小比類巻かほるの歌唱変遷|「Hold On Me」を何度も録り直した理由

小比類巻かほるの公式ポートレート シンガー

小比類巻かほるは、「Hold On Me」を別の編成や新しい録音で歌い続けてきた。
「オーロラの瞳」の再録では、子守歌のような意味を込め、柔らかく歌ったと説明している。
大切だったのは、昔の曲に今度はどんな気持ちを託すかだった。

ヒット曲を得たあと、彼女は海外の合唱団やプリンスと制作し、自分を励ます曲を書き、過去の歌にも違う表情を選んできた。
その歩みをたどると、「Hold On Me」の録り直しも、懐かしい曲をもう一度発売するだけの仕事には見えなくなる。
歌う曲と、それを届ける方法の両方を、自分で選び直してきた歴史がある。

1987年:「Hold On Me」の成功を待つだけではいられなかった

1985年にデビューした小比類巻は、もともと音楽を作る裏方の仕事に憧れていた。
高校時代にレコード会社から声を掛けられたときも、最初はエンジニアになれると思ったという。
最初の海外録音では、歌を吹き込むだけでなく、一流の演奏者や技術者がどう音楽を作るかに夢中になった。

しかし、最初の2枚のアルバムでは結果が出ず、次も売れなければ引退だと告げられる。
小比類巻は土屋昌巳に制作を依頼し、自ら企画会議で曲を説明するようになった。
誰に届けるか、どのように宣伝するかまで考え、スタッフの前で提案したのである。

その時期に作った『I’m Here』から、1987年の「Hold On Me」がドラマ『結婚物語』の主題歌として広まった。
並行して制作した次作『Hearts On Parade』では、写真やジャケット、宣伝にも本人が関わった。
歌が売れたあとに突然制作へ目覚めたのではない。
歌い手として残るためにも、自分の音楽がどう形になり、どう届くかを引き受けようとしていた。

小比類巻かほるの公式ポートレート
公式プロフィールに掲載された小比類巻かほる。
写真出典:小比類巻かほる公式プロフィール

1988〜1989年:合唱団やプリンスと、声を作る仕事を分け合う

1988年にはニューヨークへ移り、現地の音楽家と録音する。
エンジニアの技術を学びたいという思いも、この渡米を後押しした。
「TOGETHER」には、タワー・オブ・パワーのホーン隊と、ニューヨークのゴスペル・クワイアを迎えている。

合唱団を招けば、自動的に思い描いた歌になるわけではなかった。
若い小比類巻がプロデューサーだと名乗ると、当初は軽く見られたという。
それでも丁寧に向き合い、歌ってもらったコーラスの仕上がりに感動したと振り返る。
主旋律を自分が歌うことに加え、ほかの人の声も含めて曲を完成させる経験になった。

翌1989年の『TIME THE MOTION』では、プリンスと「MIND BELLS」「BLISS」を制作した。
ところが、日本へ届いた伴奏はコピー対策のため音質を落としてあり、そのままでは歌を重ねにくかった。
そこで自分たちでピアノを加え、それを頼りに歌い、声だけの音源と伴奏に重ねた音源を送り返したという。
憧れの音楽家との共演にも、歌える状態を自分で整える作業が必要だった。

「MIND BELLS」では、日本語の短い言葉を二十以上録って送るやり取りもあった。
完成した曲にはプリンス自身のコーラスも加わり、小比類巻はその参加に驚いたと話している。
一人で録音を終えるだけでは得られなかった声の組み合わせが、自分の作品に残った。

1995年:自分を支えるために作った「Keep on Dreamin’」

海外の演奏者と作品を重ねる一方、歌う理由はもっと個人的なところにもあった。
『KOHHY 2』に収録した「Keep on Dreamin’」は、本人にとって生涯歌い続けたい曲だった。
当時は思いがけない困難に直面し、そこから抜け出すためにも、自分の力になる歌が必要だったという。

制作では生の楽器の響きを大切にしたが、歌の録音は疲労の中で行われた。
本人は、ソファに横たわったまま声を重ねたと記している。
この曲が生まれた背景には、歌い手自身がその歌に励ましを求めていた時間もある。
外へ向けて自分を知ってもらう歌と、自分が明日も歌うための曲が、ここでは重なっていた。

