Kroiの内田怜央は、バンドを始めたころ、一人で歌っているように感じさせたくなかったと話しています。
歌とラップを行き来し、声色を変えることは、初期から目指していた表現でした。
その後は、歌とラップを分けていた境界が揺らぎ、曲に合う声を選ぶ幅も広がっていきます。
2026年の「SPIN」では、最後のコーラスを一人で重ねて歌う方法も使いました。
内田の歌声の変遷は、一つの完成した声へ近づくより、声でできることを増やしてきた歩みとしてたどると見えてきます。
「SPIN」公式MV・フル版(2026年)。
歌とラップを、別の人のように歌い分けたかった
内田が歌とラップを一人でやろうと思ったきっかけは、小沢健二とスチャダラパーの「今夜はブギー・バック」でした。
高校生のころには、歌とラップで別人のように聞こえる歌い分けを研究したと、後年の取材で振り返っています。
一人の歌い手ができることの広さを教えてくれた存在として、ローリン・ヒルも挙げています。
歌手としてもラッパーとしても表現力が豊かな彼女を知り、自分もさらに研究したいと思ったそうです。
両方を担う姿に、自分も試せる可能性を感じていたのです。
2018年に結成されたKroiでも、一つの声色へまとめることは目指していませんでした。
2021年の取材で、デビューシングル「Suck a Lemmon」の多彩な声について聞かれると、それこそがバンドを組んだときの理想だったと答えています。
一人の声の中に、異なる要素が混ざっていることを面白がっていたのです。
「Suck a Lemmon」公式MV(曲の発表は2018年、MV公開は2019年)。
歌う役とラップする役を、別々の人へ任せる代わりに、自分の中へ持つ。
内田の出発点には、声の良さを一種類に絞る前に、その違いを使って曲を作る発想がありました。
『LENS』で、分けていた境界が揺らぎ始める
Kroiは2021年6月、アルバム『LENS』でメジャーデビューしました。
この時期の取材で内田は、歌の自分とラップの自分を分けてきた一方、今作では、その境目が少しあやふやになったとも話しています。
最初に違いを作るために研究した歌い分けが、作品を重ねる中で、必ずしも明確に分けなくてもよいものになっていく。
本人はそこに、新しいものが生まれた手応えを感じていました。
『LENS』の「Balmy Life」も、そうした時期の内田の歌を知る一曲です。
「Balmy Life」公式MV(2021年)。
この曲は、アルバムの最後に録音されました。
キーボードの千葉大樹によると、内田は歌を録る日の朝まで歌詞を書き、どうしてもよい形で録りたいという気持ちを強く見せていたそうです。
内田自身も、この曲によって、異なる時期に作られた楽曲がそろうアルバムがまとまったと話しています。
また、声を前へ出すことだけを考えていたわけでもありません。
その前のEP『STRUCTURE DECK』を作る中で、バンド全体で音を引くことの大切さに気づいたといいます。
放っておけば、メンバーそれぞれが前へ出てしまう。
ベースの関将典も、それまでは音を足すことが中心だったと振り返っていました。
内田は自分のボーカルも、意外と前へ出るものではないと説明しています。
一人でいろいろな声を使うことに加え、5人の音の中で、どこまで出るかを選ぶ考えも育っていました。
『telegraph』では、声を固定しないまま歌い方が広がる
2022年のアルバム『telegraph』の取材では、内田は、作品を出す中で歌い方が少しずつ広がっていると話しています。
曲やセクションに合う歌を考え、自分の声質を一つに決めない。
その姿勢は、歌の表現を増やすためのものでもありました。
内田は、軸になる唱法を固定しないことで、新しい考えを取り入れたいと話しています。
旋律や曲の一部分に合う表現を選ぶこと自体は、以前から変わらないとも説明していました。
曲に応じて歌を選ぶ基本は保ちながら、そこへ持ち込める声の候補を増やしているのです。
同作の公式インタビューでは、歌を録るまでの流れも語っています。
自分のデモにメンバーの演奏が加わり、歌入れの段階で曲が戻ってくると、この伴奏なら歌えるという確信が生まれるそうです。
声の表現を考える作業は、内田一人の中で終わっていません。
仲間が加えた音にもう一度応えることで、歌を仕上げていくのです。
『telegraph』には、前年のEP『nerd』で発表した「WATAGUMO」も収められました。
2022年8月12日のフリーライブを取材した村田舞子は、この曲で内田が歌い上げる、感情の豊かな面を見せたと伝えています。
声色の切り替えの面白さに加え、一曲の流れの中で歌を大きく届ける面にも目が向けられていました。
「WATAGUMO」公式MV(2021年のEP『nerd』収録曲)。

