「ひとりぼっちのハブラシ」で好きになった甘い声を、その後の長瀬智也の歌にも探し続けたファンがいます。
その聴き手が、2012年のアルバムで懐かしい表情を再び感じています。
しかも、そのファンは「宙船」には荒々しい歌い方を望んでいました。
好きな甘さが戻ることと、どの曲も穏やかになることは、同じ願いではなかったのです。
語尾の表情、ことばの伝え方、伴奏との関係をたどると、曲によって求められる表情を重ねてきた歩みが見えてきます。
Kode Talkers「例のモノ」―公式MV(2025年公開)
2001年、桜庭裕一郎の歌に感じられた甘い語尾
「ひとりぼっちのハブラシ」は、2001年のドラマ『ムコ殿』で長瀬が演じた歌手、桜庭裕一郎の曲です。
TOKIOの「メッセージ」とともに発売され、つんくが作詞・作曲を手がけました。
バンドのフロントマンとはまた違う、恋の歌を歌う人物としての長瀬を印象づけた一曲です。
2020年にこれらの曲を振り返ったファンは、フレーズの終わりで力を抜き、声がわずかに裏返るところに甘さを感じています。
しかし、同じ桜庭裕一郎名義でも、2003年の「お前やないと あかんねん」では、その語尾の裏返りが薄れたと受け止めました。
同じ人物の姿で歌っていても、歌声から受ける印象まで同じではなかったのです。
この聴き手は、「ひとりぼっちのハブラシ」以前には、甘くない歌い方のほうが多かったとも振り返っています。
2001年の甘さを、初期全体の歌い方と広げずに考えたいところです。
2004〜2006年、荒さを感じさせる歌と、自分で描いた「宙船」
力を前へ出す歌い方は、好意だけで受け止められてきたわけではありません。
2004年の『10th anniversary LIVE』を振り返るDVD評では、冒頭の「GREEN」から、がなりの強い、かすれた歌い方をしていると評されています。
以前の録音とは違う荒さに、もう少し丁寧に歌ってほしかったという感想も残りました。
この評は、同じ公演でも時間が進むにつれて声が安定していく、とも書いています。
また、ほかのメンバーへ歌が交代するときに、歌い方の違いが大きく感じられたという指摘もあります。
一つの公演に残された比較なので、2004年の歌すべてを同じ状態として扱うのではなく、この舞台で強く表れた荒さとして読むのが自然でしょう。
その声の勢いが代表曲の印象と結びつくのが、2006年の「宙船」です。
歌詞と曲を書いた中島みゆきの歌を、ただそのままなぞって出来上がった録音ではありませんでした。
船山基紀へ取材した音楽評論家の藤田太郎によると、中島から届いたのは、アコースティックギターに歌を重ねたデモでした。
船山がTOKIOらしくするにはどうすればよいか考えていたところへ、長瀬自身が別のデモを持ってきたそうです。
長瀬は、パソコンでギター、ベース、ドラム、キーボードの伴奏を作り、自分の歌を重ねていました。
どんなふうに歌いたいかを、声だけでなく曲全体の形にして伝えたのです。
船山は、その完成度と長瀬が考えてきた内容に驚き、その方向を生かして、より華やかな編曲へ仕上げました。
ここで見えてくるのは、与えられた曲を歌うだけでなく、伴奏を含めて自分の表現を示す歌い手です。
自分の声をどんな音の中に置きたいかまで提案していたことが、この時期の歌を考えるうえで大切です。
2010年代、力強さの中で、ことばと甘さが見え直す
2018年にTOKIOの歌を振り返ったバンド経験者のほしのりは、2006年のGet Your Dreamツアーでの「LOOP〜愛しい日々のメロディー〜」に、叫ぶようなしゃがれた歌い方を感じています。
2011年のPLUSツアーなどと比べ、2010年前後からの歌には、力強さを保ちながら、歌詞の意味を一つずつ届けようとする丁寧さを感じると書きました。
荒さが減ったという印象と、伝えることばへの関心が、そこで結びついています。
以前の甘い声を待っていたファンも、2012年の『17』に収録された「Sometimes」で、その表情が戻ってきたと感じています。
翌2013年の「リリック」では、男らしさと甘さが一緒になった歌声として受け止めました。
「リリック」は、長瀬自身が作詞・作曲・編曲を担当した曲です。
ただ、このファンは、後年のテレビで「宙船」の歌い方が落ち着いたことには物足りなさを感じています。
この曲には、叫び捨てるような荒々しさを求めていました。
ことばが届くようになったという評価も、その曲特有の荒さを残してほしいという思いもある。
声の変化は、曲への愛着によって別の意味を持っていたのでした。
Kode Talkersで、声を生かすために音を減らす

画像出典:写真掲載元
2023年には、久保田光太郎とともに活動するKode Talkersが、最初のアルバムを発表しました。
長瀬はこのバンドの音楽について、子供の頃から歌ってきたポップスを、ここでも正面からやることに意味があると話しています。
新しい名義で始める際にも、自分が長く歌ってきた音楽とのつながりを意識していたのです。
長瀬にとって久保田は、20代の多くの時間を、音楽やギターと向き合って過ごした相手です。
昔から言われていたのは、間違えずに上手く歌うことより、とにかく歌え、ということでした。
若い頃は分からなかったその言葉を、長瀬は、芝居のセリフに思いを吹き込む感覚に近いものとして受け止め直しています。
ただし、分かれば簡単にできるという話でもありません。
どう歌えば自分の感じたことを伝えられるのか、久保田と話し合い、答えを探す作業は続いていました。
バンドの音作りでも、長瀬の歌をどう生かすかを、メンバーが考えています。
久保田によると、音数は最小限にし、長瀬がAメロを歌っている間はギターの音量を絞る。
間奏では音量を上げ、歌から受け取った流れを演奏で返すように考えていました。
声を聴かせる場所を、伴奏の側からも作っているのです。
2006年の「宙船」では、歌と伴奏を自分で組んで、歌いたい方向を示しました。
2023年のKode Talkersでは、声を生かすために周りの音を減らす判断を、仲間と重ねています。
異なる時期の二つの制作には、声だけを取り出さず、歌が届く音全体を考える姿勢が見えます。
同じ聴き手が、ある曲では甘さを、別の曲では荒々しさを求めていた。
本人も、同じ声を一つの型に固定せず、曲の中でどう生かすかを探ってきた。
聴き手が強い声の中に柔らかさを感じ直したことと、新しいバンドで本人がポップスを選んだこと。
受け止める側と作る側の両方から、長瀬の歌に重なってきた表情が見えてきます。
役に合わせて高い声を選び、歌のリズムを作り込む過程は、長瀬智也の歌い方で詳しく取り上げています。







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