2009年、阿部真央は、自分を見つけてもらうために歌っていた。
一方、2023年には、以前なら避けていたほど弱い声で歌うことを自分から選んでいる。
その間には、バラードへの苦手意識が薄れた経験も、周囲の期待する自分に合わせすぎた苦しさもあった。
「ふりぃ」の強い自己主張から、声の大きさに頼らず今の自分を出せるようになるまでをたどる。
『ふりぃ』の多彩な声は、本人にも無意識だった
デビュー当時の取材で、阿部は、人が足を止めて自分を見てくれるのは歌っているときだったと話している。
高校時代に音楽が評価され、周囲が録音のために動いてくれたことで、自分が曲を書いて歌うことにも可能性があると感じた。
2009年1月のデビューアルバム『ふりぃ』には、そんな、自分の居場所をつくろうとする切実さがあった。
ただし、初めからすべての曲を同じ勢いで押し通していたわけではない。
当時の『音楽と人』も、可愛らしさを感じさせる声と、怒りを強く表す声が一枚に共存していると評していた。
2018年の対談では、ASCAが、初期曲「Don’t leave me」に自分の失恋経験がなくても胸を締めつけられたと振り返っている。
強く言い切る歌も、傷ついた気持ちを伝える歌も、デビュー作の中に並んでいた。
阿部自身は、制作時には声を歌い分けているつもりがなかったという。
取材で繰り返し指摘されて初めて気づき、その後の二、三年は意識して歌った時期もあった。
しかし2018年には、細かく考えず自由に歌う状態へ戻ったと話している。
人から自分の特徴を教わり、それを試したうえで、毎回の歌を型にはめなくなっていった。
「Don’t leave me」2009年『ふりぃ』収録版。
2013年「最後の私」で、バラードを歌う余裕が生まれる
多彩な声で評価されていても、本人には苦手な歌があった。
2013年の「歌ネット」の取材では、それ以前に受けた喉の手術をきっかけに声の出し方を学び、使える声が増えて、バラードが歌いやすくなったと説明している。
ライブでも焦らず、曲の流れに身を任せられるようになったという。
十代の勢いを保つことより、そのとき歌っている曲に落ち着いて向き合う感覚が育っていた。
この時期の具体例が、2013年3月の「最後の私」だ。
実らなかった恋を題材にしながら、相手は自分の思いどおりにならないと知ったことや、恋をしていた自分を振り返る視点が入っている。
感情をそのまま吐き出すところから、経験を少し離れて見つめるところへ、歌う内容も動いていた。
制作では、編曲の十川ともじに、ドラマ性はほしいが派手にはしたくないと伝えた。
少人数の弦を使い、一番にはドラムとベースを入れない構成になったという。
本来は伴奏と歌を別の日に録る予定だったが、伴奏を録る日に歌いたくなり、仮に入れた歌がそのまま採用された。
事前にライブで弾き語りをしたことも大きかった。
阿部は、聴き手を前にすると声をどう使うかが分かり、この曲の歌い方もつかめたと話している。
声の選択肢が増えたことが、曲や演奏に反応して歌う余裕へつながっていた。
2019年「君の唄」で、自分の声をあらためて受け止める
2018年10月には声帯結節の手術を受け、翌年の「君の唄(キミノウタ)」が、その後最初のレコーディングになった。
阿部は当時、トレーナーから若い声になったと言われ、自分でも2013年の『貴方を好きな私』のころを思い出したと語っている。
その爽やかな声色が曲に合ったことを喜んでいた。
映画『チア男子!!』のために書いたこの曲では、出演者の練習や撮影の現場を訪れ、主演の中尾暢樹らの言葉を制作へ持ち帰っている。
自分の思いを歌にするだけでなく、誰かが進もうとしている時間に歌を重ねる仕事でもあった。
歌入れでは、音程の正しさだけに意識を置かず、感情を出すために少し音を外したいところもあると説明する。
声の状態を確かめながら、その曲の気持ちをどう伝えるかを選んでいた。
2023年『Not Unusual』――強い自分に合わせ続けなくていい
しかし、歌える表現が増えても、活動が楽になったとは限らなかった。
2020年末ごろ、阿部は、ロックな歌手に見られればその像を守り、長い髪を褒められれば切ってはいけないと思うほど、周囲の見方に合わせていたと気づく。
活動が止まった時間に、自分が限界を感じていたことが見えてきた。
そこで、苦手だと思っていた鍵盤にも手を伸ばした。
2020年末に弾き始め、2022年にはライブでも披露するようになる。
2023年の『Not Unusual』では、音を詰め込まず、歌と楽器の間に余白を残す曲も生まれた。
タイトル曲に書いたのは、自分の子どもとの日常にある幸せだった。
目立つ姿を保つことから、ありふれた時間をそのまま歌にすることへ、向き合うものが変わっている。

