薬師丸ひろ子の歌声の変遷|昔の歌を壊さず、いまの歌を育てる

2021年の歌手活動40周年コンサートで歌う薬師丸ひろ子 シンガー
2021年の歌手活動40周年コンサートで歌う薬師丸ひろ子。撮影:田中聖太郎/写真出典:WOWOW

昔のヒット曲は、もう歌い手だけのものではない。
薬師丸ひろ子は2021年、聴き手の思い出になった歌を自分の都合で壊したくないと語りました。
ところが2024年には、人前で歌うと歌は成長すると話しています。
守りたい歌を、どうやって育てるのでしょうか。

1981年のデビュー曲を歌い直し、新しい言葉を自分で書き、長年の曲をオーケストラに預ける。
変わらないと評される声の中で、薬師丸が選ぶ「届け方」は少しずつ変わってきました。

映画から生まれた歌は、聴き手の記憶になった

薬師丸は1981年、主演映画『セーラー服と機関銃』の同名主題歌で歌手デビューしました。
のちに「探偵物語」「Woman “Wの悲劇”より」など、出演作と結びつく歌も重ねます。
本人は2021年、若い頃は自由な気持ちで、感じたままに歌っていたと振り返っています。
その時の録音は、後年のステージで幾度も向き合う曲にもなりました。

その後、歌は映画を観た人やレコードを聴いた人の人生にも入りました。
ふと曲を耳にしたとき、当時好きだった人を思い出してほしい。
薬師丸はそう願っています。
2018年には、昔の曲をライブで原曲キーのまま歌う理由も、客席に青春時代や大切な記憶を振り返ってほしいからだと説明しました。
どのようにその響きを守っているかは、薬師丸ひろ子の歌い方の記事で扱っています。

2013年、「セーラー服と機関銃」をもう一度録る

その歌を守るとは、1981年の音を一切変えずに繰り返すことではありませんでした。
2013年のセレクション・カバーアルバム『時の扉』で、薬師丸は「セーラー服と機関銃」を約30年ぶりに新録します。
編曲は吉俣良。
歌い継ぎたい曲を本人が選んだアルバムに、デビュー曲を新しい編曲で入れました。

同じ一枚には、「浜辺の歌」や「故郷」など、薬師丸が生まれる前から歌い継がれてきた曲も並びます。
自分のヒット曲だけを振り返るのではなく、人々の記憶に残る歌の一つとして、デビュー曲を置き直した構成でした。

さらに、ドヴォルザークの旋律に自身の詞をつけた「心の扉~我が母の教えたまいし歌~」も収録。
昔からあるメロディーを、自分の言葉で今の聴き手へ渡す仕事にも取り組んでいたのです。

最初のシングルと2013年の「ノスタルジア・バージョン」は、編曲も録音の条件も異なります。
思い出の曲を、年を重ねた自分の作品に入れ直す。
『時の扉』では、過去の歌を大切にすることが、新しい録音に取り組むことへつながりました。

2018年、新しいアルバムで届けたい言葉を選ぶ

昔の歌を届け直す一方で、薬師丸は新しい歌にも向かいます。
2018年の『エトワール』は、1998年の『-恋文- LOVE LETTER』以来20年ぶりのオリジナルアルバム。
制作にあたっては、コンサートに来る人の顔を思い浮かべ、ほっとできる旋律を求めたと話しました。
提示されたメロディーの中から歌いたいものを選び、曲の世界に合う作詞家に言葉を頼みます。
自分で書きたいと感じた二曲では、自ら詞を手がけました。

かつての映画主題歌は、物語とともに聴き手へ届きました。
『エトワール』では、今の自分が聴き手に渡したい言葉を、曲を選ぶ段階から考えています。
薬師丸は体力も声も若い頃から変化していると認めたうえで、このアルバムを新しい出発点にしたいとも語りました。
懐かしい声を保つことと、新作を作ることは、本人の中で対立していなかったのです。

その変化が一曲で見えるのが、自作詞の「アナタノコトバ」です。
アルバムに収録された後、2019年10月のBunkamuraオーチャードホール公演でも歌われました。
スタジオで生まれた自分の言葉を、今度は客席を前にした歌にする。
後年の薬師丸が「歌は人前で育つ」と説明する歩みの、ひとつの途中にある公演です。

