大きく聞こえます。

太い声や高音だけを取り出すと、力の強さが魅力の中心に見えます。
本当の強さは、声を足す場面と引く場面を分けられることです。
バンドが広がる場所では声がその上を支配せず、言葉が必要な場所では一気に前へ出る。

カルメン・マキさんの歌い方にも、静かな声と巨大な声の距離を一曲の中で使う魅力があります。
金子マリさんの場合は、さらに共演者の演奏へ自分の居場所を空けられることが、歌の熱を生んでいます。

「下北のジャニス」は便利だが、声の説明としては足りない

金子マリさんは「下北沢のジャニス」と呼ばれてきました。
ブルースやロックを歌う女性の先駆者として、ジャニス・ジョプリンを連想させる呼び名は分かりやすく、時代の空気も伝えます。

ただし、その呼び名だけで歌声を理解したことにはなりません。
しゃがれた声で激しく叫ぶことだけが魅力なら、長い活動の中で歌う曲も共演者も、ここまで広がらなかったはずです。

金子マリさんはRCサクセションの作品とツアーへ参加し、米米CLUBのツアーでも歌い、自分のバンドではソウル、ロック、ファンクが混ざる場所に立ってきました。
前へ突き抜ける声だけでなく、誰かの歌の後ろへ回る声、重なって厚みを作る声、会場へ言葉を置く声を使い分けています。

似ている声を探す呼び名は入口として面白いものです。
しかし長く残った理由を知るには、誰と演奏しても自分の色だけで塗りつぶさない柔軟さまで見る必要があります。

高音を一つの発声名で決めると、歌の仕掛けを見失う

金子マリさんの高音を、地声、裏声、ミックスボイスのどれか一つへ分類したくなる人もいるでしょう。
実際の歌では、同じ曲の中でも声の強さ、息の量、言葉の輪郭が変わります。

外から声帯の動きを確かめることはできないため、特定の発声法だけで歌っているとは断定できません。
しかも、金子マリさんの魅力は高音の瞬間だけにありません。
低い話し声に近い場所から始まり、バンドが動くにつれて声の密度が変わる過程にあります。

高音を出す直前から大声にしてしまうと、この距離が消えます。
小さな声を弱さとして捨てず、曲のどこで声を前へ出すのかを考える方が、金子マリさんの歌から学べることは多くなります。

高音の張り上げを直す考え方を確認したい場合も、本人の声色を真似るのではなく、自分の声が急に重くなる位置を知るために使ってください。

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あがり症だった歌手が、ステージを最も自由な場所に変えた

現在の堂々とした姿からは意外ですが、金子マリさんは長く強いあがり症でした。
演奏が始まっているのに、このままステージから帰ってしまいたいと思うことさえあったと話しています。

それが後年には、ステージが最もリラックスでき、自分を自由に出せる場所へ変わりました。
緊張しなくなる特別な技を見つけたという単純な話ではありません。
多くの共演者と演奏し、決めた通りにいかない時間を何度も経験するうち、ステージ上の変化を失敗ではなく音楽として受け取れるようになったのでしょう。

ステージを自由な場所へ変えてきた金子マリ

この変化は、「感情を入れない」という言葉ともつながります。
自分をよく見せようとする意識が先に立つほど、予定外の音は怖くなります。
曲と共演者を先に受け取れば、予定外の出来事も自分が反応できる材料になります。

歌唱力とは、正しい音を再現する能力だけではありません。
その場で起きたことを受け止め、次の一声へ変えられる余白も含まれます。

真似したいのは声色ではなく、自分の出番を急がない姿勢

金子マリさんへ近づこうとして、最初から声を太くしたり、無理にかすれさせたりする必要はありません。
本人のキャリアを見ても、強い声だけを守り続けてきたわけではありません。

参考にしやすいのは、曲へ入る順番です。
歌詞を読んですぐ感情を作る前に、メロディーがどこで上がり、伴奏がどこで空くのかを確認する。
最初から最大音量で歌わず、共演者や伴奏へ任せられる場所を残す。
曲を覚えた後で初めて、自分ならどこを動かしたいか考える。

これは金子マリさんの歌い方を再現する練習ではなく、本人の発言と歩みから受け取れる姿勢です。
声色の物まねより、自分の出番を急がないことの方が、歌を生きたものに変えやすくなります。

痛みや強いかすれを我慢して歌う必要はありません。
発声中の痛み、声が出しにくい状態、普段より低い話し声が続く場合は練習を休み、必要に応じて耳鼻咽喉科などへ相談してください。

金子マリの歌唱力は、曲を受け取ってから自由にする力にある

金子マリさんの歌が熱いのは、感情を大量に注ぎ込んでいるからではありません。
自分の感情を先に置かず、曲と演奏を十分に受け取るからこそ、必要な瞬間の声が作り物に聞こえないのです。

難しい曲に苦しみ、覚えた後には自分の世界へ引き込み、長い演奏では歌わずに待つ。
かつては逃げ出したいほど緊張したステージを、最も自由な場所へ変えていく。
一見ばらばらな出来事は、すべて「自分を先に出さない」という一点でつながっています。

声量や高音は、その姿勢から生まれる結果の一部です。
曲の中へ入る前に自分を見せようとせず、入った後には恐れず曲を動かす。
その順番を守れることが、金子マリさんの歌い方と歌唱力の核心です。

歌声が高校時代の10円コンサートから現在までどう変わったのかは、金子マリさんの歌唱変遷で詳しく追っています。

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