1978年の伴奏は残し、歌だけを40年後の自分に入れ替える。
高橋幸宏の『Saravah Saravah!』は、若いころの仲間たちの演奏の中へ、2018年の本人が入り直したアルバムだ。
録り直した声を聴いた高橋は、むしろ今のほうが若く聞こえると話している。
大人になりたかった最初の歌と、大人になってから選び直した歌。
その間で変わったものを、制作時の迷いと、歌い直しへの長い思いからたどる。
「SARAVAH!」1978年録音・2018年リマスター再発。
ドラマーの最初のソロ作に、憧れの大人像を詰め込む
1978年6月21日、高橋は「高橋ユキヒロ」名義で『Saravah!』を発表した。
サディスティック・ミカ・バンド、サディスティックスで活動したドラマーが、自分の歌を前面に出した最初のソロアルバムである。
坂本龍一が共同制作と編曲に関わり、細野晴臣、山下達郎、吉田美奈子らが参加した。
高橋は後年、ドラマーのアルバムらしくないものを作りたかったと振り返っている。
加藤和彦の『ガーディニア』を手伝った経験や、若いころから憧れたフランス映画、ピエール・バルーの音楽も流れ込んだ。
楽器の腕を示すだけでなく、好きな景色や生活の気分まで、一枚のレコードにしたかったのだ。
兄の高橋信之も、この作品を、弟が兄の影響から離れて自分の音楽を作った出発点として回想している。
本人がよいと思う演奏者を集め、ヨーロッパの映画やファッションを含む好みを形にした。
誰の音楽を聴いてきたかだけでなく、どんな大人でありたいかが、選曲にも歌にも入っていた。
ただ、歌い手としては、まだ自分の型が決まっていなかった。
高橋はARBANの取材で、これほど本格的に歌うのはほぼ初めてで、細野のようになったり、ほかの人をまねたりしていたと話している。
大人っぽい歌詞に合わせようとして、無理をしたところもあったという。
完成度の高い演奏に囲まれながら、自分の声をどこへ置くかを探していた。

写真出典:ARBAN取材
演奏が好きだからこそ、自分の歌を直したかった
元のアルバムには、残しておきたい音が多かった。
高橋によれば、リズム隊は仮歌を聴かず、歌のメロディーを知らないまま一緒に演奏していた。
後年聴き直すと、一斉に始めた演奏が曲の最後までまとまっていることや、各奏者が自分の持ち味を出していることに驚かされたという。
表題曲「SARAVAH!」では、坂本にジョアン・ジルベルトの「エスタテ」を思わせる弦を求めた。
遠くで鳴るようなその響きを、高橋は気に入っていた。
曲から浮かんでほしかったのは、夜に酒を飲んでいるうちに、もうすぐ朝を迎えるような情景だ。
求める世界はすでに音の中にあったが、当時の自分の歌には、格好をつけていたという思いが残っていた。
歌い直しは、周年企画のために急に思いついたものでもない。
2018年の取材で、高橋は十年以上前から考えていたと話した。
TOWA TEIも後年、バンド仲間になった高橋から、演奏を残したまま今の自分で歌いたいという話を何度か聞いていたと寄稿している。
若い日の録音を捨てたいのではなく、その中で歌う自分だけを、納得できるところまで持っていきたかった。
「SARAVAH!」2018年ボーカル再録。
「ボラーレ」の発音も、リズムも選び直す
何を変えたかったのかは、本人がかなり具体的に説明している。
音程、イタリア語の発音やアクセント、歌のリズム、曲の解釈。
「記憶の記録」の取材では、山下達郎や吉田美奈子がコーラスを担っているのに、自分のリードがそのままでは納得できないという思いも語った。
音色が古く感じられた、というだけの話ではなかった。
アルバム冒頭の「ボラーレ」は、その問題意識をたどりやすい曲だ。
イタリア語を歌い、言葉を旋律とリズムに乗せるところに、自分で気になる点があった。
声を出すことに加えて、何をどのように発するかを、経験を重ねた自分の判断で選び直したかったのである。
「ボラーレ」1978年録音・2018年リマスター再発。
企画を動かしたのは、良好な状態で保管された当時のマルチテープの発見だった。
スタッフからアルバム全体を再現する公演を提案された高橋は、まず歌を録り直した特別版を作れるなら、ライブもやりたいと考えたという。
過去の作品をステージへ戻す前に、その歌を今の自分で引き受け直す必要があった。
こうして2018年10月24日、当時の伴奏に新しいリードボーカルを入れた『Saravah Saravah!』が発売された。
同年にはキングレコードから元盤のリマスターも出ているが、こちらの歌は1978年の録音だ。
同じ年に配信された二枚を並べるときも、歌い直した版とは分けて聴くことができる。
「VOLARE」2018年ボーカル再録。
同じキーで歌うと、今の声のほうが若く聞こえた
高橋は2018年の録音でも、元のキーで歌った。
高かったことをあらためて感じる曲もあったが、問題なく歌えたと説明している。
そしてMikikiの取材では、新しい録音のほうが若い声に聞こえるという感想を口にした。
本人がその理由として挙げたのは、今の歌い方と、昔の大人らしく歌おうとする意識の違いだった。
年齢を重ねたら自動的に渋い声へ向かう、という単純な変化ではない。
若いときは憧れの大人像を演じるために必要だと思っていたものを、今は付け足さずに歌える。
同じ伴奏の前へ戻ったことで、そうした表現の選び方の差が本人にも見えてきた。
再録盤ではミックスも変え、砂原良徳がマスタリングを担当した。
高橋はGQの取材で、当時の録音をデジタルへ移し、音を合わせていった作業にも触れている。
伴奏を弾き直さずに、古い演奏と新しい歌が一つの作品になるよう整えたのだ。
録音全体の響きも更新されており、二枚の違いには歌唱と音作りの両方が含まれている。

