新浜レオンさんの歌声を説明する時、野球部で鍛えた大声だけを見ると肝心なところを外します。
本人は、高校まで外野へ届く声を出し続け、その声を買われてキャッチャーになったと振り返っています。
ところがプロになって評価されたのは、力いっぱい絞り出す声より、抑えて歌った時に現れる柔らかさでした。
つまり新浜さんの強みは、最初から大きな声を持っていたことではありません。
大きく出せる声を、曲によって小さく、まっすぐ、時には色っぽく使い分けるようになったことです。
その変化を追うと、演歌歌手ともJ-POP歌手とも言い切れない独特の歌い方が見えてきます。
野球で身についたのは歌唱法より「届かせる習慣」
小学生から高校生まで野球に打ち込み、高校ではキャプテンとキャッチャーを務めました。
本人によれば、歌手を目指す前に本格的な歌のレッスンを受けた経験はなく、毎日グラウンドで出していた声が現在の土台になっています。
キャッチャーは、自分の近くにいる投手だけへ話しかける役ではありません。
守備位置の離れた選手へ指示を送り、チーム全体の空気を動かします。
新浜さんの歌にある、最初の一音から客席へ向かっていくような明るさは、この「遠くへ届かせる習慣」と無関係ではないでしょう。
ただし、野球の声出しをそのまま歌へ持ち込めばよいわけではありません。
大声は歌手になる前から持っていた材料であり、そこから音程、言葉、強弱を崩さずに扱える声へ変える作業が必要でした。
力強い高音より先に見つかった「抑えた声」の魅力
デビュー直後の新浜さんは、演歌らしく声を絞り出し、こぶしや大きなビブラートを付ける歌い方に気持ちよさを感じていました。
それは演歌歌手である父の現場を間近で見て育った人として、自然な出発点だったはずです。
転機になったのが、2作目「君を求めて」の制作でした。
曲を手がけた馬飼野康二さんは、強く歌う場所ではなく、抑えた部分に新浜さんの優しさが出ると伝えています。
新浜さん自身も、それまで力を入れることを魅力だと思っていたため、その指摘を意外に感じたと語りました。
これは、声量を捨てたという話ではありません。
常に全力で投げていた投手が、緩急を覚えたようなものです。
高音を大きく出せるからこそ、その直前を静かに置くと、声が開いた瞬間の印象が強くなります。

「ダメ ダメ…」ではビブラートを減らして声を直線にした
翌年の「ダメ ダメ…」では、さらに別の修正が入りました。
最初の録音では、大好きな演歌のようにこぶしと大きなビブラートをたっぷり付けようとしたものの、制作側からビブラートを減らす提案を受けています。
ビブラートは、伸ばした音を周期的に揺らす表現です。
演歌では感情や余韻を作る大切な技術ですが、速く華やかなポップスで毎回大きく揺らすと、言葉の輪郭やリズムが重くなることがあります。
そこで揺れを小さくし、声をまっすぐ進ませたことで、もともとの明るさと抜けが前へ出ました。
第三者の歌唱解説でも、新浜さんの声は低い響きでこもりにくく、言葉が明瞭に届く点や、強い部分でも力任せに聞こえにくい点が評価されています。
演歌の技術を持たないのではなく、曲に合わせて見せない選択ができる。
それが、新浜さんを単純な「若い演歌歌手」に収めにくくしている理由です。
高音は地声かミックスボイスか、一語では決められない
新浜レオンさんの高音を検索すると、地声なのか、ミックスボイスなのかが気になる人もいるでしょう。
ただし本人は、声帯の使い方や声区を医学的・技術的に公表していません。
映像だけから内部の動きを断定することもできません。
分かっているのは、声の高さに合わせた曲作りと録音上の調整が行われてきたことです。
「君を求めて」では、実際に歌いながらメロディを本人へ合わせて変更したと明かされています。
別の制作では、複数のキーを試し、歌の魅力が出る高さを探しています。
したがって、すべてを太い地声で押し切っていると考えるのも、全部を一種類のミックスボイスと呼ぶのも正確ではありません。
曲の高さ、音量、母音、表情によって声の配分は変わります。
聞く時は声区の名前より、小さな声から張った声へ移っても言葉の明るさが消えない点に注目すると、新浜さんらしさをつかみやすくなります。
憧れの西城秀樹から学んだのは、派手さと安定の両立
歌い方のもう一つの柱は、西城秀樹さんへの憧れです。
新浜さんが目標として挙げたのは、高音の高さだけではありません。
激しく動き、派手に見せながら歌がぶれず、そこに色気まである舞台でした。
この視点は「全てあげよう」以降、いっそう分かりやすくなります。
大きな身ぶりや膝を滑らせる演出が注目されますが、動きは歌の代わりではなく、歌の言葉を客席へ届けるための装置です。
動いた瞬間だけが切り抜かれても、曲全体では抑える場所と張る場所がはっきり分かれています。
西城秀樹さんの歌い方と発声を先に知ると、新浜さんが表面のポーズだけでなく、歌と身体を一つの表現にする考え方を受け継ごうとしていることが分かります。
同じ強い高音でも、先輩の声をコピーするのではなく、自分の明るい音色へ置き換えている点が重要です。

