莉犬さんの歌唱変遷は、高音が出なかった人が高音を手に入れた物語ではありません。
2017年の代表的な歌ってみたにも、すでに明るい高音と台詞のような表情がありました。
大きく変わったのは、声の使い道です。
一人で既存曲の主人公を演じる投稿から始まり、自分の人生を作詞し、声優として別の人物を演じ、アニメ主題歌では歌とセリフを一つにし、2025年には武道館の物語全体を自ら作りました。
そして2026年、活動初期の「おねがいダーリン」を9年ぶりに同じ公式チャンネルで歌い直しています。
二つの動画が並んだことで、変わったものだけでなく、最初から残っている莉犬さんらしさまで見えるようになりました。
歌が上手くなったという一言では足りません。
借りた物語を鮮やかに演じる声が、自分の言葉を持ち、多くの人と一つの世界を作る声へ広がった10年です。
2016年から2017年、歌ってみたで「声の人物」を先に作った
莉犬さんは2016年1月に活動を始め、その年にすとぷりへ加わりました。
初期の中心は、既存曲を自分の声で届ける歌ってみたです。
2017年4月に公開された「おねがいダーリン」は、後に活動初期を象徴する一曲になりました。
歌と会話が近い曲であり、速い言葉の中に強気、照れ、甘さを置けるため、後年のキャラクター表現へつながる入口がすでにあります。
この時点では、自分の経歴を語るオリジナル曲より、別の作者が作った人物をどう演じるかが前面に出ています。
歌い手として注目されたのは、高い声の珍しさだけではありません。
ファンの記録では、曲ごとにかわいい声、強い声、低い声を行き来することが繰り返し評価されました。
声の種類を増やすことと、登場人物の気持ちを分かりやすく渡すことが、早い段階から結び付いていたのです。
ただし、2017年の録音を現在と直接比べて、発声技術の優劣を断定することはできません。
マイク、録音、編集、伴奏の条件が異なるためです。
比較できる最初のポイントは、活動の入口から歌と台詞の境界が近かったことです。
後年に増えた声優やラジオは、突然別の才能が生まれたのではなく、この入口を別の場所へ伸ばしたものと考えられます。
2019年、「タイムカプセル」で借りた言葉から自分の言葉へ進んだ
2019年、1stフルアルバム『タイムカプセル』が発売されました。
著名なボカロPやクリエイターによる楽曲に加え、本人が作詞した曲も収録されています。

表題曲は、活動で積み重ねた思い出を未来へ残す作品です。
既存曲の人物を演じるだけでなく、「誰へ何を残したいか」を自分の経験から決める段階へ入りました。
同じアルバムには「ルマ」のような速く鋭い曲と、自身の人生を言葉にした「Since 1998.」もあります。
一枚の中で、歌い手として期待される勢いと、本人にしか書けない言葉が並びました。
2019年のソロライブも、後の武道館公演から振り返れば重要です。
動画の中で完結していたキャラクター表現を、観客と同じ時間を共有する舞台へ持ち出す必要が生まれました。
この時期の変化は、かわいい声から大人の声になったことではありません。
声の向こうにいる相手が、動画を見つけた不特定の人から、思い出を一緒に残すリスナーへはっきりしてきたことです。
2021年、歌う理由を「逃げ場になりたい」と言葉にした
活動5年を振り返った時、莉犬さんは、つらい気持ちで押しつぶされそうな人の逃げ場になりたいと話しました。
学生時代にインターネットの動画や歌が自分の心を守った経験が、その理由になっています。
この言葉によって、オリジナル曲の方向が一本につながります。
自分を説明するためだけに歌うのではなく、過去の自分と似た場所にいる誰かへ声を渡すことが活動の目的になりました。
同年には初の公式ファンブックも作られ、歌、アニメ風動画、キャラクター、活動の思い出が一冊へ集められました。
声だけで活動してきた人が、自分の歩みを物語として編集し直した時期でもあります。
歌唱の変化を考える時、この「誰へ」の変化は音域より重要です。
高い声が同じでも、見せるための高音と、相手を励ます言葉を運ぶ高音では、曲の役割が違います。
2022年、「シャッターチャンス!」で一人の中の表情を作品化した
2ndフルアルバム『シャッターチャンス!』は、前作から約2年後に発売されました。
公式には、莉犬さんが見せるさまざまな表情を全13曲で届ける作品と説明されています。
本人作詞曲に加え、異なる個性を持つ多くのクリエイターが参加しました。
一つの声へ統一するより、曲ごとにかわいい、鋭い、静か、強いを切り替えられることがアルバム全体の価値になります。
個人の感想でも、表題曲のかわいさ、「マンマルダンス」の強さ、「和音」の優しさ、「蒼い嗚咽をもう一度」の低い声が別々に語られています。
評価の言葉が一つへまとまらないこと自体が、この時期の広がりを示します。
歌い手初期にも複数の人物を演じていましたが、ここではその幅が偶然の投稿の集積ではありません。
一枚のアルバムを通して、いくつもの表情を見せることが作品の設計になりました。
莉犬さんの歌い方・発声で扱った中性的な声も、一色の声質ではなく、強さと繊細さを行き来できる土台として働いています。
2023年、声優の仕事で「自分を歌う」ことから一度離れた
2023年には、劇場版『Re:STARS』で主人公・星空エイタ役を務め、劇中歌も歌いました。
初の主演声優という、歌い手活動とは条件の違う挑戦です。
オリジナル曲では、本人とリスナーの関係が歌の中心になります。
一方で劇中歌は、自分ではなく、物語上の困難を抱えた少年として声を届けなければなりません。
ここで、歌ってみた時代から持っていた「別の人物になる力」が、正式な役柄の中へ移りました。
好きな曲を自分らしく歌うことと、脚本上の人物を守って歌うことは似ていますが、自由の範囲は同じではありません。
声優として台詞を演じ、その人物の歌も担当した経験によって、歌と芝居の境界はさらに薄くなります。
翌年のアニメ主題歌で、早口をセリフらしく歌うという課題へ向き合ったことも、この流れの先にあります。
2024年、「へんしん!」で歌と台詞が同じ一小節に入った
アニメ『村井の恋』のオープニングテーマ「へんしん!」は、莉犬さんが長く持っていたキャラクター表現を、本人の言葉で説明できる作品になりました。
早口のAメロは、ただ速く歌うだけではつまらなくなります。
本人は、セリフのように楽しく聞こえることへ苦戦し、一度終えた録音をやり直しました。
短い反応にも複数の気持ちを込め、コメディの勢いと恋の感情を同じ曲へ入れています。
ここでは、歌手が時々台詞を挟むのではありません。
台詞の表情を保ったまま音程へ入り、歌のリズムを保ったまま人物が話します。
2017年の「おねがいダーリン」で見えた歌と会話の近さが、アニメ作品とレコーディングの明確な意図を伴って完成した時期です。
2025年、武道館で「声」から公演全体の作者になった
3rdフルアルバム『言ノ葉ワンダーランド』は、言葉を届けることを大きな軸にした19曲の作品です。
同年8月には、6年ぶりのワンマンライブが日本武道館で3公演行われました。