再録で変えたもの――「Hold On Me」と「オーロラの瞳」

過去の曲を別の形で歌う仕事も続いた。
1997年の『Anniversary Nights』はアカペラとアンプラグドを掲げ、その中に「Hold On Me」の別版を収めている。
2010年の25周年ベスト『kohhy’s selection,kohhy’s best』では、さらに「Hold On Me」と「DREAMER」を新録した。
同じ曲でも、どの作品の録音を聴くかで比較する相手が変わる。

ここで本人が明かしているのが、「Hold On Me」の初期音源の違いだ。
回転の速いシングル版と、元の録音の音で聴ける版があるという。
昔の声を基準にして新録と比べるなら、こうした音源側の条件も外せない。
声の高さや速さの違いを、そのまま年齢による変化に結びつけることはできないのである。

一方、何を変えて歌い直したかが本人の言葉で分かるのが、25周年盤にも入った「オーロラの瞳」のRevox Versionだ。
彼女はこの再録を、子守歌のような意味を込めて柔らかく歌うものと説明した。
故郷や思い出に心が揺れたとき、一人でも安心していられた場所を思い返す曲だという。

その説明とともに、若い頃に詞を書いていた喫茶店を再訪した思い出も記している。
店の変わらない姿に触れて、過去の歌で表した場所が、自分の生活の中にもあったと感じたのだ。
歌い直しで探したのは、以前の録音を追い越す迫力ばかりではなかった。
聴き手が落ち着いて思い出に戻れるように、曲の意味に合わせて声の表情を選んでいる。

小比類巻かほるの公式ポートレート
公式プロフィールに掲載された小比類巻かほる。
写真出典:小比類巻かほる公式プロフィール

2016年:声を録る前に、自分へ返ってくる音を選ぶ

歌の表情を選ぶ仕事は、録音の準備にも表れる。
2016年2月の録音取材で、小比類巻は新しいマイクを試し、歌っている最中に高い成分がよく聞こえると話した。
完成した録音をあとから聴く話ではなく、歌っている本人の耳へ返る音の話だった。
普段使うマイクでも状態が悪ければ、その日の気持ちが大きく左右されるという。

このときはブースの中でマイクの音の性格を調整し、最終的に真空管側だけを使う設定を本人が選んだ。
歌う自分の手応えを確かめながら、録音する音も決めていった。
最初の海外録音で技術者の仕事に惹かれた関心は、歌う自分がどんな音を聴きたいかという判断にも残っていた。
演奏や歌詞に向ける注意が、声を出す瞬間の聴こえ方にも向けられていた。

2020年以降:柔らかな歌も、熱いステージも残す

2020年5月には、「オーロラの瞳」を無観客ライブの形で届けた。
外出が制限される中で自分にできることとして、StayHomeの呼び掛けに合わせて公開したものだ。
ピアノは白井アキト、ヴァイオリンは水上寿美江が担当した。
これは先ほどのRevox Versionとは別の歌唱で、同じ曲を、そのときの聴き手へ届けるために選んだ例である。

「オーロラの瞳」――2020年公開・StayHome無観客ライブ。

小比類巻は後年、メロディーを突き詰めていくとバラードが残ると語っている。
ただし、そこから激しい曲を手放したわけではない。
2023年の公演を準備していた取材では、横浜ではバラードを中心に、東京では激しめの曲を多くする予定を話し、どちらも自分の大切な一部分だと説明した。
柔らかさを選ぶことと、ステージで勢いのある歌を歌うことは、並んで続いていた。

「Hold On Me」も、2022年のライブ映像として残されている。
周年盤で新録したあとも、代表曲はそのつど演奏者や客席と向き合って歌うレパートリーだった。
録音を更新して終わりにせず、ステージでも歌い続けている。

2024年には、1985年のデビュー曲「NEVER SAY GOOD-BYE」も新たな編曲で発表した。
翌年の40周年を前に、竹越かずゆきのアレンジによるKohhyバージョンとして制作したものだ。
キャリアの最初の曲に戻ることも、当時の音をそのまま再現することとは限らなかった。

小比類巻かほるが歌い直してきたのは、昔のヒットを保存するためだけではない。
「オーロラの瞳」には柔らかく歌う意図を与え、「Hold On Me」は新録とライブの両方で歌い続け、デビュー曲にも新しい編曲を選んだ。
過去の曲を大切にすることと、歌い方や届け方を変えることを、同じ仕事として続けてきたのである。
曲ごとの声の選び方や録音中の聴こえ方は、小比類巻かほるの歌い方でも掘り下げている。

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