高橋幸宏の歌い方|「ムード・インディゴ」をあえて無機質に歌った理由

高橋幸宏の本人写真 シンガー

スタンダード曲を歌うなら、表情をたっぷりつけてうまさを示す。
高橋幸宏は1978年の「ムード・インディゴ」で、その道を選ばなかった。
後年の取材で、フランク・シナトラのように歌うのは難しいと感じ、リンゴ・スターのような「無機質」な感じを狙ったと明かしている。
感情を削ることは、歌を手放すことなのか。
同じアルバムにある別のカバーと自作曲まで見ると、彼が曲ごとに声の役割を選んでいたことが分かる。

「ムード・インディゴ」で、憧れの歌手をそのまま演じない

『Saravah!』は高橋の最初のソロアルバムで、カバー曲も三つ入っている。
「ムード・インディゴ」はデューク・エリントンらによるスタンダード。
すでに多くの歌手が歌ってきた曲を26歳のドラマー出身の歌手が取り上げるなら、どう歌うかが問われる。
高橋はシナトラを意識しながらも、その大きな表現をなぞるのではなく、リンゴ・スターのような無機質な雰囲気を選んだと語った。

ここでの「無機質」は、音楽に無関心という意味ではない。
歌い手の感情を前面へせり出させず、旋律と言葉を曲の中へ置く選択と捉えられる。
スタンダードの余裕や色気を、大きな抑揚だけで表現しようとはしなかった。
憧れた歌手と自分の声に距離があると認めたうえで、この曲に似合う別の佇まいを探したのである。
華やかに歌えなかったことと、華やかに歌わない役を選んだことを混同しないほうが、この歌の立ち位置はよく見える。

当時、高橋自身はアルバム全体の歌い方がまだ固まっておらず、別の人の影響を受けたり、大人っぽさを無理に出したりしたと振り返っている。
その中で「ムード・インディゴ」の選択は、完成した歌唱法の宣言というより、この曲を自分の声で成立させるための具体的な判断だった。
歌の個性は、いつも声を大きく張ることで生まれるわけではない。

高橋幸宏の本人写真
高橋幸宏(2019年の取材写真)。
写真出典:GQ JAPAN取材

「セ・シ・ボン」では、声だけで曲の雰囲気を決めない

同じ盤の「セ・シ・ボン」では別の判断が見える。
高橋はこの曲をシングルにし、シャンソンをレゲエで演奏するという発想を後年楽しそうに語っている。
曲の印象を変える仕事を、歌唱一つに背負わせなかった。
リズムの組み替えが先にあり、歌はその新しい土台の上へ入る。
スタンダードの歌い方を一種類に固定せず、曲ごとに何を変えるかを考えたアルバムだった。

「ムード・インディゴ」のように歌手の表情を抑える方向と、「セ・シ・ボン」のように編曲そのものを大胆に動かす方向。
どちらも既存の曲と距離を取る方法だが、同じ手ではない。
高橋の歌い方を「淡々としている」という一語だけでまとめると、この使い分けが見えなくなる。
カバー曲でも、本人が主役になる箇所と、演奏の設計に主導権を渡す箇所がある。

坂本龍一が編曲に深く関わったこのアルバムについて、高橋はリズムの設計に時間をかけたと話している。
カバー曲の面白さも、歌い手一人の声色だけでは完成しない。
どんな伴奏を先に置き、その上で歌がどれほど前へ出るか。
その決め方が、高橋のボーカルを理解する鍵になる。

録音の進め方にも、その関係が表れている。
Mikikiの取材では、『Saravah!』のリズム隊の録音に仮歌を入れず、奏者が歌の旋律を知らないまま一緒に演奏したと説明している。
歌声を聴きながら全員が細かな表情を合わせる作り方ではなく、まず演奏としての流れが生まれた。
その背景を知ると、歌が入っていない箇所のリズムにも耳を向けたくなる。

声が出た途端に伴奏を背景へ追いやるのか、演奏の動きに声も加わるのか。
高橋の歌を聴くときは、この違いが手がかりになる。
歌詞を伝える声と、体を揺らすリズムは、どちらか一方が強ければ曲になるわけではない。
「セ・シ・ボン」の意外な組み合わせも、歌と演奏を一緒に捉えると狙いを理解しやすい。

自作の「SARAVAH!」では、遠くで鳴る弦の中へ声を置く

表題曲「SARAVAH!」はカバーではなく高橋の自作曲だ。
高橋は坂本に、ジョアン・ジルベルトの「エスタテ」のような弦を求め、遠くで鳴る感じを気に入ったという。
そこには管楽器も絡む。
歌だけを拡大して魅力を探すより、声がどんな風景に置かれているかを見るほうが面白い。
本人も後年、当時の自分はこの曲に格好をつけていただけだと冗談めかして語る。
それでも、曲の空間をどう作りたいかははっきり持っていた。

ARBANの取材で高橋が挙げたのは、酒を飲んでいるうちに夜が明けるような情景だった。
一方、「セ・シ・ボン」からは五月のパリを思い描いていたという。
同じように肩の力を抜いた歌でも、夜の余韻を残す曲と、街の明るさを感じさせる曲とでは、声を取り巻く景色が違う。
感情を説明する言葉を増やさず、音楽全体で場面を浮かべるという発想が、ここにはある。

「ムード・インディゴ」で選んだ無機質さ、「セ・シ・ボン」の編曲上の遊び、「SARAVAH!」で求めた遠い弦。
同じアルバムにありながら、声と伴奏の関係は一つではない。
高橋の表現を「声を張らないから控えめ」とだけ評すると、何を前景にして何を退けるかという判断を取り逃す。
歌い方は声の力加減だけでなく、曲のどこに自分を置くかにも表れる。

高橋幸宏の本人写真
高橋幸宏(2018年の取材写真)。
写真出典:ARBAN取材

声を重ねると、自分の輪郭まで溶け合う

声を伴奏の中へ置く感覚は、他の歌手と重なるときにも興味深い形で現れる。
2013年の『LIFE ANEW』では、高橋はジェイムズ・イハ、Curly Giraffeこと高桑圭らと制作した。
TOWER RECORDSの取材で本人が語った人選の理由には、声やメロディーの作り方が合いそうだという見込みがあった。
名手を集めることに加え、歌声同士の相性も大切にしていたのである。

高桑によれば、三人のハーモニーは、聴き返しても誰がどの声なのか迷うほどだった。
高橋自身も、自分が上の音を歌ったのか下だったのか分からなくなることがあると応じている。
一人ずつの特徴を競わせるより、重なったときに一つの響きになる面白さを、歌い手たち自身が感じていた。

この話は、「個性的な声なら常に目立たせるべきだ」という考えを少し変えてくれる。
一人で旋律を担うときの存在感と、和音の一部になったときの魅力は両立する。
主旋律を追ったあと、後ろや上下に重なる声へ注意を移すと、高橋が自分の声をどんな音楽の中に置きたかったのか、別の角度から楽しめる。

控えた表情の向こうに、曲ごとの選択がある

後年、高橋は1978年のボーカルを全曲録り直した。
ただ、「ムード・インディゴ」で選んだ歌の姿は、若いときの未熟さだけに還元できない。
シナトラを模倣する代わりに別の像を持ち込んだという、当時その場の決断が面白いのである。
声が派手に動くことだけを歌唱表現としなかった人の、曲との付き合い方がそこにある。

1978年と2018年の歌を同じ伴奏の上で比べた高橋幸宏の歌唱変遷では、本人が何を歌い直したかったのかを詳しく扱っている。

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