公演では莉犬さん自身がトータルプロデュースを担当しています。
曲ごとの声を選ぶだけでなく、衣装、映像、ダンス、ゲスト、曲順を含む物語の中で、どの言葉をどこへ置くかを決める立場になりました。
活動初期は、一つの歌ってみた動画の中で人物を立ち上げていました。
2025年には、会場全体を一冊の物語のように組み、キュートな曲、激しい曲、静かな曲を一人の公演としてつなぎます。
歌声が変わっただけでなく、声を配置する範囲が広がったのです。
一音の表情を作る人から、二時間の感情の流れを作る人へ役割が変わりました。
2026年、「おねがいダーリン」を9年後の自分で歌い直した
2026年5月、2017年に公開した「おねがいダーリン」の新しい歌ってみたが公開されました。
同じ公式チャンネルに、9年前と現在の二つが残っています。
録音環境や編集条件が違うため、二本を聴いて発声の成長を数値化することはできません。
それでも、同じ曲を選び直した事実そのものが、10年の活動を振り返る行為になっています。
視聴者の反応では、現在の声を大人っぽいと感じる人、台詞の表情が深くなったと感じる人、昔の少年らしさが残っていると感じる人がいました。
「変わった」と「残っている」が同時に語られたことが重要です。
2017年版で曲の人物を鮮やかに演じたことも、2026年版で言葉の細部へ表情を置いたことも、方向は同じです。
変化したのは、その間に本人の言葉、声優、主題歌、ラジオ、武道館という経験が加わり、短い台詞へ持ち込める背景が増えたことでした。
まとめ
莉犬さんの歌声は、細い声が太くなったという単純な変化ではありません。
2016年から2017年には既存曲の人物を声で演じ、2019年には自分の思い出を作詞し、2021年には歌う相手と目的を言葉にしました。
2022年は多彩な表情を一枚のアルバムへまとめ、2023年は声優として別の人物の歌を担当します。
2024年の「へんしん!」では歌と台詞が同じフレーズで結び付き、2025年には武道館公演全体を自ら設計しました。
2026年版「おねがいダーリン」は、その10年を一曲で振り返れる作品です。
大人っぽくなったと感じる声の中にも、最初からあった明るさと人物を立ち上げる力が残っています。
莉犬さんの進化は、高音域の拡大より、声で引き受けられる物語の大きさが広がったことです。
一曲の主人公から、自分の人生、アニメの役、公演全体へと、声の届く範囲が少しずつ大きくなりました。






コメント