ナオト・インティライミの歌声の変遷|力を抜く声から、今の声で名曲を歌い直すまで

2026年、『REBOOT』についてのインタビュー時のナオト・インティライミ シンガー
2026年、『REBOOT』についてのインタビュー時のナオト・インティライミ

ナオト・インティライミの歌には、人を巻き込む賑やかさと、一人へ語りかけるような近さがあります。
その両方を持つ歌手は、経験を重ねる中で、声の力の抜き方だけでなく、歌を録る環境や、残したい表情も変えてきました。
過去の代表曲を歌い直した『REBOOT』までをたどると、その歩みが具体的に見えてきます。

切ない歌の向こうにも、いろいろな声があった

2010年にナオト・インティライミとして「カーニバる?」でメジャーデビューし、続いて「タカラモノ~この声がなくなるまで~」を発表。
曲を自分で作り、自分の声で届ける活動が、広く知られるようになっていきます。

初期のシングルには「今のキミを忘れない」「君に逢いたかった」など、切なさを持つ曲が並びました。
本人は、テレビで見せる陽気な姿と、楽曲の印象に隔たりがあることも感じていました。
アルバムは、シングルだけでは伝わらない自分の音楽を出せる場所だったのです。

2012年の『風歌キャラバン』では、「Que sera sera」で、それまでになく低い音域を力を抜いて歌うことに取り組みました。
「Let me…」にはファルセットを使う歌もあり、声の選択肢はすでに一色ではありませんでした。

2013年、『Nice catch the moment!』期のナオト・インティライミ
2013年、『Nice catch the moment!』期のナオト・インティライミ。
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この時期を、明るい歌手が後から繊細さを身につけた時期と捉えると、順序を取り違えます。
人前で見せるキャラクターと、作品に入れる声は、初めから同じではなかった。
強く届く声だけでなく、低く落ち着く声や、柔らかな高い声も、曲の性格に合わせて使える表現だったのです。

旅先で確かめた、勢いと準備の違い

2017年の旅では、準備を十分にしないまま勢いで臨んだライブが、思うように届かない経験もしました。
次の機会には公園で練習し、落ち着いて演奏すると、観客の反応も変わったと振り返っています。
その場を乗り切る力があるからこそ、準備によって歌へ集中できることを、改めて確かめた出来事でした。

また、客が帰った後にも現地の音楽家と演奏を続け、音楽そのものを楽しむ感覚を取り戻したと話しています。
大きな会場を盛り上げる役割を離れ、一緒に音を出す喜びに触れた時間です。

この経験から特定の発声が身についた、と結びつけることはできません。
ただ、勢いを出すことと、歌へ落ち着いて向き合うことを、本人が区別して考えるようになった点は大切です。
後の自由な制作を支えたのも、何も用意しない気楽さだけではありませんでした。

2018年、歌が生まれた瞬間を録音へ残す

「Start To Rain」では、日本で作った曲をロサンゼルスへ持ち込み、シェーン・ファキネロと手を加え、その場で歌を録りました。
整ったスタジオへ行く日を待つのではなく、生活に近い空間で、曲ができた流れのまま声を残す。
ナオトは、この身軽な制作環境を日本でも取り入れていきます。

それまでのように工程を一つずつ区切って進める方法から、作曲と録音が近づいていきました。
本人にとっては、歌を録る行為が日常の中へ入り、構えすぎずに音楽を作れる変化でもありました。

2018年、アルバム『7』期のナオト・インティライミ
2018年、アルバム『7』期のナオト・インティライミ。
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同年のアルバム『7』でも、こうした環境が制作の軸になっています。
「My Great Days」では、その場のアドリブや笑い声も含む歌を、ほとんど直さずに残しました。
歌の完成度を、隙のない整い方だけで決めない判断が、作品の中へ入ってきたのです。

笑い声は、後から親しみやすさを演出するために足したものではありません。
歌詞を書き、思い付きのアドリブを重ねて歌ううちに、自分でもおかしくなって笑ったものです。
歌手が曲を楽しんでいる時間そのものを、録音の外へ切り捨てずに残しています。

