ジェイムズ・ラブリエは、若い頃には、いつでも何でも歌えるように感じていたと振り返っています。
しかし1994年末に声を傷め、その感覚は変わりました。
高音が出るかどうかだけでなく、今夜も思うように声が出るのか、本人にも分からない時期が続いたのです。
それでも、彼のその後を、失った高音を追いかける年月だけで説明することはできません。
自分の声を理解し直し、強く歌う場面も、別の表情を選ぶ場面も作ってきました。
2022年には、アコースティックギターを中心にしたソロ作品も発表しています。
1992年の『Images and Words』を代表する「Pull Me Under」は、その歩みの初期にある曲です。
当時のスタジオ歌唱について、本人は後に、勢いと興奮で歌っていたと振り返っています。
1994年末、歌うたびに声の状態を心配するようになる
ラブリエによれば、1994年末、休暇先での重い食中毒をきっかけに声帯を傷めました。
医師には長く休むよう勧められたものの、Dream Theaterは『Awake』のツアーの途中にあり、短期間で公演へ戻ったといいます。
その後の苦しさを、彼は2005年にも振り返っています。
よく歌えた夜があっても、次の公演まで同じ調子が続くとは限らない。
歌う本人が、自分の声を予測できない状態だったのです。
昔の録音だけを聴いていると、あの音が出た人なら、もう一度同じように歌えるはずだと思いたくなります。
けれど、この時期のラブリエの話から分かるのは、出せる音の上限とは別に、声を当てにできるかどうかという問題があったことです。
一度うまく歌えたとしても、それだけでは翌晩への不安はなくなりません。
本人が、以前のような感覚が戻ってきたと語るのは2002〜2003年頃です。
これは本人が振り返った回復の感覚で、ある日を境にすべての公演が同じ状態になったという話ではありません。
『Awake』の発売後から、何年もかけて声との付き合い方を考え直していたことが分かります。

声が戻っても、限界まで押すことが目標ではなくなった
ラブリエは再び歌を学び、声への自信を取り戻していきます。
2005年には、ヴィクトリア・トンプソンとの学びを通じて、以前より強くなったと感じていると話していました。
後に彼が語ったのは、自分にできることと限界を知り、その限界を無理に飛び越えようとしない姿勢です。
若い頃は、限界まで押してしまう未熟さがあったとも振り返っています。
力強く歌わなくなったのではなく、どこでどう使うかを考えるようになったのです。
2013年の「Illumination Theory」の録音には、その力強い歌を作る場面の話が残っています。
ペトルーシが求めていたのは、クリス・コーネルを思わせる歌い方でした。
ラブリエは体を動かして気分を高めますが、録音担当のリチャード・チキが声に効果をかけ、ダース・ベイダーのように聞こえさせるなどして、二人は大笑いしてしまいます。
歌うために、いったん部屋を出て仕切り直したほどでした。
深刻な時期を経た歌手が、録音室ではそんなやり取りをしていた。
この曲の激しい歌唱を、声の状態を確かめる試験のようにだけ聴くと、その場にあった創作の楽しさを見落としてしまいます。
2022年、歌とアコースティックギターから作り直す
2022年のソロ作『Beautiful Shade of Grey』では、ラブリエは歌を支える音楽そのものを変えました。
共同制作したポール・ローグと、まずアコースティックギターと歌で曲を書き始めたのです。
若い頃から好きだったクラシックロックへの思いが、制作の方向になりました。
ただし、アルバム全部を弾き語りにしたかったわけではありません。
作業を進めるうちに、ギターと歌だけでは変化が足りないと感じ、鍵盤やドラムなどを加えていきます。
音を少なくすること自体ではなく、歌を中心に、必要な演奏を考える作り方でした。
「Give and Take」も、その作品に収められた曲です。
同じ声でも、アコースティックギターとともに聴くときと、歪んだギターや複雑な演奏とともに聴くときでは、受ける印象も変わります。
後年の録音で感じる違いを全部、年齢や声の不調の結果と考えてしまうと、本人が選んだ伴奏や曲作りの方向を見落とします。
歌を録音したのは、自宅に作ったスタジオでした。
ドラムを担当した息子のチャンスが、父の歌の録音も受け持っています。
ラブリエは、かつて腕に抱いていた子どもと、今は音楽家同士として制作していることに、不思議な感慨を覚えたと話しています。

昔と同じ声か、だけでは分からない変化
ラブリエの歩みには、声の状態に合わせて考え直さなければならなかったことと、自分から表現を広げたことの両方があります。
1994年末からの不調は前者です。
一方、アコースティックギターから曲を作る2022年のソロ作品は、歌う音楽を自ら選び直した例です。
その間の2016年には、『The Astonishing』で複数の登場人物を一人で演じてもいます。
激しく歌えそうな伴奏でも、役の気持ちに合わせて別の声を選んだ話は、ジェイムズ・ラブリエの歌い方で詳しく扱っています。
1992年の声に引かれ続けることは、自然なことです。
ただ、その録音の再現だけを待っていると、彼がその後どんな歌を作ろうとしたかが見えにくくなります。
自分の声を当てにできなかった時期を経て、再び力強い歌を録り、息子と自宅で新しい曲を作る。
ラブリエの歌声には、声を取り戻す努力と、取り戻した声で何を歌うかという選択が重なっています。
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