写真出典:ARBAN取材
「ラ・ローザ」は、加藤和彦に『ガーディニア』のような世界を頼み、高橋がスペイン語を交えた詞を書いた曲だ。
当時よく聴いていたマイケル・フランクスのイメージもあったという。
元盤には、そうした憧れを自分の歌へ取り込もうとした時期が残っている。
「ラ・ローザ」1978年録音・2018年リマスター再発。
2018年には、その曲にも今の声を入れた。
相手の演奏や作曲を新しくするのでなく、自分が長く気にかけてきた歌の解釈を変える。
再録盤は、仲間が作った音楽へ、四十年後の歌い手として応える場所になった。
「LA ROSA」2018年ボーカル再録。
録り直したアルバムを、今度は舞台で完成させる
2018年11月24日、東京国際フォーラム・ホールCで記念公演が行われた。
アルバムの曲順をたどるステージには、元盤にも参加した林立夫がドラマーとして加わった。
当時パーカッションを担当した林が、今度は高橋の残したドラムのフレーズを再現する側に回ったのである。
「SARAVAH!」2018年11月24日公演(2019年発売)。
再現するからこそ、昔の曲の手強さも見えてきた。
翌年のトークイベントで林は、高橋のドラムをそのまま演奏する難しさを、敬意を込めた冗談交じりに語っている。
高橋も「ラ・ローザ」は演奏が難しく、全員の気合が入ったことで、とくに後半に強い一体感が生まれたと振り返った。
録音済みの伴奏へ向かう再録とは違い、舞台では同じ曲を目の前の仲間と動かしていた。
「LA ROSA」2018年11月24日公演(2019年発売)。
「エラスティック・ダミー」では、さらに特別な共演があった。
間奏の坂本の鍵盤演奏を残すため、1978年の音を再生し、それに合わせてメンバーが演奏したという。
ステージに本人がいなくても、かつての演奏が現在のバンドの中で働く。
アルバムで試した、昔の音と今の自分を結ぶ発想が、公演にも持ち込まれていた。
「ELASTIC DUMMY」2018年11月24日公演(2019年発売)。
高橋はこの公演を振り返り、四十年前に背伸びして挑んだアルバムが、ようやく完結したと感じている。
歌い直した音源を出すだけでなく、今の演奏者として、その世界を最後までやり切ることにも意味があった。
元の歌を好きな人と、歌い直したい本人
一方で、元盤の歌が好きだという声もある。
コーラスに参加した東郷昌和は、2024年の座談会で、元のほうが好きだと高橋に伝えたことを明かした。
本人は恥ずかしくて人に聴かせられないという受け止めだったが、同じ制作に関わった人の評価は違っていた。
TOWA TEIも、二十代の高橋と六十代の高橋のどちらにも、大人の魅力を感じていると書いている。
本人が直したかった迷いや背伸びまで、聴き手にはその時期だけの表情になる。
新しい歌が完成しても、最初の歌を好きでいる理由はなくならない。
『Saravah!』の歌い直しで変わったのは、声の年齢だけでは説明しきれない部分だ。
憧れの歌手を手がかりにしていた人が、同じ曲と伴奏に、自分で選んだ言葉の扱い方やリズムで戻ってきた。
過去の声も残したまま、今ならこう歌いたいという答えをもう一つ置いた。
その二枚が並ぶところに、高橋幸宏の歌手としての歩みが見える。
初期の一曲で感情をあえて抑えた理由は、高橋幸宏の歌い方で詳しく扱っている。







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