汐れいらの歌い方――「センチメンタル・キス」はなぜ一言の余韻が残るのか

汐れいらの2026年取材写真 シンガー

「センチメンタル・キス」で印象に残るのは、難しい高音を見せつける瞬間よりも、言葉が出るまでの間と、その後に残る時間だ。
2022年のAcoustic版を扱った音楽評は、フレーズの入りをわずかにずらし、母音の終わり方を変える歌い方に注目した。
汐れいらはどのように、一曲の中で「まだ言えない」気持ちを声にしているのか。
本人の曲作りと、公表された複数の演奏の位置づけから考える。

一音を伸ばすだけではない、言葉の置き方

「センチメンタル・キス」のAcoustic版は、2022年3月に配信された。
ギターを中心にした編成の中で、歌詞の語り手が近くにいるように感じさせる。
音楽ライターの伊藤亜希はこの版について、語尾の母音を抜く形、フレーズごとに歌い始める位置、余韻の違いを具体的に論じた。

注目したいのは、すべての言葉を同じ強さ、同じ拍の位置で揃えるという考え方ではないことだ。
言い出せない思いを扱う曲で、入りを少し待つ場面があれば、言葉が先に出るように感じられる場面もある。
批評が挙げた歌唱上の変化は、感情を一つの音量へ押し込めず、言葉ごとに置き場所を選ぶ方法として読める。

汐は高校時代、既存曲をコピーするより、自分が歌いやすい音程でメロディーを作るほうがしっくり来たと振り返る。
歌詞とメロディーの両方を考えられる作り手だからこそ、言葉の位置や音の長さを作品全体の中で決められる。
ここで見えてくるのは、自分の声を前提に曲を作ってきた姿勢だ。

2026年の取材では、ギターでコードを繰り返し弾き、歌いながら気に入ったフレーズを選ぶ方法を説明している。
難しいコードでは指へ意識が向いてしまうため、弾きやすい形で繰り返すという。
声が気持ちよく進むところを、伴奏を鳴らしながら探しているのだ。

この作り方では、メロディーは頭の中の音符だけで完結しない。
実際に歌ったときの運びやすさを確かめながら生まれる。
言葉が細かく入る部分と、母音を残せる部分を耳で追うと、書くことと歌うことが近い汐の持ち味を楽しみやすい。

「長く歌う」と「残す」は同じではない

母音を伸ばせば必ず余韻が生まれるわけではない。
伊藤は同じ曲で、ビブラートのかけ方も一様でなく、残響の効果を強く使わなくても余韻を感じると評している。
声を長く出し続けるかどうかだけではなく、どの言葉を終わらせ、どこへ次の言葉を入れるかが曲の印象を作る。

母音の終わらせ方とは、言葉の最後に残る「あ」「い」などの響きをどう収めるかということだ。
また、声を終えてから次の言葉を始めるまでにも、伴奏の時間は進んでいる。
語尾そのものと、その後の間を分けて聴くと、伊藤が指摘した余韻の面白さを捉えやすい。

この歌を「息っぽい声」だけで説明すると、書き手である汐の仕事が見えなくなる。
彼女は文芸を学び、歌詞では小説ほど細部を言い尽くさない余白が解釈を生むと話している。
言葉の意味を決めきらない作詞と、語尾に余地を残す歌い方。
両者が重なるところに、聴く人が自分の記憶を重ねられる余地がある。

彼女は2024年、一つの曲で知られたからといって「これが汐れいらだ」と決めつけられたくないとも語った。
同じ批評は、ほかの曲ではラップに近い節回しやこぶしの使い方も見られると記している。
だから一曲の余韻を、彼女の歌唱全体に当てはまる固定の型にしてはいけない。

汐れいらの2026年取材写真
汐れいら(2026年の取材写真)。
写真出典:CINRAインタビュー

Acoustic版が先、通常版が後

同曲は、Acoustic版が2022年3月、通常版が同年5月に発売された。
タイトルから通常版の「簡素化」がAcoustic版だと思うと、発売順を見誤る。
まず届いたのはギターを中心にした録音で、後から別の編成のシングルになった。
二つを比べるときは、伴奏が言葉の周りに作る空間にも目を向けたい。

通常版の公式MVとAcoustic版の公式MVはどちらも公開されている。
曲名は同じでも、別の録音と編成だ。
声の周りにどんな楽器があり、言葉が止まったときに何の音が残るか。
まずそこから聴くと、同じ曲でも違った広がりを感じられる。

声の居場所は、伴奏の引き算でも作られる

歌と伴奏の関係について、汐は「火の用心」の制作を例に挙げている。
さまざまな楽器が入る曲だが、楽器の数が少ないほうが自分の声は前へ出やすいため、編曲者が音を出し入れしてくれているという。
歌の存在感は、声を強く出すことだけでなく、その周りに何を鳴らすかでも決まる。

弾き語りでも、彼女は一曲を同じ伴奏の弾き方で通さず、盛り上げる場所を意識して変えると話す。
ギター一本と声だけの編成にも、曲の中で音の動きを変える余地がある。
「センチメンタル・キス」のAcoustic版を聴く際にも、声が休む場所で伴奏がどう時間をつなぐかに耳を向けると、歌の余白を一層楽しめる。

息の柔らかさと、リズムの分かりやすさをどう両立するか

一方、息を多く含む質感をいつも優先するわけではない。
2026年の本人取材では、以前の歌い方ではリズムやグルーヴを出しにくかったと振り返っている。
好みの声と聴きやすい声の違いに気づき、拍に合う歌や、聴き手の受け取り方を意識するようになったという。

柔らかい声で間を作ることと、伴奏の拍がはっきり感じられるように歌うこと。
両方を選べるからこそ、余韻も曲の中の表現になる。
フレーズを少し待って始める箇所に注目するときは、伴奏の拍も一緒に追いたい。
基準になる拍が耳に入ると、その前後へ声を置く小さな変化が分かりやすくなる。

2025年の一発撮りでも、この曲を現在の歌として歌う

2025年、汐は「センチメンタル・キス」を『THE FIRST TAKE』で再び歌った。
鍵盤奏者と一緒だったことで、本人は思いのほか落ち着いて歌えたと話している。
共演したのは普段から一緒に演奏する鍵盤奏者で、本人は一人で出演した前回の『FLASH THE FIRST TAKE』との違いに触れている。
慣れた相手と演奏できることも、歌う際の安心につながっていた。

本人は、三年前の曲を懐かしむというより、現在の自分が表れる曲として新鮮な気持ちで歌ったと話している。
覚えている音源を再現することだけを目標にせず、今の共演者と一回の演奏を作る場として向き合ったのだ。

2022年の録音と2025年の演奏には、伴奏、収録条件、時期の差がある。
曲は違う編成で歌い直せる作品として生きている。
歌い方を一つの正解に固定しない姿勢が、この曲の余白を保っている。

汐れいらの歌で耳を向けたいのは、高音の高さだけでなく、言葉を始める前と終えた後だ。
「センチメンタル・キス」は、聴く人が気持ちを補えるだけの間を残す。
こうした一曲内の選択が、本人の歌う立場の変化とどうつながったかは、汐れいらの歌唱変遷でたどれる。

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