中音に色気があるから、張った高音が単調にならない
高音の印象が強い一方で、新浜さんの持ち味は中くらいの高さにもあります。
歌唱解説では、中音域に明るさと柔らかな色気があり、声を強くしない部分でも存在感が薄くならないと評されています。
「どんなに愛したとしても」のようなバラードでは、この特徴がよく生きます。
速い曲のように勢いで前へ進まず、言葉を置く時間が長いため、音量を抑えても声の芯を残す必要があります。
高音だけを聞けば元球児の力強さが目立ちますが、曲を一つの流れで聞くと、むしろ中音が高音の見せ場を作っているのです。
この点は、氷川きよしさんが演歌とロックで言葉の投げ方を変える分析とも重なります。
ジャンルをまたぐ歌手ほど、技術を増やすことより、曲ごとに何を引くかが個性になります。
真似するなら大声ではなく、強弱で言葉を届ける考え方
新浜レオンさんの歌を参考にする時、最初から張った高音や大きなビブラートを真似する必要はありません。
注目したいのは、声量の大きさではなく、同じ声の中に強い場所と抑えた場所があることです。
「君を求めて」では抑えた部分、「ダメ ダメ…」では揺らしすぎない直線的な声、「全てあげよう」では身体を大きく使っても言葉を失わない点を見ると、三曲が別の歌手のようには聞こえません。
明るく前へ届く声という中心を残したまま、周囲の表現を入れ替えているからです。
反対に、喉を押して音量だけを上げることや、膝を滑らせながら無理に歌うことは参考にしない方がよいでしょう。
強い高音で痛みやかすれが出る場合は、その場で歌唱を中止してください。
話し声の異常が続く場合は、耳鼻咽喉科などへ相談する必要があります。
新浜レオンの歌声は、大声を制御して初めて完成した
新浜レオンさんの声の出発点には、野球場の外野まで届く大声があります。
しかし歌手としての面白さは、その強さを毎回使わなかったところにあります。
抑えた声に優しさを見つけ、ビブラートを減らして言葉を直線にし、中音の色気を高音の前へ置く。
そこへ西城秀樹さんから学んだ身体表現を重ねたことで、演歌の若手という枠から、昭和歌謡と現代のポップスをつなぐ歌手へ広がりました。
高音が地声かミックスボイスかだけで聞くより、どこで声を出し、どこであえて引いているかを見る方が、新浜レオンさんの歌い方はずっと鮮明になります。
その声が変化してきた7年間は、新浜レオンさんの歌唱変遷で時代順にたどります。






コメント