本田美奈子.の歌い方・発声|ロングトーンの奥にある「声を往復する力」

本田美奈子.の歌い方と発声を分析する記事のアイキャッチ シンガー

本田美奈子.さんの歌唱力を語る時、約30秒に及ぶ「つばさ」のロングトーンがよく取り上げられます。
あれだけ長く声を保てることは、もちろん並外れた強みです。

ただし、本田さんの発声を長く伸ばせる息だけで説明すると、もっと面白い部分を見落とします。
本当の特徴は、アイドルらしい明るい声、ロックの強い声、役を生きる舞台の声、クラシカルな頭声を、一人の中で使い分けられたことです。

しかも、最初から何でもできたわけではありません。
1991年に本格的な歌唱レッスンを始めてから2004年まで学び続け、すでに人気歌手だった自分の歌い方を何度も作り替えました。

一本の長い声より、異なる声の世界を行き来できたこと。
そこに、本田美奈子.さんを「高音のすごい歌手」だけで終わらせない魅力があります。

「つばさ」の長さより、フレーズが止まらないことがすごい

ロングトーンの数字は分かりやすいため、歌唱力の証明として独り歩きしがちです。
ところが、本田さんと長く舞台を共にした指揮者が高く評価したのは、秒数ではなく「小節線を越える力」でした。

楽譜には、小節ごとの区切りがあります。
けれど歌まで四角く区切れると、言葉や感情が一小節ごとに止まってしまいます。

本田さんは、次の小節、その先の言葉まで見通して旋律を運びました。
息を大量にためて我慢するというより、一つの思いがどこへ着地するかを決め、そこまで声を途切れさせないのです。

この違いは、声を止める場所にも表れます。
長く伸ばしていても次の言葉へ気持ちが残っていれば、音の終わりは曲の終わりになりません。
聴き手は一息の長さに驚きながら、同時にその先を待たされます。

だから「つばさ」の長い音も、スポーツの記録には聞こえません。
曲の時間が止まり、言葉にならない感情だけが伸びていく場面として成立します。

ロングトーンを安定させる考え方を知りたい人も、まず秒数より、声をどこへ届けて終えるかに注目すると見え方が変わります。

『ミス・サイゴン』で、音を当てる歌から役の時間を生きる歌へ変わった

ミュージカルで役の時間を生きる歌へ踏み込んだ本田美奈子

大きな転機は、1992年に初演された『ミス・サイゴン』でした。
本田さんは約1万2000人の応募者からキム役に選ばれますが、稽古に入るまで本格的な声楽レッスンを受けていませんでした。

すでにヒット曲を持ち、日本武道館にも立った歌手が、歌い方を基礎から学び直す。
この順番が、本田さんの異例さをよく表しています。

舞台では、きれいな高音を一つ出せば終わりではありません。
台詞から歌へ入り、相手役の言葉を受け、感情が変わっても、人物の時間を切らさずに歌う必要があります。

初演の序盤には厳しい評価もありました。
それでも長期公演の中で成長を続け、同じ役を演じる声が公演ごとに深まっていきます。

この経験によって、高音は見せ場から物語の一部へ変わりました。
声量や音域を誇るのではなく、人物が次に何を言わずにいられないのかを運ぶ声になったのです。

地声、ミックス、頭声を「別の部屋」にしなかった

本田さんの高音を地声か裏声かの二択で決めるのは難しいでしょう。
舞台の音楽監督は、低い地声系の声から、その上の混ざった声、さらに高い頭声までを使っていたと説明しています。

初心者向けに言い換えるなら、一階の力強い声、二階の軽さを含む声、三階の高く澄んだ声があったということです。
重要なのは、三つの部屋を持っていたことより、階段で行き来できたことでした。

低い音の厚みを高音まで無理に持ち上げると、首や顎が固まりやすくなります。
反対に、高音だけ急に軽くすれば、言葉の人物像が途中で変わって聞こえます。

本田さんは曲と役に応じて配分を変え、声質が変わっても一つのフレーズとしてつなぎました。
この考え方は、地声と裏声をなめらかにつなぐ声区融合にも通じます。

『Junction』では一曲の中でポップスとクラシックを往復した

歌い方の多さが最もよく表れた実験の一つが、1994年のアルバム『Junction』です。
収録された「命をあげよう」では、ポップス寄りの声とクラシカルな声を一曲の中で行き来しました。

同じ旋律をどちらか一方の正解へ統一するのではありません。
言葉の距離や感情の大きさに合わせ、話す人に近い声から、劇場全体へ広がる声へ移ります。

これは、クラシックを学んだので昔の歌い方を捨てた、という変化ではありません。
ロックで得た鋭さも、アイドル時代の明るさも残したまま、新しい響きを加えています。

ミックスボイスと地声の違いを用語だけで覚えると、声を箱に分けたくなります。
本田さんの歌は、分類よりも「今の言葉にはどの声が必要か」が先にあると教えてくれます。

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クラシック転向ではなく、100曲から自分の歌を探した

クラシカル作品を自分の声へ作り替える選曲を進めた本田美奈子

2003年の『AVE MARIA』は、ポップス歌手が有名なクラシック曲をきれいに歌った企画ではありません。
制作前、本田さんは自分が過去に歌った102曲を選び、歌手として何をしてきたのかを制作側へ渡しました。

返ってきた候補も100曲を超えています。
そこから実際に歌い、キーを変え、録音し、どの曲なら自分の言葉になるかを確かめました。

声楽の型へ自分を押し込むのではなく、長年増やしてきた声のどれを使えば、古い旋律が自分の歌として届くかを探したのです。
そのため、後期の歌声を単純にオペラ歌手の発声と呼ぶのも正確ではありません。

クラシックを専門に聴く人の中には、声楽家とは別の歌い方だと見る声もありました。
一方で、初期から追っていた聴き手には、響きが解放され、言葉の奥行きが増した変化として受け止められています。

二つの見方は矛盾しません。
本田さんが目指したのは、別の職業へ移ることではなく、クラシックの旋律まで自分の物語として歌えるポップス歌手になることだったからです。

真似するなら、約30秒ではなく「今の自分を捨てて学べる強さ」

本田さんへ近づこうとして、長いロングトーンや細いソプラノ声をそのまま真似するのはおすすめできません。
長時間の発声も高い頭声も、13年に及ぶレッスンと舞台経験の上に成り立っています。

参考にしたいのは、すでに成功した歌い方を完成形だと思わなかった姿勢です。
ロックでは荒さを受け入れ、舞台では役の時間を学び、クラシカル作品ではキーと曲を一から選び直しました。

「自分らしい声」は、一つの癖を守り続けた結果ではありません。
新しい歌い方を加えても、言葉を最後まで届けようとする意志が残ったため、どの時代にも本田美奈子.さんがいます。

まとめ

本田美奈子.さんの歌い方・発声で最もすごいのは、約30秒のロングトーンだけではありません。
地声系の強い声、混ざった中高音、クラシカルな頭声をつなぎ、アイドル、ロック、舞台、クラシックの間を往復できたことです。

その土台には、『ミス・サイゴン』をきっかけに始め、2004年まで続けた学びがありました。
成功した後から基礎へ戻り、声を増やし続けたからこそ、一つの小節を越えて感情を運べたのです。

1985年のデビューからWild Cats、ミュージカル、『つばさ』、『AVE MARIA』へ、声の選択肢がどう増えたのかは、本田美奈子.さんの歌唱変遷で年代順にたどります。

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