写真出典:OTOTOY取材
歌い方にも、以前なら避けた選択が入った。
阿部はOTOTOYの取材で、このアルバムでは自分でもこれまでにないほど弱く歌う曲があると話している。
ほかの歌手の優しい声を聴く心地よさがあり、自分でそう歌っても、今やりたい表現だと感じられたという。
強い曲を期待されることへ自然に応えてきた自分が、その外へ出ても自分の歌でいられると考えるようになった。
それがよく分かるのが「ふたりで居れば」の歌い直しだ。
2021年にドラマ『おじさまと猫』の主題歌として発表した原曲は、アルバム版よりテンポが速かった。
「ふたりで居れば」2021年シングル版。
2022年のライブでテンポを落とし、裏声も使って歌ったところ、その感覚がよかったという。
曲の温度が少し下がることも気に入り、2023年のアルバムへその形を持ち込んだ。
完成済みの曲でも、ステージで見つけた声に合わせて作り直せる。
「最後の私」から十年近くたっても、ライブは、歌い方の新しい答えを見つける場所であり続けた。
「ふたりで居れば」2023年『Not Unusual』収録版。
「MY BABY」を今の声で歌い直す
同じ2023年の『Acoustic -Self Cover Album-』では、代表曲を生楽器中心の編成で録り直した。
スタジオではライブのアレンジをつくるように、演奏者同士で音のアイデアを試せたという。
阿部にとっても、やりたいことを遠慮なく言える制作になった。
初めて書いた曲だという「MY BABY」も選ばれた。
2009年の『ふりぃ』に収めた、歌い手としての出発点にある曲だ。
「MY BABY」2009年『ふりぃ』収録版。
再録では、昔の自分を再現することより、今やってみたいことへ集中したと話している。
「MY BABY」については、当時より高い音を出せるようになったという手応えも語った。
過去の録音を正解にして合わせるのではなく、今の声と演奏者のアイデアを使って、昔の曲を新しい演奏へ作り替えたのだ。

写真出典:阿部真央公式特設サイト
「MY BABY」2023年アコースティック版。
新曲「I’ve Got the Power」は、事務所から独立する時期に生まれた。
一つの終わりを受け入れたことで、支えてくれる人の存在や次の道が見えてきたと阿部は説明している。
Mori Zentaroによる編曲では、自分の求めるサウンドもこれまで以上に伝えられたという。
やさしく歌う自由とともに、前へ進む力を歌に込める自信も、今の自分のものになっていた。
ステージでも、自分のままでいられるように
この変化は、アルバムを完成させたところで終わっていない。
2026年の取材で阿部は、前年秋から冬のバンドとアコースティックの二つのツアーを振り返り、公演を重ねるほど楽にステージへ立てるようになったと話した。
以前は緊張していた地元・大分でも、2025年12月には肩の力を抜いていられたという。
自分のままで歌っても大丈夫だという感覚を、聴き手と会うたびに確かめていた。
『ふりぃ』のころから、阿部真央には一つに収まらない声があった。
その後に広がったのは、出せる声とともに、その声をためらわず選べる場面だ。
バラードの流れに身を任せることも、同じ曲を裏声で歌い直すことも、昔の曲に今の自分を持ち込むこともできる。
強く歌う姿で自分を証明し続けなくても、歌の中に阿部真央は残る。
そこに、長い試行錯誤を経た自由がある。
一曲の中での声の使い分けは、阿部真央の歌い方で詳しく扱っている。

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