yamaさんの歌声の変化は、静かな声が大きな声へ変わったという話ではありません。
自分をなるべく見せず、曲の中へ溶けていた声が、観客との出会いを通して少しずつ揺れを許し、最後には本人の好みや弱さまで作品へ出せるようになった歩みです。
『春を告げる』の声には、誰が歌っているかを決めつけさせない匿名性がありました。
2026年の『C.U.T』では同じ透明さを残しながら、不完全な人間にしか出せない誤差を大切にしています。
仮面は外していなくても、声の内側にある部屋は確実に増えました。
2018年から2019年、宅録の小さな声が居場所を見つけた
yamaさんは2018年ごろ、インターネットへカバー音源を投稿し始めました。
大勢の前で歌う未来を想定した活動ではなく、自宅で作った歌を数人でも気に入ってくれたらよいという小さな出発でした。
その環境では、周囲を気にせず大声を出せません。
息を混ぜながらも声の芯を消さない方法が身に付き、後のyamaさんを象徴する静かな歌い方が形になります。
やがて、くじらさんの『ねむるまち』へゲストボーカルとして参加し、ロックバンドBINでも歌うようになりました。
この時期は本人の姿より先に声が届き、違う作り手の世界へ自然に溶けられることが強みになっていました。
2020年『春を告げる』で、部屋の声が社会の夜へ広がった
2020年4月に公開された最初のオリジナル曲『春を告げる』は、yamaさんの名前を急速に広げました。
ただし、ヒットの中心にある声は、成功を誇示するような大きな声ではありません。
都会の夜を描くトラックの中で、歌声は感情を説明しすぎず、近くと遠くの間にとどまります。
聴き手は、歌手の顔や経歴より先に、自分の孤独を曲へ重ねられました。
一方で、急に多くの人へ知られた本人には、声だけが先へ進む怖さもありました。
生歌唱には自信がなく、仮面姿が受け入れられるかも分かりません。
『春を告げる』は完成形というより、部屋で守ってきた声が予想外に外へ連れ出された瞬間でした。
2021年、THE FIRST TAKEと初ツアーで声に身体が戻った
一発撮りの舞台へ出る決断は、yamaさんにとって大きな賭けでした。
失敗したら人前で歌うことをやめようと考えるほど緊張しながら、『春を告げる』と『真っ白』を歌い切ります。
その歌唱が受け入れられたことで、ライブへ踏み出す道が開きました。
最初のツアーでは言葉数も動きも少なく、曲を正確に渡すことへ集中しています。

同年の『麻痺』では、静かなメロウさだけではない速さと強さにも挑みました。
それでも声を大きく塗り替えるのではなく、曲に応じてわずかなアグレッシブさを足しています。
この時点では、録音された完成品を再現することと、目の前の観客へ一回限りの声を渡すことの間に、まだ大きな距離がありました。
2022年『Versus the night』で、整いすぎた声と向き合った
二枚目のアルバム『Versus the night』の時期、yamaさんは自分の歌い方を「感情を出さない」「機械的だった」と振り返っています。
宅録では武器だった均一さが、ライブや新しい曲では壁にもなったのです。
録音を重ねると、本人は整った後半のテイクを選びたくなります。
しかし制作側からは、まだ感情が生々しい最初のテイクの方が届くと指摘されました。
歌唱の変化は、新しい技術を足す前に、きれいに整えすぎる癖を手放すところから始まります。
『色彩』では、初期の夜の静けさとは違う明るい役割を引き受けました。
軽快な曲でも透明さを消さず、言葉を前へ運ぶ声が増えています。
ツアーでは身体全体を使う強い高音や、音源より感情を開いた歌唱も見られるようになりました。
声量の増加より、静かな声と強い声を同じ歌手の中で使い分け始めたことが重要です。
2023年『slash』で、怒りを声の外へ出した
『slash』は、ライブで演奏したいという思いから作られた曲でした。
それまで苦手意識のあった、ロックや感情をむき出しにする表現へ正面から進んだ作品です。
初期のyamaさんは、歌詞の感情から少し距離を置き、曲の景色を乱さないように歌っていました。
この曲では怒りや葛藤を隠さず、バンドの強い音と並ぶ声が必要になります。
ライブを始めた当初は、客席を見ることさえ難しく、ほとんど話さずに歌っていました。
しかし経験を重ね、観客とエネルギーを交換する感覚をつかむと、録音にも一回限りの勢いを残せるようになります。

