真田ナオキの歌い方・発声|作っただみ声を「引き算」で育てた理由

真田ナオキの歌い方と発声を解説する記事のアイキャッチ シンガー

真田ナオキさんの歌声には、少し驚く来歴があります。
現在のざらついた声は生まれつきではなく、歌手を目指した本人が「細くて特徴がない」と悩み、声に色をつけようとした結果でした。

ただし、海辺で叫ぶ、日本酒でうがいをする、唐辛子を食べるといった当時の行為は、決して真似してよい発声法ではありません。
むしろ真田さんの歌が面白くなったのは、その荒々しい声を得た後です。

毎日同じ声を出そうとせず、その日の状態を見て歌い方を変える。
曲によっては得意のガナリさえ封印し、強く出すところと引くところを分ける。
この制御を覚えたことで、ただ珍しいだけの声が、人の気持ちを演じ分けられる「ノックアウトボイス」へ育ちました。

「歌の才能がない」と言われ、声に色をつけようとした

歌手を志した真田さんは、最初に民謡を習いました。
そこで返ってきたのは、歌ではなく三味線を勧められるほど厳しい評価だったといいます。

当時の本人が悩んでいたのは、高い声が出ないことだけではありません。
自分の声に目立つ特徴がなく、音程もうまく取れないと感じていました。
そこで技術を整える前に、声そのものへ強い色をつけようと考えます。

この発想から生まれたのが、現在のしゃがれた声です。
しかし結果だけを見て、「喉を荒らせば個性的な歌手になれる」と受け取るのは危険です。
本人も血が出るほどだったと振り返る行為であり、声を健康に育てる一般的な訓練とはまったく違います。

興味深いのは、正攻法から外れた選択をした若者が、その後は誰よりも細かく声の変化と付き合う歌手になったことです。
真田さんの現在地は、乱暴な出発点だけでは説明できません。

吉幾三が見つけたのは「上手さ」ではなく面白い声だった

2015年、吉幾三さんの前で歌う機会を得た時、真田さんが受け取った言葉は「うまい」ではなく、「面白い声」でした。
民謡の先生から弱点として見られた声が、別の歌い手には個性として聞こえたのです。

この違いは、歌唱力を点数のように一列で考えられないことを示しています。
音程が正確か、声量があるかだけではなく、最初の一節で誰の歌か分かることも歌手の力です。

師匠になった吉さんは、録音で型へ押し込むより、自分らしく遊んで歌うよう促しました。
真田さん自身も、師匠の歌い方が好きで、その節回しを受け継ぎたいと語っています。

吉幾三さんの歌い方にある、笑いと哀愁を同じ声の中へ置く感覚は、真田さんにもつながっています。
ただし弟子の声は師匠のコピーではありません。
もっと若く直線的な勢いと、ひと声で空気を変える粗い輪郭が前へ出ます。

本気で惚れたを歌う真田ナオキ

だみ声の正体を声帯の使い方だけで断定できない

真田ナオキさんの声を、声帯を強く閉じた声、エッジボイス、ガナリ、ミックスボイスなど、一つの専門用語で説明したくなるかもしれません。
しかし本人は、喉の内部がどのように動いているかを医学的に公表していません。
外から聞こえる音だけで声帯の状態を決めつけることもできません。

確かに、声の表面にはざらつきがあり、強い言葉では唸るような成分も使われます。
一方で、すべての音を同じ粗さ、同じ音量で押し通しているわけではありません。
音を伸ばす場所では響きを残し、語るような場所では声を細くし、曲によってガナリを外しています。

つまり魅力の中心は、だみ声という固定された音色だけではありません。
粗い声を、言葉の意味に合わせて濃くしたり薄くしたりできることです。

その日の「しゃがれ方」を確認してから歌を組み立てる

真田さんは、自分の声を「ナマ物」と表現しています。
現場で一声出し、その日のしゃがれ方を把握してから、歌い方や話し方を調整するそうです。

これは、いつでもCDと同じ音色を再現することだけを目標にしていない、という意味でもあります。
声のざらつきは体調や会場によって印象が変わるため、変化を無理に押さえ込むより、その日に出る声を材料にします。

ライブで歌詞や音程より熱が先へ出る瞬間についても、本人は隠していません。
もちろん正確さを軽視してよいという話ではありませんが、整いすぎた再現より、その場で客席と作る一回性を選ぶ歌手なのです。

ファンの感想でも、低音の太さやサビの伸びだけでなく、話す時の親しみやすさと歌った瞬間の迫力の差が繰り返し語られています。
歌の前後まで含めた落差が、声を実際以上に大きく感じさせます。

