Nulbarichが活動休止前に発表したアルバムには、少し不思議な曲がある。
バンドの中心人物JQが歌うのに、曲名は「Lights Out feat. Jeremy Quartus」。
Jeremy QuartusはJQ自身のソロ名義だ。
なぜ、自分のバンドの曲に自分を客演させたのか。
そこには、バンドの活動を休み、一人の歌手として歩き出す、JQの意思が表れていた。
それ以前も、JQは曲を書き、自分の体験に遠い感情を歌詞にしない人だった。
ただ、Nulbarichとして届ける音楽と、ソロで迷いの最中から発する音楽では、誰の気持ちとして言葉を届けるかが違う。
2016年の「NEW ERA」から、2026年にほかの作り手へ歌を委ねる試みまで、その変化を本人の発言と作品でたどる。
2016年:「NEW ERA」は歌詞より先にメロディから始まった
JQはもともと、自宅で曲を作る時間の長い人だった。
2016年のアルバム『Guess Who?』は、Nulbarichを初めて知る人への挨拶でもある。
リード曲「NEW ERA」では日本語と英語が滑らかに交わるが、本人は当時、二つの言語を混ぜることを強く意識していなかったと話している。
まず意味のない英語を口ずさんで旋律を作る。
そのときの母音や雰囲気が、完成した歌にも残ったのではないかという。
主張したい言葉を大きな声で掲げる前に、耳にどう収まるかを確かめる。
JQは歌の「耳当たりのよさ」を意識し、日常のどこかで偶然流れて、その人の思い出になる曲を望んでいた。
声を単独で目立たせるより、生活へ入り込む音楽の一部として置いたのだ。

撮影:渡邉一生。
写真出典:Billboard JAPANの本人取材
「僕の曲」から、メンバーと作る「僕らの音」へ
NulbarichはJQが曲の土台を持ち込み、メンバーと形にしていく。
2017年、本人は活動開始からの一年で変わったものとして、「バンドの密度」を挙げた。
自分の下書きをメンバーが壊すこともある。
『Guess Who?』から『Who We Are』へと続く作品名は、最初から二部作として計画したものではなかった。
仲間とのやり取りが増える中で、JQの下書きは、そのままでは終わらない曲になっていく。
この頃のJQは、メロディに仮の言葉を当て、後から日本語の強いフレーズを入れ、歌詞に説得力を与えようとしていた。
一方で、自分が感じたことのない感情では歌ってもしっくりこないという。
メンバーと作る音楽になっても、声の内側には「自分にとって本当か」という基準が残っていた。
2023年、同じ「NEW ERA」を新しい場に置く
2023年、Nulbarichは「NEW ERA」をTHE FIRST TAKEで再び演奏した。
JQはこの曲をバンドの出発点だと位置づけ、ロサンゼルスを制作拠点にした後の新しいビートで臨んだ。
デビュー時の曲をそのまま持ってくるのではなく、今の制作環境で組み立て直して歌ったのである。
出発点を残しながら、新しいビートに置き直す余地も残していた。
翌2024年の「Liberation」でも、それまであまり使ってこなかった速いテンポとUKガラージの感触を選んだと話している。
代表曲が広まったあとも、一つのグルーヴだけに音楽を留めてはいなかった。
こうした更新を続ける一方、同年末にはバンド活動そのものをいったん休むことになる。
2024年の「Lights Out」で、自分を客演にした理由
Nulbarichは2024年末をもって活動を休止した。
同年12月のアルバム『CLOSE A CHAPTER』の末尾に置かれた「Lights Out feat. Jeremy Quartus」は、JQ自身が語るところでは、バンドの看板をいったん降ろす意思を伝える曲だった。
バンドとして一区切りをつける作品に、次の活動名義が記されていたのである。
休止後も環境は大きく変わらないと思っていたが、実際にはメンバーと連絡する時間が減り、寂しさや迷いが出てきたという。
名義を用意しただけで、その先の音楽まで出来上がっていたわけではなかった。
誰と、どんな曲から始めるかを、一つずつ決める必要があった。
2025年:最初は、他人から見たソロの自分を受け取る
Jeremy Quartusとしての最初の一曲「Back To Paradise」は、Chaki Zuluに制作を託した。
ヒップホップやクラブの音楽で実績を持ち、Nulbarichも知る人なら、自分のソロをどう作るだろう。
完成した方向を持ち込むのではなく、相手の見方を聞くことから始めたのだ。
次の「Beat Tub」を任せたSTUTSは、フェスで共演するなど、より近い距離で活動を見てきた相手だった。
Chaki Zuluとは異なる立場から自分を捉えてもらうことで、最初の二曲が足場になったという。
一人で始めるために、まずほかの人の想像力を借りた。
その二曲を受けて、三曲目の「Relapse」は自身で制作した。
外から見たJQを提示してもらったあと、自分ではどう表すかを返す順番だった。
ソロになったことを、すべて一人で作るという意味にはしなかったのである。
座って歌う小さな空間から、ソロの距離が生まれた
ソロを思い描くきっかけは、活動休止より前にあった。
コロナ禍のロックダウン中、JQはベッドの上でパソコンを使い、防音のため布団をかぶってハンドマイクで録音していたという。
座って歌うときの声の範囲や、そのとき目に入る小さな空間から曲を考えた。
自分自身と向き合うその時間に、ソロの発想が少しずつ生まれたと振り返っている。
Nulbarichでは、日本武道館や大きなアリーナで鳴ることを考えて曲を作っていた。
一方、ソロでは初めからその規模の会場を想定してはいないという。
大きなショーを完成させる前の、生活の中で歌っている自分を曲の出発点にした。
声を小さくするという一つの技法よりも、どこにいる自分から音楽を始めるかが変わっていた。
2026年2月の『UP TO THE MINUTE MIXTAPE』についても、本人はバンドの「僕ら」の意思表明と、個人の最近の気持ちを伝えることを区別した。
みんなで相談して結論を出す前の、自分の迷いも歌になる。
ソロ公演も、整えたショーを見せるより、日常の自分を見られる感覚だと説明している。

