力強く歌うことで知られる渋谷すばるが、2025年の「さらば」では、あえて熱を前に出しすぎないようにした。
歌の中でも感情が高まるところで、気持ちをそのまま声に乗せると、聴く人が受け取る余地まで埋めてしまうと考えたからだ。
その一方、同じ年のアルバム『Su』では、関西弁の言葉を畳みかける曲を自ら作っている。
自分の曲を作ること、人から託された曲を歌うこと、その両方を経験するうちに、声の力をどこで使うかが変わっていった。
2019年の「ぼくのうた」から順にたどると、「さらば」で抑えた理由も見えてくる。
2019年『二歳』――自分の歌を、自分で作るところから
渋谷はグループで長く歌ってきた。
そこで歌った曲の多くは作家から提供されたものだったと、本人は後に振り返っている。
独立後、2019年10月に出したアルバム『二歳』では、作詞や作曲にも自分で取り組んだ。
冒頭の「ぼくのうた」は、その新しい出発を示す一曲だ。
2024年の取材で渋谷は、最初の3枚のアルバムでは、自分のやりたい表現を自分の責任で形にする必要があったと語った。
曲を渡されて歌うだけでなく、自分の内側にあるものから歌を作る。
歌手として何を歌いたいかを、まず自分で決める時期だった。
ただ、この時期の声が常に一つの調子だったわけではない。
2020年1月29日の『二歳』ツアーを取材したライターは、「ぼくのうた」では訴えるように声を張り、「なんにもないな」では優しく語り、「Curry On」では歌謡曲を思わせる歌い回しやビブラートが聞かれたと記している。
ビブラートは、伸ばした声が揺れること。
強く訴える歌と、優しく語る歌は、ソロ初期の同じ公演に並んでいた。
同ツアーの幕張メッセ公演からは、「なんにもないな」のライブ映像も公開されている。
当時の曲作りの中心は自分自身だった。
自分で書いた言葉の行き先を自分で知っている歌と、別の人が描いた人物や景色を引き受ける歌では、準備の仕方が変わる。
その違いに渋谷が改めて向き合うのが、2024年の『Lov U』である。
曲を作れない時期に、次の表現を探していた
ただ、3枚の自作アルバムから『Lov U』へは、順調に進んだわけではなかった。
2023年1月の「ないしょダンス」以降、渋谷は新しい音楽を作れなくなったという。
本人は音楽への情熱が消えたのではなく、音楽以外の問題で余裕を失っていたと説明している。
既存の曲でライブを続けながら、次に何を表現するかを探す時期だった。
転機は、リハーサルスタジオでの偶然の出会いだった。
隣の部屋にいたトイズファクトリーの関係者と、スタッフを介して知り合い、話す機会ができた。
そこから新しい表現の提案を受けるようになる。
自分だけで次の曲を生み出そうとしていたところへ、人の目を通した渋谷すばるの可能性が入ってきたのである。
2024年『Lov U』――提供曲に、自分の知らない自分を見つける
『Lov U』は全12曲のうち、渋谷が自ら作詞・作曲したのは1曲だけだった。
渋谷には以前から「歌うことに徹してみたい」という気持ちがあり、今度は多くの作家に曲を委ねた。
以前も提供曲を歌っていたのだから、元に戻ったようにも見える。
だが本人は、昔に戻った感覚はなかったという。
自作のアルバムを3枚作り、そこで経験した自分が、いま他人の曲を歌っているからだ。
提供曲をただ受け取って、その場で声を乗せたわけでもない。
作家と会って話し、届いたデモを何度も聴き、録音前に歌い込んだ。
自分なら書かなかった曲をどう表現するかを考える時間が、歌手としての仕事の中心になった。
渋谷はこの制作を通じて、歌うことが自分にとってどれほど大きいかを再認識したと話している。

撮影:笹原清明/写真出典:音楽ナタリー。
アルバムの表題曲「Lov U」は、本人もとりわけ難しかったと語る。
曲の世界やメロディーが、それまで自分で選んできた表現とは違ったからだ。
一曲の中でどの言葉を柔らかく、どこを強く伝えるかは、渋谷すばるの歌い方を扱った記事で詳しく見ている。
ここで重要なのは、他人が書いた歌を解釈する過程そのものが、次に作る歌へつながったことだ。