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「Stellar」で、落ち着いた歌を置ける場所を作る
2024年の『Unspoiled』では、「Stellar」がアルバムの最初に置かれました。
内田は、ライブで強い曲が増えていたため、落ち着いたテンポでも聴き応えのある曲を作りたかったと説明しています。
「Stellar」は、その考えを形にした曲でした。
関によると、前作を出したころから、ミドルテンポの曲も欲しいという会話があったそうです。
千葉は、シンプルな構成と旋律のよさを評価し、いろいろな仕掛けを試すKroiの中でも、飾らない曲として気に入っていました。
ライブの熱を上げる曲に加え、旋律をじっくり届ける曲にも、メンバーの期待が集まっていたのです。
「Stellar」公式音源(2024年のアルバム『Unspoiled』より)。
声の変化を考えるとき、歌い手の出し方だけでなく、どんな曲を歌うようになったかも大切です。
強い曲を増やし続けるのではなく、ライブ全体を見渡して、別の温度の歌を置く。
内田は、歌えるものが増えた先で、その違いを一晩の中にどう並べるかにも向き合っていました。
このアルバムでは、残響を抑えてきた従来の音作りから、リバーブやエコーを使う音像へも幅が広がったと話しています。
内田が挙げた理由は、従来の残響の少ない自分たちの曲に、聴き飽きたというものでした。
同じ音の作り方を守るより、今の耳が面白いと感じる響きを試していたのです。
曲を通して感じる声の印象にも、歌う声と、その周囲に作られた音の両方が関わってきます。
「Method」で語った、予定していなかった歌のフェイク
2025年の「Method」の取材で、内田はライブに深く入り込んだ瞬間について話しています。
普段なら出てこないフレーズや歌のフェイクが、突然生まれることがあるというのです。
本人は、そうした瞬間を、自分でわかっている限界を越える感覚と結びつけていました。
曲作りの手順にも、ライブで動かせる余地を残す考えが表れています。
関によると、それまでのタイアップ曲はアレンジを作り込み、ライブでの再現が難しくなることもありました。
「Method」では、録音前に5人だけで演奏して曲が成立するかを確かめたため、そのままステージへ持ち込めるうえ、さらに変える余地もあると話しています。
内田が語る即興の面白さは、こうした演奏の余地を用意する姿勢ともつながります。
録音を完成させたあとにも、5人で曲を動かせるようにしていました。
「Method」ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2025での公式ライブ映像。
初期の歌い分けは、違いを作ろうと研究するところから始まっていました。
その一方で、ライブを重ねる中では、用意したものを歌うだけでは届かない声の動きにも出会っていたのです。
いろいろな声を持つことと、その場で思いがけない歌が出てくること。
内田の表現は、その両方へ広がっていました。

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「SPIN」では、一人の声を録音の中でも重ねる
2026年の「SPIN」では、終盤のコーラスを、内田が一人で全部重ねて歌っています。
10月の取材では、あの発声を勉強した経験はないものの、思い描いたものを完全には再現しきれないところも含めて気に入っていると話していました。
目指していたのは、壮大なエンディングでした。
この曲で内田が参考にしたものの一つは、西部劇の映画音楽です。
2022年の『telegraph』に入った「Funky GUNSLINGER」でも、西部劇を思わせる音と、好きなファンクやソウル、育ってきたJ-POPを組み合わせていました。
「SPIN」では、その発想をさらに進めたかったと説明しています。
終盤に声を重ねた選択も、以前から作ってきた世界を、一曲の最後で大きく描くことにつながっていました。
「Funky GUNSLINGER」公式MV(2022年のアルバム『telegraph』収録曲)。
一人の中で声色を変え、歌とラップの境界を動かし、ライブでは予期しないフェイクにも出会う。
さらに、録音では自分の声を重ねて、一人で複数の声の響きを作る。
内田は、初期に思い描いた声の多彩さを、違う方法でも広げています。
一つの歌い方に落ち着くことより、その曲に必要な声を探し続けること。
それが、Kroiの作品をたどる中で見えてくる、内田怜央の歌声の歩みです。
声色やファルセット、ラップ、バンドの中での出し引きは、内田怜央の歌い方で詳しく取り上げています。

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