録音を後から磨くことと、その瞬間にしか出ない表情を守ることは、ときに違う方向を向きます。
この時期のナオトは、出来上がった伴奏へ歌を当てはめるだけでなく、生まれた歌を中心に作品を作るようになります。
大きく変わったのは、どの声を完成版として選ぶかという基準でした。

役を引き受ける歌と、思わず出た歌

2021年には、映画『ミラベルと魔法だらけの家』の日本版エンドソング「マリーポーサ ~羽ばたく未来へ~」を担当しました。
普段なら二時間ほどという歌の録音に約十五時間をかけ、原曲と映画の世界へ丁寧に向き合っています。

自由な録音を好むようになっても、いつでも最初の勢いを優先するわけではありません。
自分の曲を作る場面と、別の作り手が築いた世界を受け取る場面では、歌手が担う仕事が違います。
時間をかけることも、瞬間を残すことも、作品に合う声を選ぶための方法でした。

2022年の『虹色∞オクターブ』は、共同作曲を使わず、主に一人で作った作品でした。
ときには共同の編曲者を迎え、曲とアレンジをその場で組み立てています。
海外で覚えた作り方を唯一の正解にせず、自分の中から曲を育てる時間も持ち続けていました。

2023年の「パッキャマラード」では、二番で歌い方を思い違いし、言葉を詰めた箇所を、そのまま生かしました。
予定どおりではない歌に魅力を感じて、完成形へ採用した例です。

ここでは、間違えたから失敗という判断で終わっていません。
生まれた声をいったん聴き直し、その曲にとってよい表情なら残す。
『7』の頃から見えていた瞬間への信頼が、別の作品でも具体的な選択になっています。

日本語の歌を持ちながら、別の言葉でも歌う

2024年、ナオトは日本の活動と、Naoto名義で海外へ届ける活動を、それぞれ違う音楽として考えていました。
海外向けにはスペイン語を中心にしながら、日本語も短く入れる。
日本の歌をそのまま翻訳するだけでなく、ラテンの音楽へ自分の背景を持ち込む試みです。

一方で、日本の作品はJ-POPとして作り続けています。
海外へ向かったことで、それまでの歌を捨てたわけではありません。
歌う言葉と曲の土台を選び分け、届ける相手に応じて、自分の出し方を広げていたのです。

2025年のツアーでは、感情が強く動いている最中にも、自分を冷静に見ている感覚があると話しています。
熱くなりきることと、歌や舞台を見渡すことが、同時にできる状態です。
以前のように力で押し通す場面を経て、熱量を保ちながら落ち着いて歌える余地も育っていました。

『REBOOT』で、今の自分が過去の曲を歌う

2026年の『REBOOT』では、2010年から2015年の代表曲八曲を、今の声で録り直しました。
当初は歌い直す意義に迷いもあったものの、実際に向き合うと、年齢と経験が歌に入っていることを感じたといいます。
昔の歌唱へ戻るための録音ではありませんでした。

本人は、以前ほど高い音が出るかという縦の比較だけでは、今の声を測れないと考えています。
経験を重ねたことで得た表現の広がりもある。
「タカラモノ」の新しいリズムや、「Brave」のダンス音楽への組み替えも、昔の曲を現在へ持ち込む試みでした。

同年二月四日の東京国際フォーラム公演では、いつもの賑やかな演出を抑え、歌を中心に据えました。
「ユニーク」はバラードの形で、ピアノと歌、ストリングスを軸に披露しています。
曲を包む音を変えることで、歌手として立つ場所も変えた舞台でした。

ナオトの歩みは、声が年々強くなったという一本の線ではたどれません。
低い声で力を抜き、その場で出た歌を残し、映画には時間をかけ、昔の曲には今の自分を連れていく。
その選び方が増えたことこそ、歌声の変遷として受け取りたい変化です。

曲の中で、低い声、語る調子、スキャットをどう使っているかは、ナオト・インティライミの歌い方で掘り下げています。
制作の歩みと合わせると、一つひとつの声を選ぶ理由が、より具体的になります。

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