2024年『awake&build』で、歌う人から作る人へ踏み込んだ
三枚目のアルバム『awake&build』では、yamaさん自身が作詞作曲へ関わる曲が増えました。
他の作家が作った世界へ声を合わせるだけでなく、自分が何を歌いたいかを作品の土台から考える段階です。
アルバム名にある「目覚め」と「構築」は、完成した自分を宣言する言葉ではありません。
孤独な過去や仮面の意味を見直しながら、アーティストyamaを自分の手で組み立て直す過程でした。
海外公演では、国によって異なる観客の反応にも触れました。
部屋で一人の誰かへ届けばよかった声が、言葉の壁を越え、知らない土地の合唱や歓声を受け取る声へ広がります。
2025年『; semicolon』で、不完全な自分を歌詞へ入れた
活動初期のyamaさんには、誰にも自分へ注目してほしくないという気持ちがありました。
ところが『; semicolon』では、完璧になれない自分を少しずつ許し、その迷いを本人の言葉で書いています。
セミコロンは、文章を終わらせず次へつなぐ記号です。
ここでは、弱さを克服して別人になるのではなく、中途半端な自分を抱えたまま歌い続ける意味へ変わりました。
歌声にも同じ変化があります。
感情を隠して整えるのではなく、わずかな震えや語尾の揺れを、人間が歌っている証拠として残せるようになります。
匿名性がなくなったのではなく、匿名の器へ本人の言葉が少しずつ注がれた時期です。
2026年『C.U.T』で、自分のルーツを隠さなくなった
『C.U.T』は、yamaさんが好んできた「Chill out」「Urban」「Tender」を正面から組み合わせた作品です。
初期からR&Bやシティポップを好みながら、インターネット発の歌手には別の音を求められているのではないかと考え、好みを目立たないように仕込んだ時期がありました。
現在は、そのルーツを隠す必要はないと考えています。
技術的に完璧なものより、人間だけが残せる誤差、揺らぎ、感情に価値を置き、自分が本当に作りたいポップスへ踏み出しました。
ツアー名の『羽化』も、仮面を脱いで正体を明かすという意味ではありません。
静かな声、弱さ、仮面を持ったまま、表現できる範囲を外側へ広げる変化です。
『春を告げる』では、本人の色を薄くして曲へ溶けることが強みでした。
『C.U.T』では、透明さを保ちながら、好みも揺らぎも本人のものだと認めています。
声が前へ出たのではなく、声の中へ入れてよいものが増えたのです。
まとめ|仮面は同じでも、声の内側にある部屋は増えた
yamaさんの歌唱変遷は、ウィスパーボイスを捨てて力強くなったという単純な成長ではありません。
宅録で生まれた静かな声を残したまま、人前で歌う身体、怒り、本人の言葉、音楽的なルーツを一つずつ受け入れてきました。
2020年は、曲の一部になるために自分の色を引く声でした。
2026年は、人間らしい誤差こそ曲を生かすと考え、自分の色まで作品へ出せる声です。
仮面が変わらないからこそ、内側の変化がよく見えます。
素顔を公開することではなく、声へ何を預けられるようになったかが、yamaさんの本当の「羽化」なのでしょう。
yamaさんの現在の歌い方と発声では、息と芯の間にある声が、なぜ聴き手の感情を決めつけないのかを初心者向けに整理しています。






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