写真出典:Spincoasterの本人取材(Photo by Motomi Mizoguchi)
2026年のミックステープで、歌の残し方を変える
「HOLY」では、椅子に座ってギターを弾き、歌もギターも一つのボーカル用マイクで録った。
そこへシンセベースを加えるという作り方だった。
JQは、十分な録音環境を整えて作品を作る従来の進め方から外れた試みとして、この曲を語っている。
あとからアレンジを変える余地も残したまま、今の自分を出すという考えが、録音の方法にまで及んだ。
「BIG BUG BEAR」では、Nulbarichのメンバーでもある山﨑豪と、アカペラに和音を付け直した。
一言ずつの感情に合わせ、どこで悲しさを残し、どこから気持ちを動かすかを相談したという。
以前からトラックによって歌が変わると話していたJQが、言葉と和音の関係を、さらに細かく作る経験になった。
ただし、バンド時代の自分をすべて消したかったわけではない。
最初はNulbarichと逆の方向へ進もうと考えたが、「Deep End」のように従来の自分ともつながる曲を残した。
バンドらしいものを避け続けると、自分まで別人にしてしまう。
二つの活動の自分を共存させる必要を感じ、スタッフと試行錯誤して収録曲を決めていったという。
この年の2月の取材では、ステージで楽しむ姿勢は、ソロでも大きく変わっていないと話していた。
2026年秋:「ポップス」で、普段なら残す発音の癖を変える
その先で、歌い方そのものにも普段とは違う注文が入った。
n-bunaとVaundyに、歌詞も音も任せて制作した二曲である。
JQは以前から二人のポップスの作り方に関心があり、食事を重ねる仲から、ソロを後押しする共作が始まった。
録音の出来を判断する役割も二人に渡し、いつもの歌い方へ戻ろうとすると、やり直しを求められたという。
9月23日発売の「ポップス」では、n-bunaがJQの日本語の歌い方に注目した。
彼には、英語の子音や強弱の付け方が日本語にも表れるのがJQの個性だと聞こえていた。
そこで今回は、日本語の音を一つずつ旋律へ当てる、歌謡曲のような方法を試したかったという。
JQ自身も、カタカナの語を英語風に歌うたび、日本語として歌うよう直されたと振り返っている。
初期は、仮の英語から生まれた母音や雰囲気を残して曲を完成させていた。
今度は、その自然に出る癖までいったん変えて、別の作り手が考えた日本語の歌に向き合った。
英語と日本語を混ぜることをやめたという話ではなく、曲に応じて普段とは違う歌い方を試す機会だった。
Vaundyが手がけた「僕らの事にさせて」は、2026年11月4日発売予定だ。
公開済みの制作対談では、JQは普段より熱量を出して歌うことに苦戦したと明かしている。
録音中は二人の指示に体で反応するような感覚で、自分には未知の歌い方を試す発見が続いたという。
自分で曲を作っていないからこそ、その方向へ思い切って進めたとも話している。
「Lights Out」で示したソロへの一歩は、一人きりで自分を完成させることにはならなかった。
迷っている自分を録音に残し、バンドの仲間とは言葉の感情を掘り下げ、別の作り手には発音や熱量の判断まで委ねた。
「僕」の歌になったからこそ、自分をどう歌わせてもらうかという、新しい選択も生まれている。
一曲の中でメロディと言葉をどう合わせるかは、JQ(Nulbarich)の歌い方で掘り下げる。







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