EYEは、地声で歌える高さでも、その声を選ばないことがあります。
Mary’s Bloodで「unravel」をカバーした時に必要だったのは、高音を出せる証明ではなく、曲の雰囲気に合う声でした。
力強いメタルの歌い手という印象から入ると、この選択は意外かもしれません。
けれど、荒くする、朗々と響かせる、息を感じさせる、声を軽くする。
EYEの歌は、それぞれをどの曲で使うかによって表情を変えています。
「unravel」で、出せる声と使いたい声を分ける
『Re>Animator』の「unravel」では、EYEはファルセットとシャウトの組み合わせを試しました。
地声で音を取れても、欲しい雰囲気にならないためです。
普段の得意な歌い方をそのまま押し通さず、曲の要求に合わせて、使い慣れていない声にも踏み込んでいます。
この話では、音の高さと声の質感を分けて考えることが大切です。
同じ旋律でも、押し出しの強い声で歌うのか、別の軽さを持つ声で歌うのかによって、聴き手が受け取る緊張や距離は変わります。
高い音を一つ出せた時点で、表現が完成するわけではない。
EYEが探したのは、その曲の中で意味を持つ高音でした。
このカバー集では、原曲のファンにも届くことを大切にしました。
メタルらしさを残しつつ、曲ごとの違いを探して録り直す。
強い声を持つ人が、その強さをどこまで使うかを判断する制作だったといえます。

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「On the Rocks」は、磨き込みすぎない声を残す
「On the Rocks」では、ジャニス・ジョプリンを思い浮かべて歌った最初のテイクが使われました。
岡野ハジメはハーモニーを増やす必要もないと判断し、シンプルに仕上げています。
一方、曲名を叫ぶ部分には声を重ね、ライブで客席と一緒に歌う場面を作りました。
ここでは、声を重ねない部分と、重ねる部分の役割が違います。
一人の歌の勢いをそのまま伝えたいところでは、声を増やすことが必ずしも助けにならない。
客席まで巻き込みたいところでは、複数の声が入る意味がある。
EYEの歌の厚みを考える時は、本人の声の強さだけでなく、その声を何本、どこへ置いたかにも目を向けたいところです。
また、最初のテイクが採用されたという事実は、録り直しがいつでも不要だという意味ではありません。
「unravel」では試すことが必要で、「On the Rocks」では最初の表現を残すことが必要だった。
違う曲に同じ完成の仕方を求めないことが、声の表情を守っています。
朗々と歌う時には、強さの向かう先が変わる
「贖罪の鐘~Requiem for the victims~」でEYEが意識したのは、舞台を思わせる歌でした。
岡野と相談して、朗々とした声の出し方を選んでいます。
ゴスペルの要素とクラシカルな構想を持つ曲だからこそ、ほかの曲とは違う響かせ方が必要になったのです。
「On the Rocks」の勢いを、そのままこの曲の正解にはできません。
荒い質感が人物の存在を近くする場面もあれば、大きく歌い上げることで一曲の舞台が広がる場面もある。
どちらも強い歌でありながら、声が作る印象は異なります。
EYEの力強さを一種類だと考えない方が、曲同士の違いを楽しめます。
言葉の輪郭と、体を動かすリズムを両立させる
『Revenant』では、子音を丁寧に出すことを意識しながら、感情をむき出しにする歌を目指しました。
また「It’s Alright」では、踊れる感覚を作るために、歌い方を変え、歌を演奏のサウンドへ寄せています。
大きな音の中で何を歌うかが分かることと、体が動くことの両方を考えていたのです。
EYEは楽器の録音にも立ち会い、歌入れの前に、音の広がりや圧に刺激を受けていました。
「It’s Alright」も、SAKIが客席と楽しむために四つ打ちのリズムを取り入れた曲です。
歌の熱さには、伴奏に触れて動いた気持ちも関わっています。
言葉を聞き取りやすくすることと、体が動く歌にすることは、別々の仕事です。
歌詞の意味が分かっても、演奏から歌だけが浮けば、曲全体の躍動は伝わりにくくなる。
逆に、勢いへ身を任せるだけでは、言葉の輪郭まで埋もれることもあります。
EYEが説明するのは、その二つを両立させるために、細部へ気を配る歌です。
ソロで広がった、声を抜く瞬間の表情
『アルカナ』では、歌を前に出す伴奏によって、EYEは声の響きを抑えずに歌えるようになったと話しています。
声を抜く際の吐息や、少しかすれた声も使えた。
強く響かせる自由と、細かな質感を聴かせる自由が、同じ制作環境から生まれています。
声を前に出すというと、音量を上げることだけを思い浮かべがちです。
けれど、息やかすれのような小さな違いが残ることも、歌が前にあるということです。
声を長く保つ場面だけでなく、そこから離れる瞬間にも表情がある。
EYEがソロで手にした幅には、強い声をさらに大きくすることと並んで、声の細部を選べることが含まれます。
ここを、ソロになって突然別の発声能力を得た、と決めつけることはできません。
声と楽器の関係が変われば、以前から出せた声の使い道も変わります。
歌い手の選択と、編曲が用意した場所を一緒に見ることで、変化の理由が見えやすくなります。
『Revenant』で演奏の迫力に刺激されていた人が、『アルカナ』では声の細部を生かす編曲に応えた。
伴奏を受け止めるという点では、二つの時期はつながっています。

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ピアノの前に立つ時も、EYEの強さは残る
2025年8月2日、下北沢ERAでの公演では、ヘヴィな新曲を並べた後、アンコールで「My Sweet」を歌いました。
ピアノから始まるバラードを選び、歌い手としての自分を示そうとした場面です。
その公演では、感情を豊かに乗せて歌い上げる姿が伝えられています。
「My Sweet」/『Spark』収録のスタジオ音源(2025年)。
大きなバンドの音を背負う時と、ピアノの響きから始める時では、歌が受け持つ空間が違います。
同じ公演に両方を置くことで、声の存在感を一つの音楽の形に限定しない姿勢が見えてきます。
強い声を持っているからこそ、いつも同じ伴奏や同じ荒さを選ぶ必要はないのでしょう。
EYEの歌を捉える手掛かりは、どれだけ高く、どれだけ強く出せるかの先にあります。
地声で届いてもファルセットを選ぶ。
一回の勢いを残す曲と、何度も試す曲を分ける。
朗々と歌い上げる一方で、声を抜く瞬間の息も使う。
それぞれの曲に似合う声を選ぶ細やかさが、力強い歌を一色にしない理由なのです。
声の使い道を広げてきた歩みは、EYE(Mary’s Blood/ソロ)の歌唱変遷でたどっています。

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