「246」では力むのに、聞き手には伸びやかに届く

「246」の制作をめぐる説明には、一見すると矛盾があります。
本人は力んで歌っている感覚を持っている一方、制作側からは余計な力が抜け、響きが豊かになったと評価されました。

ここでいう「力む」は、首や喉を固めて音を押し上げることと同じではありません。
人物の感情を強く押し出す気持ちと、声を実際に響かせる身体の使い方は分けて考えられます。
真田さんの場合、勢いのある言葉へ気持ちを乗せながら、音の出口まで塞がない歌い方へ変わってきたと説明されています。

本人は、まず仮歌から曲の感じをつかみ、車の中で何通りもの歌い方を考え、録音へ持ち込むと話しています。
荒々しく一発で歌うように見えて、その前には複数の選択肢を準備しているわけです。

この準備があるから、強く唸る部分が偶然の勢いで終わりません。
毎回まったく同じではなくても、曲の人物として必要な熱へ着地できます。

「Nina」は14回の名前を、技術ではなく想像で変えた

10周年の「Nina」では、同じ名前を曲中で14回呼びます。
真田さんは、そのすべてを別の気持ちで呼ぶと決めていました。

朝に起こされる場面、出かける時、帰宅した時、けんかした時。
発音や声色を機械的に14種類へ変えるのではなく、頭の中に違う場面を置けば感情が声へ乗る、という考え方です。

これは専門用語を知らない人にも、真田さんの歌い方を理解しやすい話でしょう。
悲しい声を作ろうとして眉間に力を入れるのではなく、歌の相手が今どこにいて、何をしているかを想像する。
その想像が、同じ短い言葉へ少しずつ違う温度を与えます。

だみ声が強い歌手は、どの曲も本人の個性で塗りつぶしてしまう危険があります。
真田さんは逆に、強い個性を残したまま、人物の違いを内側のイメージで作ろうとしています。

Ninaを歌う真田ナオキ

ガナリを使わない曲で、声の幅がはっきりした

真田さんは、自分の得意な表現を常に前へ出すわけではありません。
「SA.KU.RA」では、自分らしさをあえて消し、ガナリを使わずに歌うことを意識しました。

武器を封印すると個性が薄くなるように思えます。
ところが粗さを減らした声があるからこそ、別の曲でガナリを戻した時の衝撃が強くなります。
ずっと赤い文字で書くより、黒い文章の中に一か所だけ赤を置く方が目立つのと同じです。

2026年には、怒髪天、BEGIN、MONGOL800のメンバーが関わる曲へ進みました。
力強いロックの声だけでなく、南の島を思わせる柔らかなラブソングにも挑み、師匠の曲で育てた声を別の作家の世界へ運んでいます。

新しい作風でも残るのは、整った美声より、その人が今ここで語っていると感じさせる近さです。
声の粗さは入口ですが、最後まで聞かせるのは言葉の表情です。

真似したいのは喉の粗さではなく、表現を選ぶ考え方

真田ナオキさんの声へ近づこうとして、わざと喉を枯らしたり、酒や刺激物で声を荒らしたりしてはいけません。
痛み、強いかすれ、普段より低い話し声が続く場合は歌唱を止め、必要に応じて耳鼻咽喉科へ相談してください。

参考にできるのは、声を傷つけた方法ではなく、その後の考え方です。
その日の声を確認する、曲に合わなければ得意技を引く、同じ言葉にも場面を置く、強い声の前に別の色を作る。
これらは声質が違う人にも応用できます。

高音で声がかすれる原因と改善法で扱っているように、かすれは個性になる場合もあれば、休むべき異常の合図になる場合もあります。
歌手の完成した音色と、自分の練習中に起きる不調を同じものだと考えないことが大切です。

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真田ナオキの歌声は、足した粗さより引ける強さが面白い

真田ナオキさんは、特徴のない細い声に悩み、自分で声へ色をつけようとしました。
その極端な出発点が吉幾三さんとの出会いを呼び、「面白い声」が歌手の看板になりました。

しかし現在の魅力を作っているのは、昔の無茶を続けていることではありません。
日によって変わる声を受け入れ、曲に合わせてガナリを外し、強さを引き、同じ名前へ違う記憶を置くところまで表現を細かくしています。

強い声を持つ人が、強く歌わない選択を覚えた。
そこに、真田ナオキさんの歌い方のいちばん面白い成長があります。
声がどの作品を境に変わったのかは、真田ナオキさんの歌唱変遷で時代順にたどります。

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