2021年、歌う場が途切れた後の発見

2019年の公演から約2年、コンサートで歌う機会が途切れました。
2021年にキリスト品川教会で行った無観客公演へ向け、久しぶりに歌った薬師丸は、自分の中から思いがけない声や歌の世界が出てくることを、リハーサルの時点で感じたといいます。
昔の状態へ戻すだけではなく、本人にも発見がありました。

この公演では従来の映画主題歌とともに「アナタノコトバ」を選びます。
今感じていることを聴き手へ届けたいという思いが、2018年に自分で詞を書いたこの曲を、改めてセットリストへ戻しました。

さらに、前年にドラマ『エール』で役として歌った賛美歌「うるわしの白百合」を、コンサートでも歌っています。
実はこの曲は、薬師丸が学生時代、礼拝の授業で歌っていた大好きな賛美歌でした。
本人は、ドラマで演じた光子が焼け野原で歌う場面も、教会を会場に選んだ気持ちにつながっていたかもしれないと振り返ります。
学生の頃の記憶にある歌が、役を通して再び自分に戻り、今度は歌手として選ぶ一曲になったのです。

新しい歌を選び直し、演じた役から受け取った歌を舞台へ持ち込む。
歌唱の場が戻ったとき、薬師丸の手元には、デビュー時にはなかった歌の引き出しが増えていました。

薬師丸は同年、若い頃の「感じたまま」から、今は自分の個性をどう伝わる形にするか考えるようになったとも話しました。
その一方で、ヒット曲の聴き手が覚えている印象は壊したくない。
同じ公演の中で、聴き手の記憶を呼び起こす歌と、現在の自分から届ける歌を並べていました。

2024年、木の下の小さな花と、古い歌の新しい顔

2024年のアルバム『Tree』では、薬師丸が「今日」と「時の道標」の詞を書きました。
「今日」では大きな木だけでなく、木陰の下草や小さな花にも目を向けたと本人は話します。
前作からの6年間に、音楽で何を伝えられるかを考え、もう一度希望を歌いたかったという言葉も残しています。
『エトワール』でも大切にした「今の自分が選ぶ言葉」は、次のアルバムでも続きました。

同じ年、薬師丸は全編をフルオーケストラで歌う公演に初めて臨みます。
以前から誘いはあったものの、本人には高いハードルに見えていました。
1985年の「あなたを・もっと・知りたくて」以来、作品をともに作ってきた武部聡志がプロデュースを引き受け、岩城直也が指揮と編曲を担当します。

薬師丸にとって武部の編曲は、歌詞に書かれていない情景まで想像させてくれるものでした。
10代、20代の頃の曲を今歌っても、その世界の主人公に戻れるといいます。
武部も、編曲の大切な役割は景色を描くことだと話しました。
長年の歌に新しい伴奏をつけることは、音の飾りを増やすだけでなく、薬師丸がもう一度その物語へ入るきっかけにもなるのです。

同年2月、NHK『SONGS』でオーケストラと「探偵物語」を歌った薬師丸は、冒頭から曲の世界が新鮮に感じられ、40年以上たっても別の顔に出会えたと語りました。
武部は1980年代から知る彼女の声の個性は今も残ると言い、一方で本人は、客席の前では伝えたい思いが強くなり、歌が育っていくと話します。
残したいのは聴き手が知る歌の芯であり、歌い手がその日の曲に感じることまで固定する必要はない。
その両方が、初めての全編オーケストラ公演で顔を合わせました。

2024年の武部聡志(左)と薬師丸ひろ子(右)
2024年の対談。
左:武部聡志、右:薬師丸ひろ子。
撮影:石阪大輔/写真出典:Billboard JAPAN

1981年の曲を2013年に録り直し、その後の新作でも自分の詞を届け、2021年には歌う場へ戻って新しい声の可能性に気づき、2024年には長年の曲の別の景色に驚く。
薬師丸ひろ子の変遷は、思い出の歌を大切にするからこそ、その歌を今の自分で歌い直し続ける歩みです。

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