小比類巻かほるの歌い方|声の出し方だけでなく「聴こえ方」を決める

2023年取材時の小比類巻かほる シンガー

「Hold On Me」の力強い印象から、小比類巻かほるの歌い方を声量だけで説明したくなる。
けれども本人の録音の話を追うと、歌う前にどんな音が耳へ返ってくるか、誰と声を重ねるかを細かく気にしている。
歌声は喉だけで完成するものではないという視点が、彼女の仕事を理解する鍵になる。

力強く歌う曲がある一方、子守歌のような意味を込めて柔らかく歌う曲もある。
声の勢いを保つことと、曲に合う表情を選ぶことを、彼女はどのように両立させているのだろう。

一発録りの英語で、声以前に言葉が試された

デビュー間もない頃に歌った『あぶない刑事』の挿入歌「Cops and robbers」。
小比類巻は、英語の歌詞が早口言葉のように書かれ、当時の録音は一テイクが常だったため苦労したと述べている。
英語を交えた曲を軽やかに歌う、という完成形だけを見ていると、この負荷は見落としやすい。

一テイクなら、言葉を言い直す余地も小さい。
速い語句を拍に収める必要がある一方、曲を単なる発音の練習にはできない。
本人が明かした苦労から分かるのは、歌い方の出発点が「高い音を出す」以前に、言葉を演奏として成立させることだったという点だ。

本人は同じ回想で、コーラスグループのEVEが担当したラップの躍動感に胸を躍らせたことも明かしている。
この曲の声の面白さは、小比類巻一人の速い発音だけでできているのではない。
主役の歌と別の声のリズムが一緒に置かれることで、言葉の運び方にも違う表情が生まれる。
歌手名を知っている曲でも、どこを誰が歌っているかに注意すると、声の役割をより細かく聴き分けられる。

「TOGETHER」で声を重ねる相手を選ぶ

「TOGETHER」では、ニューヨークのゴスペル・クワイアがコーラスに加わった。
小比類巻は、そこで歌ってもらうために若いプロデューサーとして丁寧に向き合ったこと、仕上がったコーラスに感動したことを語っている。
歌手の歌い方を見るなら、主旋律の声だけでなく、誰の声と並べるためにその曲を作ったかも外せない。

この曲の背景には、本人がニューヨークで観たゴスペルを扱う舞台と、以前から好きだったソウル歌手の存在がある。
だから「洋楽風」の一語で片づけるより、ほかの歌い手の声を曲へ招き入れた選択に目を向ける方が、小比類巻らしさが具体的に見える。
声を置く相手が変われば、歌の設計も変わる。

演奏者と言葉の意味を共有する場面もあった。
「TONIGHT」の録音前、ベーシストのマーク・イーガンから歌詞の内容を尋ねられ、小比類巻は、幼い頃に信じていたものを思い出してほしいという応援の歌だと説明した。
そのやり取りのあとにベースのソロが出来上がったと、本人は記している。

歌詞の感情を歌手だけが背負うのではなく、伴奏にも同じ方向を向いてもらう。
周囲の音と気持ちを分け合うことも、歌の伝わり方を作る仕事なのだ。

小比類巻かほるの公式ポートレート
公式プロフィールに掲載された小比類巻かほる。
写真出典:小比類巻かほる公式プロフィール

プリンスの曲を歌うために、手がかりの音を加える

プリンスとの制作では、まず歌える環境を自分たちで整える必要があった。
小比類巻によると、日本に届いた音源はコピー対策のために音質を落としてあり、そのままでは歌を重ねにくかったという。
そこで自分たちでピアノを加え、その音を頼りに歌入れをした。
歌声だけの音源と、伴奏に重ねた音源の二種類を送り返したと、取材で説明している。

この話からは、声を出す前に何を聴くかという準備の大切さが分かる。
完成した伴奏へそのまま乗るのではなく、自分が旋律をつかめる手がかりを作ってから歌う。
強い声を持っている歌手でも、音が分かりにくいまま勢いで押し切るのではない。
この工夫は、後に語ったマイク選びとも、歌っている本人の聴こえ方を大事にする点でつながっている。

録音中に聞こえる高域が、歌う気分を左右する

マイクについての本人の話はさらに具体的だ。
2016年の録音取材では、普段使うマイクはU47だと話している。
別のマイクを試した際には、歌っている最中に高い成分が聞こえると話し、マイクの調子が悪い日はその一日が終わってしまうと思うほど、音の状態を大切にしているという。
本人が「うっとり感」と呼ぶ感覚は、完成した音を後から加工する話ではなく、歌っている瞬間の手応えだ。

同席した録音エンジニアも、良いマイクだと歌い手が楽しそうになり、録音が進みやすいと述べている。
小比類巻はブースで真空管とFETの配合を試し、その作品では真空管のみを選んだ。
マイクの機種だけで歌唱の良し悪しが決まるわけではない。
それでも、本人が返ってくる音を確かめ、歌う気持ちに関わるものとして選んだことは確かだ。

2023年取材時の小比類巻かほる
2023年の本人取材時の小比類巻かほる。
写真出典:ENCOUNTの本人取材(撮影:荒川祐史)

彼女は若い頃から録音技術を学びたいと思い、歌手としてスカウトされたときにはエンジニアの道も考えていた。
その経緯を知ると、ブースの中で機材を自分で調整する姿が特別な寄り道に見えなくなる。
声を前へ押し出す方法と同じくらい、声がどう聞こえる場所を作るかを、歌の一部として扱っているのだ。

「オーロラの瞳」では、柔らかさが曲の意味になる

力強い代表曲と並べて聴きたいのが、「オーロラの瞳」のRevox Versionだ。
本人はこの歌い直しについて、子守歌のような意味を持たせ、ソフトに歌うものだと説明している。
思い出や故郷への気持ちが揺れるとき、一人でも安心できた場所を思い返す曲だという。
ここでは声の勢いで相手を引っ張るより、落ち着いて戻れる場所を作る柔らかさが、曲の内容と結びつく。

歌い直しというと、以前より力強く歌えるか、高音が出るかという比較に目が向きやすい。
しかしこの曲で本人が挙げたのは、どんな気持ちで相手に届く歌にするかという選択だった。
声を控えめにすることにも、曲に合った積極的な意味がある。
小比類巻の表現を大きな声だけで捉えると、こうした柔らかさを選ぶ判断まで見落としてしまう。

「Hold On Me」を聴くときのもう一つの手がかり

「Hold On Me」は、ドラマ主題歌として広く届いた歌であり、後には別の編成や新しい録音にもなった。
強いサビだけへ耳を向けると、歌う環境を自分で選ぶという小比類巻の仕事が隠れてしまう。
英語の速い歌詞に苦労した一テイク、ほかの歌い手を迎えた合唱、録音中の返り音へのこだわりは、ばらばらの逸話ではない。
何を歌うかと同じ重さで、どう声を届けるかを決めてきた例である。

言葉、相手の声、録音中の聞こえ方を選ぶ歌手として見る。
その視点で代表曲に戻ると、歌い方の「力強さ」は声の大きさだけを指さない。
なお、「Hold On Me」が録り直しを重ねてきた流れは小比類巻かほるの歌唱変遷でたどれる。

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