アルバムを完成させても、新しい曲がすぐにステージで自分のものになったわけではない。
『Lov U』のツアー前半には、公演後に本番の音源を聴き返し、難しさを感じることが何度もあったという。
自作中心だった以前の曲と、雰囲気の異なる新曲を、一つのセットリストの中で届けなければならなかった。
一本ずつ向き合った末、2024年12月の最終公演で、スタッフから昔の曲と新曲の間に境目がなかったと言われた。
渋谷はそこで初めて、『Lov U』が自分のものになったと感じたそうだ。
歌詞を理解して録音する段階から、客席の前で自分の歌として届ける段階へ。
その過程を重ねている最中に録ったのが、次の「さらば」だった。
2025年「さらば」――感情が強い場面ほど、声を引く
『Lov U』のツアー中だった2024年12月、渋谷は作詞・作曲家miccaによる「さらば」を録音した。
曲は翌2025年3月に発表される。
本人によれば、難しかったのは、力を込めて歌うだけではこの歌を表現しきれないことだった。
むしろ淡々と、まっすぐ伝える歌い方が必要だったという。
特に難しかったのは、最後のサビへ向かう前に伴奏の勢いが落ち着き、歌が際立つ「落ちサビ」だった。
本人は、曲の中でも感情的になる場面だからこそ、歌詞と逆の気持ちを持つくらいで、ちょうど表現を引き算できると考えた。
悲しい気持ちをそのまま最大限にぶつければ、歌い手の感情は伝わるかもしれない。
しかし聴き手が自分の経験を重ねる余白は小さくなる。
渋谷がこの曲で選んだのは、感情をなくすことではなく、表に出す量を調節することだった。
強く歌う場所を絞るから、その一瞬が生きる。
渋谷は「さらば」を通じて、その配分を学んだと話している。
全体を小さな声でまとめることではなく、弱い表現も自分で選べるようになるための録音だった。
本人は『Lov U』を経験したからこそ、「さらば」に挑めたと振り返った。
自作の歌で自分の気持ちを伝えてきた人が、誰かに託された歌では聴き手の気持ちが入る場所まで考える。
その変化は、声量を下げたという一言よりも大きい。
2025年『Su』――抑えることを覚えた後も、勢いを選べる
「さらば」を含むアルバム『Su』は、2025年11月に出た。
渋谷は『Lov U』のツアーを経て、次はライブで歌いたくなる曲を作ろうと考えたという。
提供曲で得た視点を手放すことなく、自分でも再び曲を書く。
以前と同じ位置へ戻るというより、他人の曲を歌った経験を持ったまま、新しい曲に向かった。
制作の起点になったのは、自作の「with U」だった。
渋谷が思い描いたのは、聴く人が音楽に身を委ねて体を揺らせるような曲。
ライブの客席を想像して作ったデモから、次の曲のアイデアも湧き始めたという。
最初はアルバム名にもするつもりだったほど、この一曲は制作を動かす役割を持っていた。
表題曲「Su」では、かねてから思い描いていた関西弁の言葉を畳みかける歌を形にした。
横山裕もゲストボーカルで参加している。
渋谷は、勢いよく聞こえるこの曲を、実際には一つ一つの展開を考えながら作ったと話す。
「さらば」で熱を抑えたからといって、強く歌う選択を捨てたわけではない。
同じアルバムの「Final Note」は、バンドメンバーの三井律郎と、ハーモニカとギターが一緒に鳴るリフの話をしたことから生まれた。
渋谷は、自分の世代が好んだオルガンの音を入れると、古く聞こえるのではないかと迷った。
同い年の三井から、若い人にはむしろ自然に聴けるはずだと励まされ、好きな音を素直に選べたという。
曲を作った本人が、舞台ではバンドとともに歌う。
「自分で作る」と「人と作る」も、今の渋谷の中では分かれていない。
「ぼくのうた」で自分の歌を作り、『Lov U』で人から託された歌に向き合い、「さらば」の落ちサビでは、感情が高まる場面だからこそ声を抑えた。
そして『Su』では、再び勢いのある言葉も歌う。
渋谷すばるの変化は、何を伝えるために声の力を出すか、引くかを選び続けていることにある。







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